無理なものは無理
突然現れたデブ猫にリリアが文字通り総毛立ち、一メートルほど飛び退いてシャーッと威嚇した。
「メグがその黒いのの目を借りて床下の様子を映し出すやろ、それを見ながらにいちゃんが蔦で絡め取ったらええやないか」
「ちょっと、その黒いのってあたしのことにゃか。あたしにはリリアって素晴らしい名前があるにゃよ!」
リリアが今度はフーッと牙をむいた。
「ちょっとゴン太、いきなり現れて失礼なこと言わないでよ! だいたい、あんた今までどこにいたのよ!」
「メグちゃん、もしかしてこのふくよかな猫さんは君の使い魔なの?」
「すみません、突然現れて失礼なことばっかり。ほら、ゴン太、謝りなさいよ!」
「いや……」
史人は暫く考え込んだ。
「メグちゃん、遠視が得意なの?」
「え、いえ、まあ、その、得意という程でもないですけど、一応できるというか何というか……」
「はっきりするにゃ!」
史人の肩に戻ったリリアが一喝した。固く握ったメグの手がじっとりと汗ばんでくる。
「メグが唯一ちゃんとできる魔法やで」
同じく、いつの間にかメグの肩に乗ったゴン太が口を挟む。
「黙れ、デブ猫!」
「できるんだね? メグちゃん」
メグは仕方なく頷いた。
「それならゴン太、でいいのかな、ゴン太君の言うやり方がベストだと思う。メグちゃん、映像はどこに出せる?」
「えっと、テレビとかパソコンとか画面のあるものなら……」
遠視した映像を他の人に見せる場合、一般的には科学の力を借りることになる。校長のように壁や空間に映像を結べるのはほんのひと握りの魔法使いだけだ。
「誰かパソコンを貸してください。それと、保護した猫を入れるケージも準備お願いします」
「パソコンなら車にあります!」
工務店の鈴木が手を上げて表に走って行く。間もなくメグの傍らにパソコンが置かれた。
準備が整うにつれ、メグの鼓動は次第にその速さを増していった。気を抜いたら倒れてしまいそうだ。
「リリア、中は暗いのかい?」
「うーん、もうちょっと明るい方が捕獲はしやすいにゃねえ」
「蔦を光らせるのはどうかな」
「それだとごく一部しか明るくにゃらにゃいでしょ。それに子猫たちが警戒しそうにゃ」
「そうか……」
「子猫そのものを光らせたらどや?」
またしてもゴン太が口を挟む。
「それなら狙いもつけやすいんちゃうか」
「それはいい! でも、僕は触れてない物を光らせるのは苦手なんだ。メグちゃんはできるかい?」
メグはブンブンと頭を振った。
「光の魔法はやっと最近できるようになったばっかりだし、ふたつの魔法を同時に使うなんてやったことない、できっこないです!」
「大丈夫や、わしが手伝ったる」
「だったらゴン太がやればいいじゃない。私よりずっと上手なんだから」
「何言うてんねん、これはお前の仕事やろ」
「そんなこと言ったって、私なんかにできるわけないもん。無理なものは無理!」
「やってみなわからんやないかい」
「他人事だと思って勝手なこと言わないでよ!」
「じゃあどないするんや。他にええ方法があるんか? あったら言うてみい!」
ゴン太の剣幕に押されて、メグは口をつぐんだ。こんなゴン太を見るのは初めてだ。
「メグ、周りを見てみい。みんなほんまに困っとるんやで。他人様の役に立つんがメグの使命やなかったんかい。可能性があるのに試しもしないで最初から諦めたらあかんのちゃうか」
「ゴン太……」
「メグちゃん、最初は誰だって不安なものだよ。僕もサポートするから、とりあえず試してみないか」
メグは周りを見回した。使い魔の言葉がわからないせいで今ひとつ状況が飲み込めない人たちが、さっきよりもずっと不安そうにメグたちを見守っている。メグは喚き立てていたことが急に恥ずかしくなった。
「うまくいかない可能性の方がずっとずっと高いですよ?」
「やってみなきゃわからないよ」
「……わかりました。やってみます」
「ありがとう、メグちゃん。よし、じゃあ準備をしよう。パソコン以外に何か必要なものはあるかい?」
お礼を言われることではないのに……メグは情けない気持ちでいっぱいになったが、今は気持ちを切り替えなければと自分に言い聞かせた。
「いえ、道具はいりません。目を借りるためにリリアさんに触れさせてください。できればしっかりと」
「ふみ以外の人は遠慮したいけど、任務なら仕方ないにゃね」
そう言うと、リリアはメグの懐に自ら飛び込んだ。抱きとめたメグの頬に柔らかく艷やかな被毛が触れ、不謹慎にもうっとりしてしまう。
「はあ〜、いいにおい〜、気持ちいい〜」
「レディーのたしなみにゃ。あんたの手は汗でびっしょりにゃね」
「あ、ご、ごめんなさい」
「ええか、メグ、そのまま聞きや」
ゴン太の声がいつになく真面目だ。
「今のうちに黒猫に光の素を植え付けといたる」
「あ、あの着火剤?」
「そや。遠視で子猫見つけたら、その光の素を飛ばすだけでええ」
メグは祖母の家で光の魔法を披露した後もコツコツ練習を重ね、指先から思った方向に光を飛ばすことができるようになっていた。
「今回のは特別バージョンや、ちょっとやそっとじゃ消えへんで。それから黒猫」
「いい加減名前を覚えなさいよ、ブタ猫」
「お前さん、目くらましの術ができるんやないか?」
「!」
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