気力も体力も限界だった。精神は緩慢で、肉体は鈍重。トウタもユリアも化け物を倒した体勢のまま、動けぬ躯を晒していた。

そうだ。魔物を倒したのだ。充実感はなく、満足感もなく、疲労感とも違う異物が体を満たしている。過ぎ去った恐怖に手が震えるが、心を押し潰すのは残滓ではなく、開放感のような恐怖と絶望感に似た郷愁。

まるで知り合いのいない異国に転校させられたかのような疎外感が、体の芯を蝕んで腐らせている。いや、それでは物の例えになっていないか。自分達は、別の土地どころか、法則すら違う異世界に来てしまったのだから。

――全く見知らぬ自分になってしまっているのだから。

「ねえ、トウタくん、この服どうしたの?」

「え?」

 急に世間話のトーンで話しかけられ、トウタはいつもの自分と別段変わらぬ行動を取る。ユリアは興味無さそうに、トウタの服の裾を摘まんでいた。

「武器庫にあったから……取り敢えず着てみたんだ。動きやすかったし、元から着ていた服よりはマシかと思って」

「ふーん……これ、レア度Nよ」

「そうなんだ……分かるの?」

「賢者の眼鏡を掛けたら、表示されるみたいよ」

「レア度N……僕と一緒か」

 レア度Nだったら、元の服の方がマシだったかもしれない。そんな風に考えていると、突然トウタの胸に衝撃が走った。

「『ショックガン』」

「ぐ!!」

 下から跳ね飛ばされ、トウタは草の上を転がった。

「なに……す……」

 声も出ぬまま抗議しようとするが、ユリアは悪びれる様子もない。

「いつまで女の子に、覆い被さっているのよ」

「あ、ごめ…ん……」

 それが当然というあまりにも疑問をさしはさめぬ態度に、トウタはそういうものかと納得せざるを得なかった。

 爆鳴気から逃げた後、トウタはユリアと衝突し、彼女を押し倒してしまっていたのだ。そのまま化け物を倒した所で、二人とも動けなくなってしまったわけ。

 今更ながら小さな体と良い匂いを思い出して、顔がにやけそうになっているのを見るに、確かにトウタが謝るのが筋だったのかもしれない。

「それでも……ショックガンを撃つのは酷くない?」

「酷くない」

「はい……ごめんなさい」

 いや、ショックガンで化け物すら死んだのだから、それを人間に打つのは酷くなくはない気はしたトウタであった。もちろん強く抗議することなどできやしないが。

「で、これからどうするの?」

 ユリアは泥を払って上体を起こし、服を整えながら尋ねる。

 トウタもゆっくりと立ち上がり、下手な舞台のセリフのように呟いた。

「……山の上に戻って、皆を助けに行かないと」

「みんなが喜びそうな模範解答ね。かっこいいのね」

「……」

「それが正義感からの提案なら嫌いじゃないわ。けど義務感や義務感からくる強迫観念故阿野講堂なら、私を巻き込まないで欲しいの」

 ユリアは立ち上がり、トウタの方も見ないで歩き出した。あまりの同調のなさに驚き、トウタは大きな声を出してしまった。

「ユリアちゃん、どこに行くの?」

「山を下りるわ。それで一番近い町を探す」

「皆は?」

「トウタくん、別に皆を助けたいとは思ってないでしょ?」

「そんなこと!……ないと思う」

 まるで監督に詰められた運動部員のように、トウタは口をつぐんで立ち尽くす。あまりの遅さに苛立ちつつも、ユリアは歩みを緩めずに進み続けた。

「皆を助けたいわよ。レイカ先生を見付けた方が良いわよ。でも、そんな顔して道を選ぶ人に、着いて行きたくないの」

「僕もそう思うよ」

 何が正解かも分からぬまま、この選択で愛想を突かされたのだろうと自嘲しながら、トウタは静かにユリアの後を着いて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る