心配性で一途な彼女が僕をぜんぜん諦めない

丸深まろやか

第一章

001 完璧美少女遊薙さん


 僕の通う学校には、とんでもない美少女がいる。


 彼女、遊薙ゆうなぎ静乃しずのさんは、とにかくモテる。

 それはもちろん、遊薙さんが美少女だということだけが理由ではなくて。


「遊薙さんすごーい!」


「料理も出来るなんて、さっすがー!」


 向かいの校舎、家庭科室で調理実習をやっていたクラスの騒ぎ声が、僕のところまで聞こえてくる。


 遊薙ゆうなぎさんはシンプルなエプロンを華麗に着こなし、鮮やかにフライパンを振るっていた。


「可愛いのに勉強もできて、おまけに女子力も高いなんて凄すぎ!」


「料理は好きで、よくやってるから」


 遊薙さんは少しの嫌味も感じさせない口調でそう言って、クラスメイトたちと笑い合っていた。

 男子だけでなく、女の子たちもほんのりと頬を染めているのがわかる。

 さすがは男女問わず大人気の遊薙さんだ。


 遊薙さんがモテる理由。

 それは信じられないような美少女でありながら、内面も完璧だからだ。


 気取らず、人当たりも愛想もよく、誰にでも優しい。

 おまけに勉強もスポーツも得意で、欠点らしい欠点が無い。

 もはや欠点が無いことだけが欠点だと言ってもいいかもしれない。


 とにかく、遊薙さんはそんな人だ。

 異性からも同性からも愛される、スーパー美少女。

 みんなの憧れと、尊敬の的だ。


 一方で僕はと言えば。


「こら男子! 外ばっか見てないで黒板見ろ!」


 先生の怒鳴り声で、僕を含めた窓際の列の男子達が一斉に前を向く。

 どうやらみんな、遊薙さんを見ていたらしい。


 僕こと桜庭さくらば碧人あおとはと言えば、これといって特徴のない地味な男子高校生だ。

 こうしてクラスで目立つこともなく、ひっそりと日々を過ごす普通の人間。


 けれど、だからといって僕は遊薙さんのような人のことを、羨ましいとも思わない。


 僕はこの平穏な生活を気に入っているし、現状に充分満足している。

 モテたいとも恋人が欲しいとも思わない。


 むしろ僕は、一人の時間をこよなく愛している。

 気楽に一人で本を読んだり、映画を見たりしている方が、僕の性には間違いなく合ってる。


 校内でもダントツに整った容姿と、非の打ち所のない内面。

 そんな遊薙さんのことは、素直に凄いなと思う。

 素敵な女の子だとも思う。


 でも、それだけだ。


 僕にはあんまり関係がないし、普通に生きていれば、彼女と関わることもない。

 住む世界が、生きる道が違う。


 だから本来であれば・・・・・・、わざわざこんなふうに、彼女について語る必要すら、僕にはない。


「うわ! 遊薙さん盛り付けも素敵!」


 家庭科室から再び歓声が上がり、みんなが遊薙さんを囲んではしゃいでいるのが見える。


 ふと、遊薙さんが突然こちらを見た。


 ぼんやり彼女を眺めていた僕と、ばっちりと目が合う。


 遊薙さんは一瞬だけ驚いたような顔になってから、すぐにパァッと明るい笑顔になって、こちらに手を振った。


 なんてことを……。


 僕は慌てて視線を黒板に戻して、平静を装った。


 耳だけが、家庭科室の喧騒をかすかにとらえる。


「なになに? 誰かこっち見てたの?」


「ええ。見られてたみたい」


「えー! 誰? もしかして男の子?」


「さあね、どうかしら」


「でも遊薙さんなら、誰が見ててもおかしくないよね~」


「うんうん、他の学年にもファンがいるくらいだしね」


「そんな、大袈裟よ」


 ……ふぅ。

 なんとか、何事もなく済んだみたいだ。


 僕が彼女のことを語る理由。

 それは実に単純で、実に難解なものだった。


「それじゃあ、今日の授業はここまで!」


「起立! 気をつけ! 礼!」


 授業が終わり、昼休みになる。

 途端、ブブッとポケットのスマホが震え、画面にメッセージの通知が表示された。


『どうして見てたの?』


 全く、反省の色が見えない。

 それどころか、楽しんでいる節さえありそうだった。


『なんでもない。それより、バレたらどうするんだよ』


『いいじゃない、バレたって』


『ダメだよ。約束が違う』


『もう。いじわる』


 そのメッセージには返信せず、僕はスマホをしまった。

 思わずため息が出る。


 「なんでもするから、付き合って!」


 昨日、彼女は僕にそう言った。


 そしてその時から、遊薙さんは半ば強引に、僕の彼女になってしまったのだった。


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