第1話 ブレイン探しに母校を訪問。

「いやあ、本っ当っに久しぶりだね、サーティン・リルブッス」


 豪快な苦笑とともに、私は恩師の研究室に迎え入れられた。笑うたびに口ひげが揺れる教授は、最近ではあまり使わない私のフルネームを呼んだ。


「その言い方はないでしょう、コンデンス教授…… お久しぶりです」

「ふん。何年ぶりだと思っているかね? サーティン。相変わらず背は高い、髪はくしゃくしゃだし、目はでかいし」

「これはくせ毛だと昔から言ってるでしょう。背が高いのは遺伝ですよ。母親が高いんです。目がでかくて困ったことは無いですよ? すいませんね、ご無沙汰してました。確か八年ぶりですね」


 私は指を折って数える。そうそう確か。


「そうだ。し・か・も、君は忙しい忙しいと言って、毎度毎度学会もすっぽかす。君のためになるからぜひ見るべきだ、と誘っても馬耳東風」

「本当に、忙しいんですよ」

「なおかつ同期会を開いても全く来ないし。ソルト・レイクが嘆いていたぞ。彼は当時君にべたぼれだったからな」

「止して下さいよ、一応私は男ですよ」

「何を今時。君は旧時代の遺物か?」

「教授……」


 それはそうなんだが。星系によっても種族によっても差があるのもよぉく知ってはいる。


「私の育ったあたりではそう当たり前じゃなかったんですよ。それは教授、よく御存知でしょう? ったく、奴も奴だ。それに、奴は実家に案内状を出したんじゃないですか? それじゃあ私には届かない訳ですよ。もうずっと向こうには行っていないんだから」

「ふん、行っていない、ね」


 口をへの字に曲げて、私の恩師、コンデンス・ミルクスは腕を組んで椅子にふんぞりかえった。全く。この人は十年近く前と何にも変わらない。そして指を立てると、私に向かって突き出した。


「だいたいサーティン、君な、何だって、あんなウェストウェストくんだりの遠くへ引っ越してしまったのだ? 就職にしたところで、このウェネイクに近い惑星群を選べばいいものを」

「仕方ないでしょ先生、あの時は結構就職難で。だいたいこの戦争下で仕事をっていうのは」


 私は肩をすくめる。


「あれだけ実家のコネクションを使えば、君は幾らでも近場の仕事は手に入ったものを。わざわざあんな僻地の銀行に、そりゃあ確かにあのドリンク・コートの誘いだから、なかなか面白いと踏むとは思うが…… 君は全く、本当っに、自分というものを知らなさすぎる」


 私は思わず人差し指でこめかみを引っ掻いていた。


「買いかぶりすぎですよ、コンデンス教授」


 とりあえずはそうかわしてはおくが、その実家という奴のしがらみが嫌だから飛び出したというのに。いくら恩師でも、そうくどくど言われると、さすがに私もちょっとばかりトサカにきそうな気がしていた。

 そして私は、そういう時には決して躊躇しないのが取り柄なのだ。


「だからですね、教授、私はその後転職したでしょう! この間のメイルにも書いたはずですよ?」

「う」

「その銀行に入れてくれたコート先輩から、少しばかり経営不振になっている会社があるから、立て直してみる気はないかって。ほらこれって、先生から見ても、結構いける誘いじゃあないですか?」

「む、うーん……、それは」


 教授は思わずうなっていた。私は知っていた。この先生はこういう誘いには弱いのだ。

 コンデンス・ミルクス教授は、私がかつてこの大学――― 全星系の中でも最高学府と言われている、惑星ウェネイクの、星立総合大学の社会学部経済学科に通っている時の恩師である。

 全星域でも有名な経済学者であるこの人は時々、「趣味で」「つぶれかけた会社の再興」というのをやってみせる様な所がある。この総合大学の教授には、副業は禁じられているので、あくまでそれは「趣味」としてだが。

 そしてお礼として、研究室には、高価で手が出なかったような資料や書籍が学校や研究室に「寄付」されるのだ。

 そんなものでいいのか、と私は思わなくもないが、このひとは「楽しませてもらって、本までもらえるならそれに越したことはないじゃないか」などと言って澄ましている。

 なので、そういう趣味を持つ人に、私が真面目に企業の再建に取り組んだあたりをあれこれ言う資格はないのだ。無いと思う!


「それに何とか再興は為ったんだからいいじゃないですか」

「う、ううむ」

「全く感謝してますよ先生、私が現在あのMA電気軌道をそれこそ『軌道に乗せて』いるのは先生のおかげです。どうもありがとうございます。本当に感謝してるんですよ?」

「そ、そうか、役に立っていたんだな」

 ほらもう少しだ。この教授は昔からこういう言葉に実に弱い。

「ええ。だからそうなんです。ほんっとうに、先生は私にとっては恩師ですから」

「お世辞を言ったって、今更君、何も出ないよ」


 そう言いつつ、何やら顔が赤い。そして教授は目の前にあった菓子の最後の一個をつまむ。そういえばこの人は昔から甘党だったんだよな、と私は思い出した。


「いえいえ何も。今度来る時には、ウェストウェストでも銘菓とされてるものを何か見繕ってきますよ。パイ系がお好きでしたか? ただ、ここに来る前の通信でお願いしましたことさえ何とか…」

「何とか、ね……」


 ふ、と教授はため息ともあきれたともつかないような吐息をもらした。


「ま、幾らか見繕ってはみたがなあ…」

「本当ですか?」

「だが君はね、サーティン。どうも時々要領の悪いところがあるからなあ」

「私が一体何を?」

「後期試験の前日にいきなり真冬の貯水槽で賭けをして泳いで翌日熱が出て危なかったのは誰だ?」

「あれは寮の隣の棟のハルビン・アスピラントが挑発したから悪いんですよ」

「それに、卒論のテーマをいきなり唐突に変えてしまって、誰もフォローができなかったので、結局一人でやることになったのは」

「出来が悪かったですか?」

「そこで悪く無いところが、君の可愛くない所なのだよなあ」


 それはそうだ。口を出されたくなかったから、いきなり方向転換したのだ。

 教授は悪い人ではないが、彼が私に与えたテーマは、いまいち気乗りがしなかったのだ。

 そこで、方向転換をいきなりするフリをした。

 実のところ、裏でこそこそと研究はしていたのである。まあ何だかんだ言って、私の卒業論文「辺境星域における経済と文化の進度の差異におけるユレケン戦の影響」はその年の最優秀に選ばれたりしたものだ。

 まあそれはどっちでもいいのだが。


「だいたいこの時期に来るあたり、君は要領が悪い。既に今度卒業の学生やら院生やら研究生やらは、他企業に取られてしまっているとは考えなかったかい?」

「ええもちろん考えました。でも、そういうところだけに妙に素早い連中には私は興味はないんですよ」


 教授は仏頂面になる。


「いや、来たんですよ? うちにも。そのたびどんな学生も言うんですよ、御社を一番に考えていました…… 御社のためなら…… 御社御社おんおんおん。ああもうたくさんだ」

「じゃあ何だね」


 お手上げ、と言うように手を広げる私に問いかけると、教授は立ち上がり、端末を引き出し、電源を入れた。

 学生のリストが瞬く間にその画面には現れた。


「君はそういう小回りの利く学生は、好かないと」

「だってそういうのは、他の企業でもたくさん持ってるでしょう。私は私の会社にはどっちかというとあまのじゃくが数名居ればいいんです」

「ああ、そうか。そういえば、君の会社にも、既に古参の社員がたくさん居たな…」


 ええそうです。

 私は内心大きくうなづいていた。

 そうなのだ。私の会社には、私が社長となる前からずっとそこに居る社員が大勢いるのだ。私より下手すると、発言力の大きい社員がごろごろと。

 たとえそれが無能であろうが、縁故のみで入った愚鈍な社員であろうが、地位がついてしまった者はそうそう無視する訳にはいかない。私は私一人で会社をやっている訳ではないことは判っている。

 そう、私は一つの会社を、背負っているのだ。

 私は現在、このウェネイクからはやや離れた、ウェストウェスト星系にある交通・輸送の総合企業「MA電気軌道」の社長をやっている。

 無論、自力でそんな会社を作ることは、つい最近三十代になったばかりの私には無かった。私は雇われ社長だった。縁故な社員をどうこう言ったわりには、私自身、結局縁故でその地位についているのだ。

 学校時代の先輩で、現在あの星系において圧倒的な力を持つ、ドリンク・コート伯爵の口利きでなかったら、そんな役にはついてはいない。

 もっとも社長と言ったところで、そこで甘い生活など考えてはいけない。その生活は結構にシビアなのだ。

 現在この広い宇宙空間の、人間の居住している全星系が、戦争のまっただ中にある。もうひどく長い戦争なので、その原因などもう誰も知らない程だ。それが当たり前になってしまっている。

 ただし、戦闘らしい戦闘は、各地で行われていて、大勢がどう、という問題ではないので、何だかんだ言いつつ、戦争など何処吹く風、で過ごしている地域もあることはあるのである。このウェネイクもそうだった。古い植民惑星だった、ということもあるが、最近最も勢力を伸ばしているアンジェラス星系の軍がこの惑星を気に入って本拠にするつもりらしい、ということもあるのかもしれない。そういう場所は、綺麗に保って置きたいのだろう。

 だがさし当たり、彼等の行動は私には関係はない。私に直接関係があるのは、戦争が、物流にどう関係するか、である。

 いつどう変わるか判らない情勢の中で、どんなものが必要とされ、どんなものが無駄であるのか即座に見抜き、それを上手く回転させる、というのはなかなか厄介なものなのだ。

 特に、私の様な新参者は。


「つまり、君は自分のブレインが欲しいという訳か?」


 私はええ、と言いながらうなづく。このウェネイクは、土地柄、良家の坊ちゃん嬢ちゃんが確かに進学して来る所ではあったが、そうでない者も無論たくさん居た。

 私はその昔ここに居た頃、そういう学生とよく学び、よく遊んだものだ。呆れる位年上の同級生も居た。他の惑星で、ずっと働いてきて、一念奮起してここに入った、という者も珍しくはなかった。そしてこの学校自体、そういう様々な者を受け入れるだけの余裕があった。

 そういう中から、ほんのわずかでいい。私と波長が合って、外側とも内側とも渡り合っていくためのブレインが欲しかったのだ。


「どうですか? 教授から見て、私とやっていけそうな学生に心当たりは?」


 コンデンス教授は、ふう、とため息をつくと、数名の学生の資料を画面に起こす。彼は私にプリントアウトしたその資料を手渡しながら苦笑いする。


「ま、こんなとこだね。彼等の担当教官に私の方から連絡しておこう。会うのは早い方がいいんだろう?」


 ええ、と私はうなづいた。時間はそう多くは無い。一週間がいられるかどうか、というところだ。


「だが今すぐという訳にはいかないさ。何せここは学校という場所だ。世知辛い社会とは時間の速さが違う。君も今日くらいはゆっくりするといいよ」


 何せ八年ぶりの久しぶりのキャンパスなのだから、と彼は笑った。

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