第29話 兆(きざ)し

 金色トカゲのキングという相棒を手に入れてから、チロの生活は大きく変わった。


 孤独から呟いていた独り言はキングへ語りかけるものへと変わり。


 生きるためだけにおこなっていた食料探しも、キングと一緒なら探すこと自体に楽しみを見出みいだせるようになった。


 そしてなにより、生活サイクルの中でも最も重要な部分である食生活に、革命的ともいえる変化が訪れていた。


 安定して、肉を手に入れられるようになったのである。


「よぉしっ、今日は角モモンガを二匹捕まえたから、一匹は丸焼きにして、一匹はシチューにでもするか!」

「キュアァッ」


 角モモンガは、つい最近になって発見した野生動物だ。


 普通のモモンガと違って木から木へ飛ぶのではなく、縄張りに入って来た生き物に向かって角を向けながら飛んでくる、危険極まりない生物である。


 以前のチロであれば、逃げる以外の選択肢はなかっただろう。


 しかし、今のチロにはキングという強い味方がついている。


 キングのアイフラッシュから逃れるには、光よりも速く動くか、もしくはチロのように『麻痺耐性』でも持っていない限りは不可能なため、不意打ちでもされない限り、角ウサギだろうが角モモンガだろうが敵ではなかった。

 

「いただきます」

「キュアッ、キュアッ」


 手早く角モモンガの皮を剥いで内蔵を取り出すと、宣言通りに一匹は丸焼きに、一匹はサツマイモの輪切りとともに煮込んでシチューにし、チロとキングは食前の挨拶をした。


 この『いただきます』の習慣も、最近になってからだ。


 大蛇に丸呑みにされかけて以来、命をいただくとか、そういった食材に対する感謝の念などを、切実なものとして実感できるようになったのである。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

「キュアッ、キュアァ」


 丸焼きとシチューを食べ終え、食後の挨拶をしたチロは、ゴロリと横になると満足そうな息を吐いた。


 その腹の上にキングが乗り、同じように満足気な声で鳴く。


 そして、満腹になったことで訪れる眠気に誘われるまま、二人は目を閉じた。


 特別なことは何もないが、満ち足りていた。


 このままずっと、こうして平穏な暮らしが続けばいい。


 そう思いながら、チロはゆっくりと眠りに落ちていった。











 …………のだが


 









「キャァァァアアアアアアアッ!!」


 という甲高い悲鳴とともに、その安寧あんねいは破られることになるのだった。 

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