マギアリング
「ちょうど良かった。天空君にも見てもらいたいものがあるんだ。先週ニューヨークから届いたばかりなんだよ」
そう言いながら、遠山は幾重にも重ねられた保護材を鼻歌交じりに剥がし、中から出てきた両手に乗るくらいの木箱を藤堂に手渡した。子どものようにはしゃぐ遠山の姿に興味を持ったのか、ひとり事務作業をしていた
「蓋を開けてみてくれたまえ」
言われるまま藤堂が蓋を開けると、みんなが一斉に覗きこんだ。しかし、黒く塗られた箱の中身は空っぽで、メグたちは顔を見合わせて首を傾げた。
暫しの沈黙の後、突然藤堂が口を開いた。
「もしかして、マギアリングのメンテナンスボックスですか?」
「さすが天空君、ご名答! 君には前に話したことがあったよね、それがやっと形になったんだよ。プロトタイプだからできることはほんの少しだけどね」
尚も首をひねる一同を意に介さず、遠山は藤堂から箱を受け取ると、隣に置いたパソコンとケーブルで繋いだ。
「誰か指輪を貸してくれませんか」
遠山の呼びかけに戸惑いながらも
「ほお、なかなか良い状態のようですよ。初期の段階からかなりグレードアップしているようです。ただ少し疲れが溜まっていると出ていますねえ。持ち主のコンディションを反映しているものと思われますが、ふみ君は夜更かしでもしてるんですかね?」
「えー、そんなことまでわかるんですか? 最近海外ドラマにハマってしまって、ちょっと寝不足なんですよ」
史人が照れ臭そうに頭を掻く。
「いやいや、石はほとんどダメージを受けてませんから、少し早寝を心掛ければ大丈夫ですよ。将来的には修復まで可能にする予定なんですが、今のところは分析とクリーニングしかできなくて申し訳ないくらいです。僕はね、魔法使いになりたかったけれどなれなかった。だからサポート役に徹することに決めたんです。さあ、ふみ君、綺麗になった指輪をどうぞ」
そう言って手渡された指輪を見て、史人が驚嘆の声を上げた。
「うわ、本当に綺麗になっている! ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てて嬉しいですよ。さあ、みのりさんはどうですか? 一条君も」
メグはふたりの指輪をつぶさに見られるチャンスだと期待したが、琴音はあからさまに嫌な顔をして自分の席に戻り、みのりは最近太ってしまって指輪が外れないと断った。
「そうですか、残念です。では、メグ君はどうしますか?」
「是非お願いします!」
メグはくすんだ指輪を引け目に感じていることなどすっかり忘れて、ワクワクしながら自分の指輪を差し出した。
「おお、これは」
遠山は首から下げた老眼鏡をかけると暫くメグの指輪を興味深げに観察した。メグは自分がジロジロ見られているようで少し落ち着かない気分だ。やがて遠山は史人のときと同じように指輪を箱に入れてパソコンに何かを打ち込み始めたが、その矢先、ふと手を止めて天空を見上げた。
「ああ、そうだ、天空君、知事が以前から君に会いたがっていたよ。知ってると思うが父上の同窓生だからね。いい機会だし挨拶してきたらどうだい? みのりさん、悪いが案内してやってくれませんか?」
「私は構いませんけど、たかちゃん、どうする?」
「そうですね、父からも一度挨拶に行くようには言われていましたし、滅多にお会いできる機会もないでしょうから」
「そうだとも。一段落したらまた戻っておいで。積もる話をしようじゃないか」
天空たちが部屋を出た後、遠山は終始ご機嫌でメグの指輪の観察を続けた。時折感じる琴音の鋭い視線に戸惑いつつ、メグは恐る恐る指輪の様子を尋ねた。
「メグ君、この指輪がどうやって君の元へ来たか知っていますか?」
またしても無知を晒すことにメグは少しばかり抵抗があったがどうしようもない。
「いえ、知りません」
恥じ入るように答えたメグに、課長は丁寧にその過程を教えてくれた。
それによると、マギアリングは職人によって新しく作られるものとリサイクルされるものがある。中には骨董的価値のある指輪もあるのだが、どの指輪がどの魔法使いに充てがわれるかは指輪自身が決めるという。即ち、魔法使いの子どもが生まれると、数ある在庫の中からただひとつが輝いて知らせるというのだ。
「メグ君、これは正に名品ですよ。この素晴らしい彫刻を見てください。石にも瑞々しいハリと艶がある。恐らくは中世の頃から伝わる指輪でしょう。メグ君はこの名品に選ばれたことを誇りに思うべきです。ただ……」
「ただ?」
「メグ君の指輪はまだまだ成長過程のようですよ。みのりさんやふみ君のように生まれながらに得意なエネルギーがはっきりとは決まってないように見えます。方向性が定まってないから扱える魔法も定まらないのでしょう」
「だから私の魔法はダメなんですね」
うなだれるメグの肩に手を置いて遠山は力強く言った。
「何を言ってるんですか。こんな素晴らしい指輪に選ばれたメグ君がダメなわけないでしょう! 全てはこれから、メグ君次第だと言ってるんですよ。今後の努力次第で色も変わり輝きも増していくに違いありません」
「ほんとですか?」
「本当ですとも。その手伝いを僕にも是非させてください。一緒に頑張りましょう」
「はいっ!」
魔法学校に入ってからというもの、あらゆることにダメ出しをされてきたメグにとって、これほど嬉しい励ましは初めてのことだ。
この課長についてゆけば大丈夫。
新たな決意が芽生えたメグには、遠山から手渡された指輪がこれまでになくキラキラと輝いて見えた。
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