真相
「以前にも話したが、僕は魔法使いになりたかった。なれないとわかってからは魔法使い、いや魔法界全体の役に立ちたいと心底願っていた。それは本当だ。だから血の滲むような努力をしてニューヨーク校の講師にまでなったんだ。努力によって不可能を可能に変えたんだよ。そこには私利私欲なんてなかった、全ては魔法界の発展のためだったんだ。ところがだ、あんなに憧れていた魔法使いはどいつもこいつも馬鹿ばかりだった。ただ魔法が使えるってだけでちやほやされて、魔力がなければただの無能な人間、ちょうどメグ君、君のような役立たずが
そう言って向けられた憎悪に満ちた瞳はメグを震え上がらせた。
「こんな愚かな連中のために人生を賭けてきたとわかった時、僕がどれほど絶望したかわかるかい? そうして悟ったのさ。こんな間抜けどもより僕の方がずっと魔法使いにふさわしいとね。だから僕は自ら魔法使いになる道を探ることにした。もちろん簡単なことじゃなかったさ。でも、裏社会には同じことを考える連中がたくさんいてね、蛇の道は蛇というが、軍事に応用したいと考える連中からどんどん資金が入ってくるようになったんだ。お陰でこんな凄い研究室ができたんだよ」
遠山は立ち上がると、中央の球体を愛おしげに見上げた。
「そしてこれがその心臓部、僕を魔法使いにしてくれる究極の魔導具マギアドームさ。これはね、魔力を吸収したり発生させたりすることができるんだよ。更にはその魔力をマギアリングに封じ込めることができる。そしてその指輪を身に着けていれば魔法使いでなくても魔法が使えるんだ。僕の言っていることがわかるかな、メグ君、こうして僕は魔法使いになれたんだよ」
遠山は壁の棚から宝石箱を取り出すとメグたちの前で開いてみせた。中には価値の高そうな指輪がたくさん並んでいる。
「これは僕の自慢のコレクションだよ。二十年かけて集めたんだ」
遠山はそのうちのひとつを指にはめると、指先から色とりどりの光の玉をいくつも出して自分の周りをクルクルと回らせた。メグは自分より凄い魔法を遠山が事も無げに使っていることが信じられなかった。
「どうだい、まあまあだろ? でもね、僕が使いたいのはこんな幼稚な魔法じゃないんだ。僕は更なる可能性を求めて研究を重ねた。そして、マギアリングにも優劣があることを発見したんだ。優秀なリングは魔力のみならず高度な魔法を大量にキープできるってことをね。僕は必死になって優れたリングの条件を探った。そしてついに見つけたんだ、優れた指輪の最大の要件が、骨董的価値のある伝統的な指輪であることを」
遠山はミュージカル俳優のように天井に向かって両手を突き上げた。すっかり自分の言葉に酔っているようだ。
「当然のことながら素晴らしい指輪は偉大な魔法使いたちによって受け継がれている。そこで目をつけたのが百年にひとりと言われた伝説の魔法使いオリガさ。彼女の指輪なら申し分ないだろうからね。僕は裏のネットワークを駆使して彼女を捜した。するとオリガは十五年前に亡くなっていたことがわかった。となればリングはスイスのマギアリング保管所にある可能性が高い。ところがやっとの思いで潜入した保管所にはオリガの指輪は既になかった。僕は必死で調べたよ。そしてそれが日本魔法協会にあることを突き止めたんだ。つまりはその先それを受け継ぐ魔法使いが日本にいるということさ」
遠山は指輪を外して宝石箱ごと棚に戻した。そして再びふたりの前に腰かけたが、その顔は酒に酔ったように紅潮していた。
「僕はニューヨークでの仕事を辞めて伯母の家があるここに拠点を移しオリガの指輪を追うことにした。そして三年前に誰かが受け取ったことを知った。そこからは該当する魔法使い捜しさ。県庁魔法課の課長という身分は有難かったね。定時で帰って研究に没頭できたし、何の疑念を持たれることなく魔法学校の生徒を調査できた。もちろん調べたのは優秀な生徒さ。あのオリガの指輪を受け継ぐ者だ、並大抵の魔法使いのはずがないと思い込んでいたんだ。ところがどれだけ探しても指輪は見つからなかった」
ここで遠山は大きく息を吸うと身を乗り出した。
「諦めかけたその時、当のマギアリングに出会ったのさ。そう、それ、メグ君がはめているそれだよ」
メグはぽかんと口を開け暫く遠山の顔を見ていたが、我に返って自分の指輪を見た。美しい彫刻が施されてはいるものの、石の透明度は低く、偉大な魔法使いの持ち物だったとは到底思えない。
「そんな筈は……」
「疑うのも無理はない。しかし、君が初登庁したあの日、メンテナンスボックスに入れるために受け取ったその瞬間、僕にはひと目でそれとわかった。あまりに突然のことで持つ手が震えて、みんなに気づかれやしないかとヒヤヒヤしたものさ。特にみのりさんと
遠山は当時のことを思い出したのかくすくすと笑った。
「改めて画面を見ると、間違いなくオリガの指輪だと書いてあった。しかしどうだ? 何かしらのロックがかかっていてその状態や性能が全く読み取れなかったんだ。これは何か細工がしてあると直感したね。まあそれはこれからゆっくり解明するとして、あの時はどうして君が持っているのか全く理解できなかったよ。だって君は、魔法学校では万年最下位の成績で使える魔法も殆ど無い出来損ないだったからね。その謎が解けたのがあの植樹祭の日さ。君のおばあさんの瞳を見てすべてを理解したんだ。オリガは日本に暮らしていたことがあって、娘をひとり生んでいることは知っていたからね。君は身内に魔法使いはいないと言った。その君が、まさかオリガのひ孫だとは思いもしなかったよ。……おや、驚かないところを見ると今は知ってるんだな。ふうん……」
不意にメグの左腕が巻き付いたコードによって持ち上げられた。するとメグの指からするりと指輪が抜けて遠山の手の中へすっぽりと収まった。
「あっ、私の指輪」
「残念ながら今日からこれは僕のものだ。無能な君には相応しくないからね」
立ち上がろうとしたメグは自分の体が思うように動かないことに気づいた。心なしか呼吸が苦しい気がする。以前のように指輪が自ら戻ってくることもない。目の前では遠山が指輪を自分の指にはめ、来た時より明るくなったマギアドームにかざしてはためつすがめつ眺めている。
「まだ僕の声は聞こえているかな。もう少し僕の活躍を聞いてもらおう。メグ君が指輪を持っているとわかってからはどう奪えばいいかずっと考えていた。君だけなら簡単だったんだが、君の使い魔のゴン太は僕にあからさまな不信感を持っていたし、見かけと違ってなかなか有能そうだったからね。奴の正体がわかったのは君がゴン太の本当の名前を教えてくれたからさ。レオポルト、またの名をジンジャー、オリガと共にその名を馳せた超一流の使い魔だ。さすがにもういい年だが一筋縄でいく相手じゃないし、何よりオリガの使い魔だとしたら命懸けで君を守るに違いない。だから君から信頼を得ると同時にゴン太を抹殺する方法を必死で考えたのさ。そこで思いついたのがのらを利用することだ。君たちはもうのらの正体に気づいたかね? 人間だと思いこんでいたんじゃないのか? 実はあれは有能な魔カラスだよ」
「え」
メグはあの魔カラスの姿を思い浮かべた。最初に攻撃してきたのが魔法使いではなくあの使い魔だとしたらとんでもない魔力の持ち主だ。老婆に変身したときもほんの少しの違和感もなかった。そしてゴン太との戦いでも凄まじい攻撃力を発揮していた。
「あの魔カラスがのらだったなんて」
「あいつの名前はコルバ、裏の仕事で知り合った魔法使いの使い魔だったんだが、主を失って僕が使うことにしたんだ。このマギアドームがあればあいつを養うのは容易なことだったからね。ただ、ゴン太との戦いで致命傷を負ってね、回復の見込みがないから山に捨てさせたよ」
「なんて酷い!」
「ゴン太を殺した憎い敵じゃなかったのかい?」
「私には敵でも、課長のことはボスって……」
「ふっ、代わりはいくらでもいるさ」
メグの頬をひとすじの涙が伝った。こんな男を信頼していた自分が情けない。
「また泣いているのか。はっ。無能な奴ほどよく泣くものだ。まあいい、これで僕の夢は叶うし、更なる研究も進むというものだ。僕は科学の力を借りて、伯母やオリガをも凌ぐ魔法使いになってみせる」
遠山は指輪をはめた手を強く握り締めた。
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