植樹祭②
みのりが脇に避けた後に
大きな歓声と拍手の中、最後に
観客は言うに及ばず、メグもまた興奮していた。凄い人たちだとは思っていたが、まさかここまでの使い手揃いとは思っていなかった。メグの知っている魔法使いと言えば主に魔法学校の先生たちだが、校長を除けばこれほどの力を持つ人を見たことがない。
そしてメグ以上に興奮していたのが課長の遠山だ。進行そっちのけで斜面のすぐそばに陣取り、目の前で起こる奇跡を食い入るように見ていた。赴任して五年、デスクワークが中心の課長もまた、これほどの魔法に出会う機会はなかったのかもしれないとメグは思った。
「盛大な拍手をありがとうございます。これで整地が終わりました。さて、これから植樹となります。最前列には未来の魔法使いの皆さんに手植えをしていただきますが、それ以外は使い魔たちにやってもらおうと思います」
メグのアナウンスが終わるか終わらないうちに数本の苗木を掴んだカムイが頭上を低く飛んで観客を沸かせ、それから使い魔が待ち構えている斜面に向かった。それを合図にゴン太が立ち上がってくるりと体を回すと、小さな竜巻が次々と現れて空に浮かんだ。リリアとジュニアはその竜巻をひとつひとつ先導して、斜面のそこここに苗木がすっぽり収まるほどの穴を開けていく。そうしてできた穴にカムイが寸分の狂い無く苗木を落とす。こうしてものの五分と経たないうちに最前列を残して植樹は完了し、と同時にメグはその大役を終えたのだった。
「素晴らしい植樹祭だったわ、望月さん」
メグがテントに戻ると、魔法学校の校長の
「校長先生! いらしてたんですね」
駆け寄るメグを、紫苑は笑顔で出迎えた。
「ええ、知事からお招きいただいたのでね。それにしても素晴らしかったわ、望月さん。本当に堂々とした司会ぶりで、見ていてとても誇らしかったですよ」
「そんな……」
メグは少女のように頬を染めた。学生時代はダメ出しの連続だったメグにとって、こんなふうに教師に褒められることは奇跡に近い。いつの間にかそばにゴン太が来ていた。
「メグはやればできる子やで。まあ、このわしがそばにおればこそやけどな」
「まあ、レオったら、相変わらずだこと」
「おやおや、これは田嶋校長ではありませんか。はじめまして、私、魔法課の課長をしております遠山金次郎と申します」
いつ来たのか、遠山が紫苑に名刺を差し出した。ゴン太の顔が途端に歪む。
「これはご挨拶が遅れまして。田嶋紫苑と申します。生憎と名刺を持ち合わせておりませんので」
「いえいえ、どうぞお気遣いなく。高名な田嶋先生にお会い出来て光栄です。本日の植樹祭はいかがでしたか?」
「それはもう素晴らしいものでしたわ。さすが遠山課長のご指導の賜物ですわね」
「いやいや、とんでもない。私なんぞなんの役にも立ちませんよ」
ふたりの会話を聞くともなく聞いていたメグの肩にゴン太が乗った。
「あれ、お前の母ちゃんちゃうか?」
ゴン太の指す方を見ると、駐車場の端でしきりに手を振っている女の人がいる。確かに母の
「すみません、母が来てるみたいなのでちょっと行って来てもいいですか?」
「ああ、今なら大丈夫ですよ。僕も挨拶したいので後で行きますね」
メインステージでは手作業での植樹を終えた中学生たちが今日の感想やお礼を述べている。閉会まではまだ少し時間がありそうだ。メグはゴン太を肩に乗せたまま急いで母の元に走った。するとそこに信じられない人がいた。
「おばあちゃん!」
酸素を繋いだ祖母のアンナが車椅子に乗ってそこにいた。また少し体が小さくなったように見える。そのアンナが顔を皺くちゃにして両腕を伸ばした。メグがその手を握るとエメラルドグリーンの瞳が見る間に涙で濡れた。
「メグちゃん、立派だったわよ。おばあちゃんもう嬉しくて嬉しくて」
「おばあちゃん……」
「どうしても来たいって聞かなかったのよ。でも、来た甲斐があったわ。メグ、ほんとによく頑張ったわね」
雛子の言葉にメグの目からも熱いものが噴き出した。ここ数週間の全てが報われた気がした。
「ありがとう、おばあちゃん、お母さん。私今日まで辛くて苦しかったけど、今は頑張って良かったと思う」
「メグ、早よ帰ってもらい!」
突然ゴン太が話に割って入った。どこか落ち着かない素振りだ。
「どうしたの?」
「もうメグの出番は終わりやし、ここは少し冷えるさかいアンナの体に障るやろ。話は今度病院ですればええ。一刻も早く帰ってもらい!」
「でも、課長が後で来るって……」
「そんなんどうでもええやろ!」
「どうかしたの?」
ゴン太の様子を訝しんだ雛子が口を挟んだ。
「ここは冷えるから早く帰ってもらえって」
「確かにそうね。ゴンちゃんの言うとおりだわ。じゃあ私たちはこれで。メグ、今夜はお祝いしましょ」
「うん。おばあちゃん、来てくれてありがと。嬉しかった。お大事にね」
ゴン太にせっつかれて雛子がアンナの車椅子を押し始めたとき、後ろからメグを呼ぶ遠山の声が聞こえた。それでもなおゴン太は車椅子を押そうとしたが、雛子がそれをたしなめた。
「はじめまして、課長の遠山です。本日はおいでいただいてありがとうございます」
「娘がいつもお世話になっております」
深々と頭を下げる雛子の横で、遠山は中腰になってアンナにも挨拶をした。そしてアンナの顔をまじまじと見つめると小さな声で付け加えた。
「失礼を承知で言わせていただきますが、実に美しい瞳をしてらっしゃいますね」
アンナは困ったように顔を伏せた。ゴン太は再び雛子をせっついて別れを切り出させた。
「これは引き止めてしまい申し訳ありませんでした。それではいずれまた」
雛子は二度三度と振り向いて頭を下げながら遠ざかった。その後ろ姿を見送る遠山の顔はどこか満足そうだ。メグは少し不思議に思いつつもテントへと戻った。それから間もなく閉会式が行われ、植樹祭は全ての行事を無事に終えることができた。
これまでにない充足感に包まれてテントでの撤収作業をしていると、メグのもとに四人の中学生が駆けてきた。どの子の顔も一様に上気しており、始まる前の憂鬱そうな顔とはまるで別人のようだ。魔法の凄さ、使い魔のかっこよさを争うようにメグにぶつけてくる。返事に追われながら、これならきっとみんな魔法使いの道を選んでくれるだろうと嬉しくなった。
「ところで、望月さんはどんな魔法が使えるんですか」
ひとりの中学生が真っ直ぐな目でメグを見た。他の三人の視線も一斉にメグに注がれる。メグは心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような気がした。
「え。えっと、それは……」
「彼女はね、遠視が得意なんだよ。他の生き物の目を通して別の場所の景色を見られるんだ」
「すごーい!」
間髪入れぬ遠山の助け舟に歓声が上がり、メグは更に質問攻めに遭うことになった。無邪気な質問が次第にメグを追い詰めていく。
ちっとも凄くなんかないのに
彼女たちが立ち去るまでの数分間、メグは笑顔を保つのが精一杯だった。
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