連絡先
メグはこれまでの経緯を自分の気持ちも含めて素直に話した。時に感情的になりがちなメグの話を、藤堂はカウンセラーの如く絶妙な相槌で促しつつ冷静に聞き続ける。
「つまり、今の自分には責任が重過ぎて辛い、ということだね」
「はい」
メグは盛大に鼻をかんで自分語りを締めくくった。目の前にいる憧れの人にはもう十分みっともない姿を晒したので、今更怖いものはない。
「僕は、みんなが君に期待しているからこそだと思うし、越えられないものではないと思うけどね。そもそも難しく考え過ぎているんじゃないかい?」
「親にも同じこと言われました」
「それで君はこの仕事を降りたいの?」
メグは答えられない。決してやりたくないわけではない。どうしていいかわからないだけだ。だからといって、今更一から教えを請う勇気もない。この一週間、何をしてきたんだと思われるのが怖いし、何よりただひとつのアイディアさえ浮かばない自分の無能さを晒すのが辛いのだ。メグは絞りきったはずの鼻水が再び湧いてくるのを感じた。
「返事がないということは、単純に辞めたいわけでもないということだね。わかったよ望月さん、僕の話を聞いて」
メグはもう一度鼻をかんで顔を上げた。
「いいかい、なぜ遠山さんが君にこのプロジェクトを任せようと思ったか。それは君がいちばん若いからだったよね?」
「はい、そう仰ってました」
「そこにヒントがあるんじゃないかな。君は社会人としてこのプロジェクトの企画を立てようとして苦悶している。しかし、課のみんなが期待してるのはそこじゃない。つまりは君の感性に期待してるんだよ」
「私の感性?」
「そう、もっと言えば君の瑞々しい感性だ。君が中学生のときに感じていた魔法に対する興味や憧れ、もしくは疑問や不安はまだ君の中に生々しく残っているんじゃないのかい?」
一瞬にしてメグは中学生の自分に戻った。あの頃は魔法使いになれることが楽しみで仕方ない反面、公務員の仕事が自分に務まるのかという不安が拭えなかった。そもそも、普段の生活の中で魔法使いに出会うことはまずなかったし、どういう未来が待っているのかまるで見当がつかなかったのだ。そんな中、多くの疑問が解け将来への希望が湧いたのが正に職場体験だったではないか。
「だったら、あのときの不安を解消するイベントにすればいい!」
メグの目に強い光が宿ったのを見届けて、藤堂は満足そうに頷いた。
「何か掴んだみたいだね」
「はい、ありがとうございます。私のやるべきことがわかった気がします」
「素晴らしい。ただ、自分ひとりで全部やろうと思わないことが大事だよ。こういうふうにしたいんですって君が言えたらそれで合格。そしたらみんな協力を惜しまないはずだから」
「はい、頑張ります!」
メグは腕を曲げて力こぶを叩いて見せた。後で売れない芸人のダサいギャグみたいだったとめちゃくちゃ後悔したけれど。
「スマホ出して」
「え?」
「連絡先を交換しよう。何か困ったことがあったらまた相談に乗るよ。僕で良ければだけど」
「も、もちろんですっ!」
まさか藤堂の連絡先を手に入れられるなんて思いもしなかったメグは、今なら箒無しで空も飛べそうな気がした。
しかし、そんな甘美なひと時は一瞬で吹き飛ばされることになる。
突然けたたましくドアが開き、すぐにそれ以上の激しさで閉まると、高らかなヒールの音とともにいつもの悪態が始まったのだ。
「あんのクソヤロウ! こっちが下手に出ればいい気になりやがって!」
この一週間、外出から戻る度に
「あら、
「またって……この間の魔導具のテスト結果、琴音も見たがってただろう?」
「だったらデータを送ってくれたらいいのに」
「送ったさ。いつまで経っても開いた形跡がないからこうして渡しに来たんじゃないか」
「仕方ないじゃない。プライベートのアドレスに来るのはろくな話じゃないから滅多に見ないのよ」
「だったら確実に見る連絡先を教えてくれよ」
「めんどくさいわね。後で送るわよ」
「いや、今すぐにしてくれ。どうせまた忘れるんだから」
ふたりの息ぴったりの掛け合いは、メグには夫婦漫才のように見えた。本当に信頼し合えてなければできない会話。そしてそこにメグが入る余地は少しもなさそうだ。
ついさっき手に入れたばかりの連絡先は、今はもう何の価値も持たないとメグは思った。
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