占い師には花騎士の恋心が見えています

Mikura

第1話



 日よけが設置された窓から差し込む光は弱く、昼間だというのに店内は薄暗い。立ち並ぶ棚は薬品で満たされているが薬臭いことはなく、ほんのりと優しい香りが漂っている。

 ここは薬屋だ。店内に日が差さないようにしているのは、薬が変質してしまうのを防ぐため。香を焚いているのは、薄暗い中に薬が立ち並ぶ光景を少しでも不気味と思われないための工夫であった。


 ここは「薬屋ベディート」。私、シルル=ベディートが両親を亡くしてからずっと守ってきた、大事な家であり親の形見ともいえる店だ。この薬屋を町の人々は「占いの館」などと呼ぶが、それは不本意である。

 チリン。店の入り口のドアベルが鳴る音がして、私はそちらに笑顔を向け「いらっしゃいませ」と声を上げた。



「あの、すみません……こちらで何か買うと、占いをやってもらえると聞いたのですが……」



 気の弱そうな女性が困ったような、恥ずかしそうな顔で店の入り口に立っている。またかと思いながら笑顔を絶やさず「ゆっくりとご覧くださいませ」とだけ伝えた。戸惑いながら商品が並ぶ棚を見始めた女性を見て、いや、正確にはその頭の上に視線をやりながら考える。


(占ってほしいっていうのは……まあ、恋愛関係かな)


 私には他の人間に見えないものが見えている。私の家は治癒の魔法使いの血筋であるが故に、時々魔法が使える者が生まれる。更にその中でも稀に、特別なものが見える者がいるという。私がまさにそれなのだ。

 現在、彼女の頭上に見えているのは桃色、橙色、藍色の太い線のようなもの。私には誰の頭の上にもこういう線が見えている。そしてこの線はどうやら色でその人が抱いている感情や、これからその人に起きる物事を表しているらしい。

例えば、驚いたら薄黄色の線が見え、悲しんでいたり、悲しい事が起きたりするなら青い線が見える。という具合だ。


 線の長さで感情の大きさ、もしくは物事が起きる可能性の高さまで知ることができるのだが、それを理解するまでには結構な年月を必要とした。……私にしか見えないのだから、誰にも見分け方を聞くことはできないし、話せる相手も少ないのだから理解するのに時間はかかって当然である。


(勇者の手記でも残ってれば、参考にできたかもしれないけど)


 大昔、この世界にまだ魔物が多く居た頃のこと。異世界からやってきた勇者が「死亡フラグが立った!」と言い残して死んだという伝説がある。もしかするとその勇者にも自分と似たようなものが見えていたのではないか、と思うのだけど。まあ、旗と言うのだからその勇者には旗の形で見えていたのであろう。


 しかし大昔に死んだ人間に話を聞くことはできないし、手記だって残っていたとしても一市民が見られるようなものではない。なにも参考にするものがなかったから、色の判断は経験の積み重ねによってできるようになったものだ。

 幼い頃はどの色が何を示しているのか全く分からなかったが、十八年も生きて毎日見ていれば大抵の線が見分けられるようになるというもの。今では色や長さ、組み合わせでその人のおおよその未来を予想できるようになった。


(おかげで占い師扱いされるようになってしまった訳だけど……)


 危険な目に合いそうな人間にうっかり助言をしてしまったのが始まりで、それ以降“占い師”として少し名前が知られてしまっている。……私は薬屋であって占い師ではない、断じて違う。全く持って不本意である。

 


「こ、このお茶をお願いします」


「こちらの茶葉は200ベルになります」



 おずおずとカウンターに乗せられた、安らぎ効果のあるハーブティー。薬屋だが、こういう日用品も扱っている。占いに来る女性は茶葉のような安い品を一つ買っていくことが多い。その代金を受け取りながら、もう一度彼女の頭上に目を向ける。

 頭上に伸びる線――私は予想線とそれらを呼んでいるが、これは起きる出来事を示す事象のものと、感情を示すものが混在する。いま彼女にあるのは喜び不安の三色で、すべてが感情を示す色だ。

 三色の中で喜びの色だけが半透明である。半透明の感情色はまだ起きていない、この先に得る可能性が高い感情を示している。といっても、半透明で見えることがあるのはよほど大きく、何時間も持続するような感情だけだ。……この女性には後でとても嬉しいことが起きるのだろう。

しかし女性はどう相談していいのか分からないようで、恥ずかしそうにうつむいたまま、もじもじと指先を擦り合わせて何も言わないでいる。このままでは商品の包装も受け渡しも終わってしまうのだが。……仕方がない、私が自分で判断して話そう。


(恋と不安、そして喜びを得る未来……告白前ってところかな。もしくはデートに誘うとか)


 それならば成功するだろう。そういう組み合わせの予想線だ。不安の色である紺の線が長いのは、どうなるか分からない告白の結果を案じているのだろう。だから占いなどというものに縋って、この店にやってきた。

こういう人を放っておけない性分で、つい助言などしてしまうから占い師扱いされるのだ。



「今考えてらっしゃること、きっと上手く行きますよ。良い未来を」



 にっこりと笑いながら紙袋に入れた茶葉を差し出す。女性は驚いたように目を見張ったが、紙袋を受け取ると安心したように小さく笑った。その反応で私の想像から外れた相談ではなかったらしいと分かる。



「何も言わなくても分かるんだ……噂通り、凄い占い師なんですね、ありがとうございました! 頑張ってきます!」



 笑顔が固まりそうになる。何度でも言うが(いや実際に口にしてはいないけど)私は占い師ではないのだ。来た時よりも軽い足取りで出口に向かった彼女は最後に軽く頭を下げて「また来ます」と口にして出て行った。

 客の姿が見えなくなった後、小さくため息を吐く。薬屋として名が知られるなら本望なのだが、占い師として噂を広められるのは違う気がする。そもそも、自分に見えているものはそこまで確かなものなのだろうか。予定している行動を変えようとすれば、この予想線もたやすく変化してしまう。私が見ているものが絶対とは限らない。ほんの少し選択を変えるだけで、簡単に変わってしまうものだから。


 ……占い師として名を馳せたくないなら間違えたことを言えばいいのだろうけれど。期待のこもった目を向けられると答えずにはいられないというか、なんというか。嘘をつけないのだ。少しお節介な部分があるという自覚はある。……自分ができることがあるのに放っておく、ということができない性分であるらしい。



「キャー!!」



 外から聞こえた女性の悲鳴のような声に、慌てて店から飛び出した。けれど、外に広がる光景を見て脱力する。先ほどの声は悲鳴ではなく、悲鳴のような歓声だったようだ。


 この国の騎士団に所属する、とても有名なとある騎士が女性たちに囲まれている姿が目に入る。

 騎士というのは庶民の憧れ。貴族と一般市民の中間のような存在。危険な仕事だが高給取りで、凛々しく、そして功績をあげれば一代限りだが貴族としての爵位も貰える。女性が嫁入りしたがる人気の職業である。

 そんな騎士の中で最も有名で、最も女性を引き付ける騎士。彼は巷で「花の騎士」と呼ばれているのだけれど、何故そのような呼び名が定着したのかといえば――。



「やあ、今日も蝶々さんたちは綺麗だね」



 耳がとろけるように優しい声と、思わずため息をつきたくなるような甘い笑みを浮かべた、作り物のように整った顔立ち。柔らかな金の髪を緩く結わえており、それがどこか色っぽく。はちみつ色の瞳を向けられた女性は一様に顔を赤らめる。

 その華やかな容姿を誰かが花に例えたのが始まりだろうが、ちょうがわらわらと寄り付くはななので、花の騎士だと揶揄する意味もある。彼が傍に寄って来る女性を蝶と称しているからそう呼ばれるのだろう。「まあ、蝶だなんて」と喜ぶ彼女らにはおそらく虫扱いされているだけだと教えてやりたい。



(花の騎士様の頭の上に、恋の色もなければ喜びの色もない。あるのは苦痛と嫌悪の色だもの。筋金入りの女嫌い)



 軟派で恋多き男と噂され、彼と関係があると言い出す女性も少なくはないがすべて嘘なのだろう。私は彼――エクトル=アルデルテに恋の予想線が伸びているのを見たことがない。

 人目を引く容姿のせいか、群がる女性のせいか、とにかくどこにいるか一目で分かるような男だ。目にする機会も多い。彼が齢十六歳の若く美しい騎士としてこの町に姿を見せるようになってから六年経つが、その間一度たりとも恋の色を見たことがなかった。恋多き男とされるエクトルが、誰にも恋をしたことがないと知っているのは感情が目に見える私だけかもしれない。



(まあ、関係ないか。私には)



 あるとすれば、彼の周りに群がって恋の色を伸ばしている彼女たちから占いという名の恋愛相談を受けるくらいで。誰一人として見込みがないので、諦めるように進言する以外ないけれど。

 何かよからぬ事件が起きたのかと思って店を出てきたが、花の騎士が通って騒ぎになっただけだった。私には関係がないとすぐさま店内に戻る。

 ああいう美形とお近づきになりたいとは思わない。面倒事が増えそうで御免である。そして何より、彼は騎士だ。もっと関わりたくない理由がある。



(私が魔法使いであることを、お偉いさんたちに知られたらいけない。……騎士は貴族とつながりがあるし)



 女性が好みやすい「占い」という、信憑しんぴょう性の薄いものが出来る程度ならばいい。怪しげな占いの店ならそこら中に存在するし、珍しくもない。……そもそも私の店は占いの店ではないけども。

 だが、魔法使いの末裔であり――治癒魔法が使えることは、知られない方がいい。これは利用価値のある力だから。

 見つかったらお城に連れていかれて、閉じ込められてしまうぞ。そんなことを、亡くした親が言っていた。子供の頃はただ恐ろしくて力を隠さねばと思っていたが、今なら分かる。これは権力者が欲する力だ。飼い殺しにされるかもしれないのだと。

 それでも、治癒の力を持つ私が作る薬は回復効果が高くなる訳だが。そこはまあ、腕が良いという評判を呼ぶ程度である。……何故か占いの腕の評判ばかり上がっているのは問題だが。


 とにかく、国の騎士と関わる気などさらさらない。美形なら尚のこと。きっと一生、関わることなどない。――と、そう思っていた。



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