植樹祭①

 あのリハーサルの日の魔力の発生源は史人やゴン太でさえ見つけることができなかった。しかし実害はなかったので、多少の議論はあったものの、警備を増やすという条件で予定通り植樹祭は行われることになった。


 幸い天気に恵まれ、メグは多くのスタッフに交じって早朝から会場の設営に汗を流した。ふれあい広場の入り口には受け付けのテントが置かれ、ステージ前には百余りのパイプ椅子が並んだ。人の流れがスムーズになるようにロープも張られている。一般客も含めると数百人が参加し、マスコミの取材がある程の大きなイベントなのだ。準備の整ったステージに立ったメグは、ほんの一部とはいえここで司会をするという重責に今更ながら足が震えた。


 この日のために母が新調してくれたスーツに着替え身なりを整えた頃には既に多くの来賓が着席していた。最前列には魔法使いの卵である四人の中学生が付き添いのソーサラーと一緒に座っている。自分たちが主役であることにどこか戸惑っているような顔つきだ。


 その一方でソーサラーたちは晴れやかな顔である。ソーサラーとはそれぞれの地域に住む世話役で、公務員を引退した魔法使いが務める。魔法使いが生まれることは滅多にないため、こうして付き添いができるのは名誉なことなのだ。その顔は後ろに座る保護者よりも誇らしげにさえ見える。


 やがて厳かに開会式が始まり、中学生には退屈であろう来賓の挨拶が続いた。それが終わればいよいよメグたちの出番だ。メグはテントの裏で既に頭に入っている進行表を何度も何度も読み返した。学校のテストでさえこんなに頑張ったことはないくらいだ。そこまでしたのに、できることなら今すぐここから逃げ出したいと思う。


「大丈夫だよ、メグ君。君は十分に準備したからね。もっと自分に自信を持つんだ」


「そうだよ、メグちゃん。僕もそばにいるから大丈夫」


 見兼ねた課長と史人ふみひとに励まされ、メグは腹を括るしかなかった。マイクを受け取り、いよいよステージへと向かう。一斉に注がれる視線の中、体が数センチ浮いているような気分のまま深々と頭を下げた。


「皆様、本日はようこそおいでくださいました。ここからは、私望月メグが司会進行を勤めさせていただきます。入庁一年目の新人ですので至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


 倒れそうな程緊張していたにも関わらず、自分でも驚くほど大きな声が出た。職場でも自分の部屋でもお風呂場でさえも何百回と繰り返した練習はムダではなかったようだ。いつしか脚の震えは止まり、ゴン太たちの見事なパフォーマンスに目を輝かせる中学生たちの表情を見る余裕さえ生まれていた。


 使い魔のステージは想像以上に盛り上がった。また、史人の魔法体験会もその場にいる皆を魔法の虜にするような笑いあり、感動ありの催しとなった。


 次はいよいよメインイベントの植樹だ。ここでも進行と解説はメグの役割である。ここまでいい感じで進んできたことで、メグの心にも少し余裕が生まれていた。


「それでは皆様、次はいよいよ魔法による植樹を披露します。ステージ後ろの斜面をご覧ください。今回はここに樫の木を植え、どんぐり広場を作る予定です。木が大きくなってどんぐりがたくさん実る頃には、ここにいる魔法使いの卵たちが立派に成長していてほしいというメッセージを込めました。では、参加する県庁魔法課職員の紹介です」


 ステージ上での紹介が済むと、メグを除く三人の魔法使いと使い魔が斜面の前に移動し整列した。斜面は長いこと手入れがされていないのか荒れた印象だ。草は伸び、何だかわからない低木がそこここに生えている。実は、植樹祭が決まってから敢えて放置しておいたのだ。ギャップがある方が盛り上がるだろうという配慮である。


「皆様、この荒れた斜面をご覧ください。こんなところにどうやって植樹するのだと疑問に思われたのではないでしょうか」


 ここでメグは大きく息を吸った。


「しか〜し、本県が誇る魔法使いとその使い魔たちの手にかかれば、この荒れ地がたちまちのうちに森の卵へと変身します。ではとくとご覧ください」


 その言葉を合図に、みのりはくるりと背を向け数歩斜面に近づき、レース直前の陸上選手のように首を回しながら両腕を振り足踏みをした。それから頭を垂れ指輪に向かって何やら呪文のようなものを唱え始めると、場内がしんと静まり返った。


 突然みのりが両手を突き上げ天を仰いだかと思うと、今度は胸の前で手を組み前屈みになって体を縮めた。普段のみのりからは想像できない荒々しい動きだ。そのときメグは、会場の空気が瞬間的に冷たくなったのを感じた。その直後、みのりは弾かれたように伸び上がった。そしてその大きく広げられた両腕から巨大な炎が吹き出し、一気に斜面を焼き尽くしたのである。


 呆然と斜面を見つめる大観衆の中からひと呼吸置いてどよめきが湧き起こり、その後を割れんばかりの拍手が追いかけた。リハーサルでは簡単な動きの確認だけだったので、メグもまたその迫力に度肝を抜かれた。

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