49話 転生者のふたり
「────いいか、チロ。ここから先は森林狼の縄張りだ。あいつらは動きが早くて力も強く、しかも賢い。間違っても近づくなよ?」
「りょ、了解です」
いきなり洞窟から拉致同然に連れ去られたチロだったが、気づけばゴーダによって周辺の危険地帯を教え込まれていた。
毒の沼地、食肉植物の生えている場所、森林狼の縄張り…………
どれも洞窟から歩いて一時間以上はかかる場所だが、こうして教えられなければいつか足を踏み入れていたかもしれないと思うと、チロの背筋に寒気が走る。
「よし、じゃあ次行くぞ」
「うす」
頷き、先を歩くゴーダの後を追った。
倍近い身長差があるものの、ゴーダが歩調を緩めてくれるおかげで、チロもそれほどキツくはない。
足元だけではなく、周囲に意識を向ける余裕があるくらいだ。
上を見上げれば空は高く、肌に感じる日差しや風は暖かく、耳をすませば鳥や虫の声が聞こえてきた。
この世界にも四季があるのかは分からないが、少なくとも今の森は豊かで、生命に満ち溢れているように感じられた。
その後も歩きながら森のあちこちに視線を送っていたチロだったが、ふと興味を引かれる植物を発見して、立ち止まった。
一見するとどこにでも生えている普通の草のように見えるのだが、根っこの部分の土が少し盛り上がっている。
もしかすると、大根や人参のような根菜系の植物かもしれない。
だとすれば、採取しないわけにはいかないだろう。
「ゴーダさん、ちょっと食材っぽいもの見つけたんで、採取していいですか?」
「ん? おう、構わんぞ。今日はあと一箇所回ったら終わりにしようと思ってたしな」
振り返りながら言ったゴーダのそのセリフに、チロはデジャヴのようなものを感じた。
そして、それがなんであったのかをすぐに思い出すと、口元に笑みを浮かべて「ふっ」と笑い声を漏らした。
「どうした、チロ」
「いやぁ、今のゴーダさんのセリフ、人間だった頃によく聞いたな、と思いまして」
「ん? ああ……ははは、確かにな」
まだチロが夢も希望もないダメリーマン『田中一郎』だった頃も、ゴーダは得意先の注意点などを教えながら、チロのことを連れ回してくれた。
そして、ダレてきた田中が「先輩、ちょっとあそこの喫茶店でコーヒーでも飲みませんか」と言うと、決まって先ほどのセリフを返してきたものだった。
「ホント、不思議な縁ですよね。こうして生まれ変わっても、また同じようにゴーダさんの後ろを歩きながら、色々と指導して貰ってるなんて」
「
しかも、娘の恋人としてな」
ガハハ、と笑うゴーダに釣られて、チロも笑い声を上げた。
「で、それが見つけた食材ってやつか?」
「ええ、たぶん根菜系の植物じゃないかと思うんですけど、ゴーダさんは知ってますか?」
チロの指差す植物にじっと視線を注ぎ、ゴーダは首を振った。
「いや、わからん。この辺で狩れる動物なら多少は知ってるんだが、植物となると全くだな。そういうのは嫁さんが詳しかったんだが……」
ゴーダの嫁はエルフであり、しかも冒険者だったと言っていたから、そういうことに詳しかったのだろう。
「あ、じゃ、じゃあ、ぱぱっと引き抜いちゃいますね」
若干しんみりしてしまった空気をごまかすように、チロは植物の葉っぱを両手で握ると、体重をかけて引き抜いた。
その瞬間────
「イィィィィィィィィィィヤァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
凄まじい絶叫が、辺りに響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます