ゴブリン飯
布施鉱平
第一章
第1話 田中、死ぬ
「おぉぉ…………おれ、フグなんて食うの初めてですよ」
「感謝して食えよ、田中。これも全て俺のおかげだからな?」
「あざーっす! 剛田チーフ最高っす!」
都内某所────
営業部のチーフである剛田が主導で進められた契約が決まり、その成功を祝う打ち上げは、剛田の行きつけだという個人経営の料理屋で行われていた。
「しっかし、なんというかボロ…………いや、
「だろ? 俺も一目見て気に入っちまってな、それ以来常連よ。こういう店の方が、うまいもん出すんだよな、実際」
ジョッキになみなみと注がれたビールを片手に、剛田がガハハと豪快に笑う。
笑うたびに揺れる肩や胸筋は営業回りのサラリーマンとは思えないほどに盛り上がっており、その屈強な肉体からは、かつてラガーマンとして花園にも行ったことがあるという経歴が
「おれは入れないですねー、こういうとこ。
失礼な言い方かも知れないですけど、ほら、外食ってちょっと怖いじゃないですか。自分の口に入るもの全部人任せな訳ですし」
そして、そんな屈強かつ
中肉中背、可も不可もない髪型、凡庸な容姿…………
ここまでであれば、どこにでもいるような若手のサラリーマンと大差はない。
だが、その死んだ魚のようにやる気を感じさせない瞳と、二万円もだせば買えそうな安いビジネススーツが、田中の人柄を二段も三段も下降させていた。
「だからお前は契約取れねぇんだよ、田中! 初めての場所にもポーンと飛び込むくらいの度胸がなけりゃ、営業なんてやってけねぇぞ?」
体育会系出身で面倒見のいい剛田が田中に激を飛ばすが、
「さーせん、おれ、上昇志向無い系なんで、あんまり頑張れないんです」
それに対する田中の答えは、ダメ人間の見本とも言えるものだった。
「はぁ…………最近多いよな、そういうやつ。まあいい、俺について来い、田中。クビにならない程度には契約取らせてやっから」
「あらーっす! 剛田チーフ最高っす!」
どこまでも面倒見のいい剛田と、それに便乗して楽に生きようとする田中。
そんな対照的なふたりの間に、店主が無言でドンと大皿を置いた。
この店の看板メニューでもある、天然もののトラフグの刺身だ。
「よし! まずは食うぞ田中! うまいもん食って、笑顔んなって、でかい契約を取る! それが営業だ!」
「ついていくっす、剛田チーフ! ゴチんなります!」
「おお、食え!」
「いただきます!」
────そして田中は、食中毒で死んだ。
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