多分続かないショート・ストーリーズ

政宗あきら

【現代F】ぬいぐるみ・貯金箱・美少女

 ただ、忘れ物を取りに行っただけの話だったんだ。

 明日から春休みだって言うのに、課題一式を高校に忘れるなんて。


 着いた夜の教室で荷物を確かめていると、窓の外から何か物騒な音が聞こえて来た。どこからか轟くパン、パンっと爆竹の様な音。

 好奇心は猫を殺す、とはイギリスの言葉だっただろうか。


「オマエ、こんな所で何してるねん!!」


 屋上の扉を開けた瞬間、僕は怒声を浴びせられた。

 声の主はクマ(?)のぬいぐるみ。どこにでもある様な標準的なサイズの可愛らしいフォルムから、関西弁全開の睨みを受けた。


「学生は今日から休みちゃうんか!!」

「ハーデス! 何を話して……佐藤君!?」


 おっさんみたいに喋る茶色いモフモフの奥、屋上の先にいたのは一人の少女だった。

 ピンク色をした羽の様なコスチュームに身を包む可憐な女の子。精巧に形作られた杖の様なものを持って、短いスカートで空に浮かぶ明るいシルエット。

 あれはまさか……いや、見間違える訳もない。クラスで、どころか学校で一番の美少女。


「カナタさん…?」

「ち、違うわよっ! それよりも早く避難して!!」


 彼女の眼前にいるのは得体の知れない紫の影。まるで漫画で見たような悪魔の姿。


 花火なんて生易しいと思える強烈な閃光が、双方向に飛び交っている。まるで銃撃戦を思わせる光線のやり取り。その内の一筋が、僕を掠めて通り過ぎた。

 一瞬遅れてコンクリートと鉄のひしゃげる音。続いて一枚のコインが足元に転がってくる。

 え、今の、死にかけて……

 

「ハーデス、早く逃がしてよ、こんなの契約範囲外よ!」

「そんなん言うたかて今ドア壊れたがな!」

「じゃあどうするのよ! 人を庇いながらなんて、想定に入ってない!!」

「ほな特別料金でどや!」

「!?」


 彼女の耳がピクリと動いた。


「あのあったやろ。少年がそれを弁償する。どや」

「……弁償だけじゃ済まないでしょ。+αがあれば、吝かではないけれど」


 その言葉を聞いたぬいぐるみは、クルリと向きを変え諭す様にして話しかけて来た。


「いいかい、お兄さん。あの子は魔法少女なんだ」

「へ? 魔法?」

「そう、魔法や。魔法を使う少女なんや。せやからちょっと相談があんねや」

「相談? え、何、どういう事?」

「魔法少女と言っても人の世に住む女の子や。節理も何も、人の世の話でな」

「だ、だからどう言う……」

「ええからYes言うたらええんじゃ!!」


 その短い手をぐいんと伸ばされ、僕の頭は激しく上下に揺さぶられた。二回位。

 

「カナタ、契約成立や!」

「オーケー!!」


 彼女が虚空から掴み出したのは、昔懐かしい感じの貯金箱。ブタの鼻が印象的な、蚊取り線香でも装着できそうな可愛らしいフォルム。


 それを全力のオーバースローで力いっぱいに投げつける。


 得体の知れない悪魔の目前で、レトロな陶器製品は光と共に爆発四散した。


 ◇


「無事な様で良かったわ、佐藤君。それで、さっきの確認なんだけれど」


 一瞬の内に、いつも通りの学生服に戻った彼女は、僕に眩しい程の笑顔を向けた。月夜に照らされる長い黒髪に、長い睫毛。目元は微塵も笑ってはいない。


「イレギュラーな事態によって、少しばかりコストがかさんだの。善意で以て対応するのに、私も吝かでは無いのだけれど……契約済だもんね」


 致し方ない、なんて呟きながら電卓を弾く華奢な指先。

 

 提示されたのは2020年の日本国における最低時給790円。

 僕と彼女の長年に渡る契約は、ここに結ばれてしまったのだった。








――守銭奴JKカナタの権謀・おわり

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