第8話 「現在アンジェラスの軍は、粛正真っ盛りだ。僕は彼等に追われる身だ」

 彼はその時、ひどく奇妙な表情になった。そして今度は彼の方が、私から目を逸らした。


「あなたは、言う必要など無いですよ。僕のことなんか、聞くだけの価値があるものじゃない」

「君とミンホウをスカウトしに行く前に、ちょっとした出来事があったんだ」

「社長!」


 私は彼の制止しようとする声を無視して、話を始めた。


「確かに君の言う通り、アンジェラスの軍は、もうじき全星域を手にするだろう。実際、この星域にも、『支配者』として手を伸ばしてきたんだ」

「それは…… 初耳ですが」

「だと思う。それはそういうレベルのものじゃあないんだ」


 私はその時のことを頭に思い浮かべる。


「ドリンク・コート伯に呼び出されて、ウェストウェスト本星で、私は軍の将校に引き合わされた。ひどく若い人物に見えたのだが、きっとある程度年季が入っているのだろうな。私は正直言って、圧倒されていた」

「どんな人だったか、憶えていますか?」

「憶えているよ。……そう、君とはやや色合いが違うのだが…… 長い黒い髪の、美しい人だった。そして、言葉が少なく、……だけどその一つ一つの言葉に、有無を言わせない響きがあった」


 ナガノはそれを聞くと、床に視線を落とし、ゆっくりと頭を横に振った。


「その将校は、私に一つの依頼をした」

「依頼、ですか?」


 顔を伏せたまま、ナガノは訊ねた。


「依頼、だよ。とにかくその時には依頼、という言葉を使った。内容が『命令』であろうが、言葉の上では。……正直言って、その言葉を使ってもらって、私は助かったと言ってもいい」


 彼は顔を上げた。


「それはどういう意味です?」

「その将校は、我々の電気軌道の…… チューブのサイズをある特定のものに変更しろ、という意味のことを言ったんだ」

「それは」

「私は即座に断った。将校は、無表情のまま、理由を訊ねた。だから私はひどく単純に理由を説明したんだ」

「サイズの変更は、まずいんですか? それはコストの面とかではなくて?」

「コストが掛かるようだったら、D伯の方で何とかする、ということをも言われた。そういう話は彼等の間についている様だった。つまりは、そういう問題ではないらしい」


 ここで問題になっていたのは、経済的なことではなかったのだ。


「経済的な面を考えたならば、はっきり言って、そのサイズ変更に要する負担は結構なものであるし、それでいて、サイズを変えたところで、それで動員数が伸びるという訳ではないんだ」

「では何故、軍はそれを?」


 私は首を横に振る。


「言葉にはしなかったがね。予想はついた。『規格化』さ」

「規格化」

「例えば、超空間航行ハイジャンプを応用した『トンネル』ができた場合、チューブで向こうの星系とこっちの星系を結ぶことができる」

「だけどその技術はまだ」

「まだだよ。だけど、統一国家になった場合、その研究が国家持ちになったら、どうだろう? 研究費に糸目をつけなければ、それは基本理論が既に成功している訳だから、応用は発見よりは難しくはないさ」

「ですが」

「ま、でも、動いているから有効なハイジャンプを、定点を作ってトンネルに応用させようというのは、かなり厄介なことだから、実現は、私が社長である期間には無理だろう、と思っている。だから私はそれを了承する訳にはいかなかった。だいたい、この現在のチューブのサイズは、当初からこの星域にはこのサイズが妥当だと思ったからそうしたんだ。それをそう簡単に、上からの命令だからと言って、はいそうですかと素直に受け入れる訳に行くか」


 するとナガノはふっと笑った。


「やっぱりそういう所は、あなたらしいですね、実に」

「そうか?」


 気がつくと、話に夢中になっていた私は、テーブルに身を乗り出していた。

 気付いても、一度乗り出した身体を元に戻すには、タイミングが必要だった。下手に気にしてしまうから、これがまた難しい。


「だって、そもそもあなたは、幾人かミルクス教授から紹介されていたんでしょう? その中で僕を選ぶあたりで、既に判ってましたけどね」

「言うじゃないか」

「そういうひとは、今までも居ない訳じゃなかったですけどね。だけどこの規模の会社社長でそういう人は、初めてですよ」


 誉めているのかそうでないのか、さっぱり判らない。


「もちろん、誉めてるんですよ」


 くすくす、と彼は笑う。そうだこの笑顔だ。このさっぱり読めないこの笑顔が、曲者なのだ。


「会社の部下達には、言われるがね。そんな子供の様な理屈で、と。だけど、私はただ、天秤ばかりに掛けてるだけだ。これでも一応メリットとデメリットは計っている。ただ彼等とは、確かに計った結果をどう扱うか、違ってるのは事実だ」

「そうですね。彼等は、決して大局を見る訳じゃあない。それは戦場においても同じでしたね。下になればなるほど、大局を見ない。逆に見ることを禁じられる。彼等はまるで、下っ端の兵士の様だ」

「戦場を、知っている……」

「知ってますよ。僕はあちこち出向いた。あれが一番いい金になるんです」


 それは、初耳だった。確かに彼は、様々な仕事についてきたとは聞いたが。


「傭兵をしていたのか?」

「郷里に居た頃は、軍にも居ましたからね。おまけに僕は結構優秀でね。何処の戦場でも重宝がられましたよ。僕は必ず生き残ってくるから」

「だが、学資のためにそれというのは……」

「いや、別に学資のためという訳ではなかったですよ。僕にはそれしかできなかったんです。いや、そう思っていた。だからとりあえず一番簡単な方法をとっただけですよ」


 私はかたん、と手にしていたグラスを置いた。


「と言うか、僕の郷里では、その頃、それしかできなかった。この戦争の世の中で生まれた僕の世代は、生まれた瞬間から、軍隊に入ることが義務づけられていたようなものでした。だから、僕も疑うことなく、その道をたどっていた訳ですよ。そう、彼女もそうだ。確か彼女は僕と同じ世代の人間だから、やっぱり何処かで軍に一度は所属していたはずですよ」

「彼女も」

「気になりますか?」


 ちら、と彼は私の目をのぞきこんだ。思わず私はその視線から目をそらした。


「気にはなってないようですよね。彼女をあなたはD伯に紹介しようとしていたくらいですから」

「それは!」

「ま、無駄とは思うんですが」

「君、何を知ってるんだ?」

「彼女のことですか? 別に多くは知りませんよ。ただ、彼女がD伯には好印象を持っていないことは、見りゃ判ります。だいたいアンジェラスの軍と手を結ぶような男に、彼女がなびく訳がない」

「やけにきっぱりと言うな」

「言いますよ。そう、社長、リルブッスさん……」


 彼はそこまで言って、軽く目を伏せた。そして、私に向かってこう呼んだ。


「サーティン」


 彼は目を開いた。私はその変わった口調と、その声の中の中にある何かが変わったことに、気付いた。


「君は僕が止めても、それを聞きたがったね。だから逃げっこ無しだよ」


 ふと気付くと、乗り出した身体は下がれなくなっている。彼が私の手を取っているのだ。


「君は僕がアンジェラスの軍が、天使種が嫌いな理由を聞いた。それが実にプライヴェートなことだと言ってもね。そう実にプライヴェートだ。プライヴェートすぎるほど、プライヴェートだ」


 口調だけではない。声音すらも、いつもとは違う。彼はこんな、人を圧倒する様な喋り方をしただろうか? 掴まれた手から、汗が吹き出すのが判る。それだけではない。汗腺の一つ一つが、大きく開いて、手だけでなく、身体の至る所が。


「知りたいんですね?」


 彼は重ねて問う。手を掴む力が強くなるのが感じられる。

 私はふら、と首を縦に振っていた。

 途端、掴まれた手が強く引っ張られる。テーブルを挟んで、立ち上がった相手の顔が至近距離に迫った。薄い青の瞳に、吸い込まれそうになる。ああ何って綺麗な青なんだろう。

 だがその瞳が閉じられた時、次に何が起こるかを私は予想していなかった。

 私はもがいた。

 唇を塞がれたまま、無様な程に、空いた方の手を、動かしていた。テーブルの上のグラスが、炭酸水の瓶が、落下する。音を立てる。固い床の上で、それは、欠片となって飛び散る。

 再び目が開かれる。私ははあはあと大きく息をつぐ。


「ふ…… ざけるのはやめろ!」

「ふざけてはいないよ。君が僕を選んだ時から、そうだった。ずっと、君と知り合いたいと、思っていた」

「それが、こういうことなのか?!」

「前も言った。こういうことでもあるのさ」

「やめろ!」


 私は思わず強く彼を突き飛ばしていた。すると彼は意外なほどにあっさりと、バランスを崩して、その場に倒れ込んだ。私はあ、と思わず声を立てた。彼が倒れた先には、先程割れたグラスがある。


「ナガノ!」


 かがみ込み、彼の様子を見る。彼はちょうど飛び散ったガラスの上に左手をついていた。

「……血が…… 破片を取らなくては!」

「その必要は、ない」


 彼は座り込んだまま、すっと姿勢を直すと、私の前にその破片の刺さった左手を向けた。

 そして次の瞬間、私は目を疑った。

 刺さった破片が、見る見るうちに彼の内部から押し出されてくる。彼がそれをぱっと振ると、破片はそのまままた床の上に落ちた。そしてポケットからハンカチを出すと、流れた血をすっと拭く。所々に淡いピンクの、新しい皮膚が浮き出ている。そして傷は既に無い。

 私は思わずその手を取っていた。


「……ナガノ、君は……」

「見た通り」


 見た通り、と言われても。その答えは確かに私の中にはあった。だがそれを口にするのは、ためらわれた。


「君が言えないなら、僕が言ってやろうかサーティン? 僕は天使種だ。それも、脱走兵だ」

「だ……」


 握る手の、力が緩む。彼はするりとそこから手を抜き、立てた膝の上にそれを移動させた。


「現在アンジェラスの軍は、粛正真っ盛りだ。対象は幾つかあるが、その一つに、自軍の脱走者というものがある。僕は彼等に追われる身だ」


 私は彼が今までに固有名詞を省いて話してきた「郷里」のことを思い返していた。

 子供が少なく、家族というものがない。

 とにかく軍隊に入るしかない。

自然を嫌ったことはないが、あの惑星には帰れない。

 そして、「生まれて長い」。

 そういえば、と私は気付く。あれから、彼がうちのプラムフィールドのターミナル駅で言った感想の意味を考えていた。

 惑星パッサージュは、ミス・レンゲが知っていた。それは彼女がまだ子供の頃に、地核破壊弾で消滅した惑星だった。調べると、それ以降そのレベルの兵器は使用されなくなったという。

 彼女も言われるまで忘れていたという。そんな、無くなって久しい惑星だった。


「……君は…… 幾つなんだ? 天使種というなら…… 見かけ通りの年齢ではない?」

「少なくとも、君よりは」


 彼はそう言うと、再び手を伸ばした。その手が再び私の顔に触れる。なのに私の身体は、今度は何も動こうとしない。一体どうしたということだ。

 いや、そうではない。私は判っている。判っているのだ。


「パッサージュが消える前に、君は、そこに行ったことがあるんだな?」

 

 彼はうなづいた。


「パッサージュの中央駅の大ガレリアは、例えようもなく、綺麗だった。あそこの空は、時間によって様々な色に変わる。その色を上手く利用して、ガラスの大天井ドームはその表情を刻々と変えていた。見ていて飽きなかった。あれほど美しい駅を僕は見たことが無いし、今でも無い。おそらくこれからも……」

「そしてそこに行く前に、君は戦線から離脱した?」


 彼はガラスの破片を踏み越えた。それでも一片が靴の底に当たったらしく、ぺり、と小さな音が耳に届いた。


「突然だった」


 彼は私を立たせると、今まで私が座っていたカウチに進ませ、彼自身もその横に膝をついた。


「何の疑問も持たずに、僕達は戦っていた。死ぬ恐怖を、僕達は知らない。その様に教え込まれてきたし、そもそもこの身体だ。最強の兵士の種族だ。どの戦場でも、僕達のカーキの軍服は怖れられていた。僕はそんな脅えた市民にも容赦なく銃を向けていた。何故か? それが命令だったからだ。僕らの上位世代からの」

「世代……?」


 膝だけでなく、彼は手もついていた。その手は私の肩の向こうにあった。


「天使種にとって、個別認識する際に最も重要なのは世代だ。当時僕達は、最下部の世代だった。僕達の後に、次の世代が生まれたことは知っていたが、彼等が兵士となるにはまだ時間が足りなかった。僕達は、ただ上位世代の、上官の命令を聞くことは絶対と思っていた」

「だけど過去形、なんだな?」


 そう、と彼はうなづいた。そしてゆっくりと私に覆い被さると、再び唇を唇に押し当てた。


「今度は、抵抗しない?」


 少しばかり彼の口調に、楽しそうなものが感じられる。私は自分の顔が紅潮するのを見られたくなかったので、手を伸ばして、彼を引きつけた。

 ふふ、と囁く様な笑い声が耳の中に届いた。彼が自分よりも年上ということを認識した瞬間、私の中で、何かが外れた。

 そうだ知っていた。私はずっと彼が気になっていたのだ。最初に出会った時から、その薄青の瞳に捕らわれていた。だが、それを認める訳にはいかなかった。私は彼より年上で、上司で。

 そんな規制は、こんな関係においては全く無意味であることなど、知っていたのに。なのにそれは、私を締め付けた。

 そうだこれはモラルなのだ。私が捨てた、あの郷里のモラルなのだ。捨てたはずの郷里のモラルが、結局私をずっと締め付けていたのだ。対等か、自分より上の者でなければ。私はずっとそんなことを感じていたのだ。

 ずる、と背がカウチの上から滑り落ちる。少しの衝撃と共に、私達は床の上に身体を投げ出していた。

 伸ばした手に、手が絡む。



「最初に、ミルクス教授から君のことを聞いた時、僕は歴史の中のある人物を思い出したんだ」


 床に座ったまま、カウチの背をもたれさせ、シャツのボタンをはめ直しながら、彼はつぶやいた。


「歴史の?」


 私は、と言えば、まだ視線が天井にあった。奇妙なくらい冷静になった彼とは違い、私は全身が自分のものであるのが信じられないくらいに、動くことができなかった。

 最初とは言わないが、ずっと忘れていた感覚だったから、それがこれでもかとばかりに彼に与えられた時に、身体がついていかなくなったのだ。情けないくらいに。


「そう」


 言いながら彼は、腕を大きく伸ばしたままの私に取り去ったシャツを掛けた。私はぼんやりと彼の方へと視線を動かす。つい数時間前までの、「部下」であり「後輩」であるはずの彼の姿はそこにはなかった。私を見るその視線に、いつも何処か違和感を感じていたのは、そのせいだったに違いない。


「建築学ってのは、結構総合学的な部分があるからね。特に、古い建築物を見る時には、その背景をも考え合わせる必要がある」

「それで歴史を」

「そう」


 彼はうなづきながら、ゆっくりと立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けた。先に割れた瓶から流れ出た炭酸水は、床を濡らし、絨毯を濡らし、既に染みになりつつあった。彼はそれをさりげなく避けながら、別の一本を取り出した。

 私は重い身体をそれでもゆっくりと起こす。胸の上から裏返しのシャツがずり落ちる。


「こっちにも一杯くれないか」


 ふふ、と彼は笑いながらグラスに炭酸水を注いで私に渡す。一口飲み込むと、乾いていた喉に、さっとした刺激が通り過ぎる。彼は再び床に腰を降ろすと、自分自身のグラスにもなみなみとそれを満たす。


「……その人物のことを知ったのは、星間植民以前の歴史を見ていた時だな。偶然だよ。僕は当時あの人類発祥の惑星上にあった、小さな国の歴史に興味を持った。今はもう、そこにあった言葉すら失われた小さな国だ。小さく、そしてそこの国の人間は、ひどく貪欲だった」

「貪欲?」

「僕はどんな場合に置いても、貪欲な人間は好きさ。僕がそうではないからね」

「冗談を」


 私は首を横に振り、肩をすくめた。


「じゃあ訂正しようか。貪欲じゃあなかった」


 彼はそう言って、炭酸水にまた口をつける。空いた左の腕を、カウチの上に乗せ、身体は思い切り椅子にもたれかかっていた。


「何に対しても、僕達は、そんな感触は見いだせなかった。いや、あの惑星に居る以上、仕方がなかったんだ。僕達には、上部世代に対して、決して反抗することができなかった」

「君の言う、それがいまいちよく判らないんだが…… 世代、というのは何なんだ?」


 ただ単に、植民した世代のことを言うのではないな、と私は感じていた。彼の口調には、もう少し深刻なものが混じっていた。


「天使種に老人の姿をした者がいない、ってことは聞いてるかい?」

「一応」

「そう。実際居ない。僕達天使種は、一番活動がしやすい年齢で、その肉体の時間を止めるんだ。それがほんの少年少女の場合もあるし、それこそ中年に差し掛かったあたりになる者まで、様々なんだが、それでも、老人にまでなる者はいない。肉体が動きやすい、そして能力が発揮しやすい年齢だからね」

「少年少女も?」

「大人になってしまうことによって、特別な能力が発揮できなくなる体質の者は、そうなる前に成長が止まる。まあそれは希な例だけど、全く無い訳じゃあない。そういう者には、それに応じた役目が与えられる…… 僕達は、優秀な兵士、だったから」


 はあ、と私は言うしかなかった。初めて聞くことばかりだった。とすると、この男は、この外見の年齢で時を止めているということになる。確かにそれであったなら、私よりも時間を長く生きていると言われても不思議ではない。


「世代、は要するに、あの星域に植民した最初の世代から、何代目の子孫か、ということなんだけど」

「君は若い方、と言ったな」

「若い方。そう若い方。だから、軍隊でも、どんなに上に行きたくても、いいところ、少佐や中佐止まり。僕もそうだった。どれだけいい働きをしようが、必死で戦おうが、それ以上の役に付ける訳じゃない。そんなことはもう、軍隊に入れられてから、すぐに判ったことだった。だってそうだろう? 誰も上官が死にはしないんだから」


 私は息を呑んだ。


「つまりは、そういうこと。僕等の世代や、おそらくは僕等の下の世代にとって、軍隊は義務ではあったけど、夢も希望も無い所だった。どれだけ義務であっても、そこに例えば出世の道とか開けていれば、おのずと熱くなることはできるかもしれない。だけどそれすら僕等には無かった。それでいて、どんな上官よりも、若いからという理由で、困難な戦場に向かわされる」

「クーデターとか、起きることはなかったのかい?」

「さてそこが問題だ」


 彼は苦笑し、手を広げる。


「僕等は子供の頃から、そんな夢も希望も無い未来をあてがわれておきながら、上部世代に対する絶対的な服従を教えられるんだ。本当に、生まれ落ちた時から」


 私はふと、自分の子供の頃の記憶がだぶるのを感じていた。ウェネイクで、そう悪くは無い家柄に生まれるということは、未来がある程度決められてしまうということである。私は郷里で、窒息しそうだった。

 だがそこにはとりあえず、死ぬの生きるのは無かったはずだ。


「僕がそれを破ることができたのは、ある惑星で、命令によって、一つの都市を攻撃していた時だった。その都市は、かつては人があふれて、活気に満ちていたけれど、その時には、既に余裕ある人々は逃げ失せてしまい、残ったのは、そこに居るしかできない人々だった。だが上官は僕にそこに住む人間の一掃を命じた。僕は行った。だがそこで僕は銃の引き金を弾くことはできなかった」

「できなかった」

「そう、できなかった」

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