第9話 地獄

「オロロロロロロロロロロロロロロロロッ!」


 チロは、えずき続けていた。


「ん゛ま゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 まずい! 

 そう叫ぼうとしたが、あまりの粘り気に、舌を上手く動かすことすらできない。


「べふっ! べふっ! ぶっ! ぶぶぶぅっ!」


 必死に口から追い出そうとするが、ボンドのように変質したスライムは歯や舌や上顎うわあごにベッタリと絡みつき、おいそれと出て行ってはくれなかった。


 地獄だ!


 助けて!


 チロは地面を転げ回りながら、口の中に発生した異常事態に悶え苦しむ。


(……っそうだ、なにか他の物にまとわりつかせて吐き出せば!)


「ばっふばっふばっふ………じゃりじゃりじゃりじゃり!」


 チロは手当たり次第に地面の土を頬張り、口の中で撹拌かくはんした。


「ぐえっ! ぺっ! ぶふぇっ!」


 そして、できる限り口内の異物を吐き出しながら、池に向かって走り出す。


 今必要なのは、なによりも水だ。


 土を口の中に放り込んだだけでは、やはり粘りつくスライムを全て除去することはできなかった。


 水で、洗い流さなければならない。


 かつてないほどの速度でチロは走り、そして池にたどり着く。


 水を『浄水』で清める余裕すらなく、直に池に口を付け、水を吸い込んだ。


「ガラガラガラガラッ、ペッ、ペッ! オェッ!」


 何度も何度もうがいを繰り返し、ようやくスライムは口の中から消え去った。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」


 チロは池のほとりにうずくまり、荒い呼吸を繰り返す。


 衝撃のマズさであった。

 

 異世界に転生して、一番のピンチであった。


 もし池を発見する前にスライムを食べていたら、口の中のスライムを除去できないまま、チロは発狂していたかもしれない。

 

 それくらいまずかったのだ。


「はぁっ、はぁっ、二度と…………もう二度と、スライムは、食わないぞ…………」


 そう強く決意をし、チロは倒れ込む。


 気力も体力も、もはや限界だった。


 口の中に残るスライムの後味と、池の水のミドリガメのような臭いに打ちのめされながら、チロは異世界の厳しさを改めて思い知ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る