主人公なら地の文が見えるなんて当たり前じゃん!

ちびまるフォイ

つじつま合わせのコメントは差し控えください

それはある晴れた日のことだった。


「それは……ある晴れた日のこと?」


自分の頭上に文字が浮かんでいるのが見えた。

自分だけにしか見えない文字が。


その文字は自分の感じたことや周りの風景が書かれていて、

時間が経つにつれて自動生成されていく。


「この文字……たしか小説で見たことがあるぞ。たしか、地の文だ!」


まるで自分を見下ろしながら誰かが書いているようで気持ち悪い。

ハエでも追い払うように手をのばすと字を掴むことができた。


"それはある晴れた日"を手にとる。


晴れた、の部分を引っこ抜くと一行から抜け落ちた「晴れた」は消えてしまった。

と、同時に自分の周りの風景が歪んで時間が巻き戻った。






それはある雨の日のことだった。


「うそだろ……」


同じ日付にも関わらず叩きつけるような雨が降っている。

俺が地の文から「晴れた」を抜いたことで天気が変わったんだ。


「ふふ……ふふふ。これ、実はもっといい使い方ができるかも」


地の文を書き換えることで、世界を人知れず変えることができる。

その気になれば地の文をいじくってハーレムを作ることだってできそうだ。


「そうと決まれば行動だ!」


俺は地の文の冒頭を手にとった。

誰に教わるでもなくどうすべきかは自分でわかっていた。




それはある雨の日のことだった。


俺は日本でも有数の美少女が集まる女子校の担任。

これからその学校に行くところだ。


「やった! 書き換え成功だ!!」


前まではアルバイト従業員だったのに誰もが憧れる立場へジョブチェンジ。


「しかし……変えられるのは1行だけというのは、めんどくさいなぁ……」


俺が書き加えたのは"女子校の担任"うんぬんの部分だけ。

1行書き換えると自動的に時間が戻されてしまう。

本当は晴れた桜舞う日、とかにしてシチュエーションも整えたかったのに。


「ぜいたくは言えない、か」


横断歩道の赤信号で足止めをくらう。

地の文を書き換えて青信号にすることもできるがまたやり直しになるので手間だ。

ハーレムが俺を待っている。


「……ん?」


ふと車道を見ると大型車がこちらへ向かってきていた。

今にも赤信号になるからかスピードを上げている。


そこにスマホに夢中で道路に出てしまった人が横切ろうとする。


「危ない!!!」


考えるよりも先に体が動いた。

地の文を手に取り車のくだりを破壊した。




それはある雨の日のことだった。


「はぁ……よかった……」


車と人がぶつかる寸前で時間がまた最初へ戻った。

もう少しで一生忘れられないトラウマができるところだった。


同じ横断歩道の同じタイミングで赤信号を待っていると、

同じタイミングでスマホに夢中の通行人が道路を横切った。


車は1台も通らなかった。


1行しか書き換えられないので事故を起こす車をそもそも消した。

これで事故が未然に防げた。


「はやく学校へいかなくちゃ」


学校へと急いでいると、キョロキョロとなにか待っているおじいちゃんがいた。


「あの、どうかしたんですか?」


「来ないんじゃよ、車が。この時間に来るはずなんじゃがのぅ」


「車?」


「娘夫婦の家に引っ越すための荷物を運ぶ車じゃよ。

 業者だと金がかかるから息子に頼んだんじゃ……来ないのぅ」


「どんな……車かわかりますか?」


おじいちゃんの車の情報と俺が消した車の特徴はぴたり一致した。

俺が車を地の文から消したことが原因だ。


「だ、大丈夫ですよ。きっと車は来ますから」


俺は地の文に車のくだりを書き加えた。




それはある雨の日のことだった。

娘夫婦の車は時間ができたので早めにおじいちゃんの家に到着した。


「これでよし、と。これで問題解決だ」


ふたたびおじいちゃんの家の前にいくと、今度は泣き崩れていた。


「ど、どうしたんですか!? 車は来たんでしょう!?」


「息子が……息子が消えてしもうたんじゃ~~!!」


「ええ!? なんで!?」


そんなこと記述した覚えはない。

いったいどうして……。時刻は9時。


「あ! こ、この時間帯は!」


地の文の時間を見て思い出した。

以前の俺が赤信号を待っている時間だった。

俺が車を消してしまった時間。


「まさか……過去に書き換えた部分はずっと影響が残るのか……!?」


車を早くに到着させても、車が消えるという地の文の撤去の影響は残っていた。

おじいちゃんの荷物を回収した車はこの時間で消滅してしまうのだ。


俺が何度地の文を書き換えても、女子校の担任であることや

常に天気が雨のままキープされていることを考えると当然だ。


「ど、どうしよう……俺はとんでもないことをしてしまったんじゃ……」


それからは何度も何度も地の文を書き換えた。

地の文はできるだけもとの流れに影響が出ないように自動で軌道修正される。


消えた車をもう一度出現させることで、帰り道に事故が起きてしまった。

地の文を消すことがどれだけ簡単で取り返しのつかないことなのか思い知る。


そもそもスマホ人間を来させなければいいのではないか。

車を急なパンクで動けなくさせれば良いのではないか。

実はおじいちゃんの荷物はすでに運ばれていたようにすればいいのか。



なにを試してもダメだった。




俺が強引に書き換えた地の文でも世界は「最初からそうであった」ように軌道修正するため、

スマホ人間が来なかった、と書き加えるとその理由を作るために道路工事が発生する。


道路工事はいったいどこから湧いてきたのか。

工事の人たちもいきなりこの場所へテレポートしてしまう。


車がパンクした、と書き加えただけなのに前からのつながりが自動発生する。

突然に車をパンクさせるための釘が水平に飛んできてタイヤに突き刺さる。


地の文を直せば直すほどに世界はカオスを極めていった。


「くそ! いったいどうすりゃいいんだよ!!」


思えば、最初の女子校設定も気づかぬうちにつじつま合わせの悪影響が出ているに違いなかった。


今女子高がある場所にもともとあった住宅街やその家族はどうなるのか。

最初からそうであったように、その人間たちも消えているのか、引っ越したという地の文になるのか。


引っ越したのならその理由は。

もしも地の文を書き加える前に予定されていたホームパーティがあったら。


そのつじつま合わせはいったいどうなるのか。

想像しただけで背筋が凍りついた。


俺のしょうもない個人的な願望のために、

あるべきはずだった未来を摘み、下手をすれば存在が消えてしまう人がいたのかも。


「こんな能力なんて、最初からなければよかったのに!!」


これまでの罪を突きつけるように文字が空に見える。

目に入るたびに「もっとこうすればよかったのでは」という考えが浮かんでは消えていく。

そうして修正した結果により取り返しがつかなくなっていく泥沼。


最初からこんな能力がなければ、あれこれ悩むこともなかっただろうに。



「いや……できるんじゃないか? 能力のくだりを書き換えてしまえばいい!!」



すべての能力の影響を失わせて、俺からも能力を取り上げる。

そうすればもとに戻るしこれから変わることもない。


俺は地の文に手を伸ばすと最後の変更を行った。


"俺から地の文に関する能力が失われ、世界からも能力の影響はなくなった"


 ・

 ・

 ・



それはある晴れた日のことだった。


「戻った! なにもかも戻った!!」


雨が降っていない。晴れ渡る青空が広がっていた。

青空を汚す地の文ももう見えなくなっている。


いまや地の文を書き換えることも見ることもできない。

なにもかも元通り。


自分が書き換えた地の文のつじつま合わせの影響を考えて悩むことからも解放された。


「ああ、やっぱり地の文にしばられないって最高だーー!!!」


俺は嬉しくなって、外へと駆け出した。

空は広く初夏を思わせる暖かさが心地よかった。


めでたしめでたし。





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コメント


さくらさん

2020年3月22日 08:05


拝見しました。

実は他の人も地の文が書き換えられる、とかだったら

お互いに相互で書き換え合戦からの探し合いとかで

もっと面白くなりそうですね。

--------------




「なっ……!」


もう俺に地の文を見る能力はなくなっていた。

けれど、コメントを見る能力までは失われていなかった。


そして記載されたコメントは地の文へと転写され世界は書き換えられる。


 ・

 ・

 ・



それはある晴れた日のことだった。


また今日がはじまる。

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