夢の袖――肆

 町では鉱山の閉鎖で仕事にあぶれてしまった力自慢の尾人たちが、腐った酒を飲んでいた。

 おかげで宿はどこもがら空き。

 この町はさっきまでいた紅葉山の反対側の麓。紅葉の裏側だ。

 ここからは穴だらけにされた灰色の山がよく見える。今はそこから木々のように角が生えているのさえ見えている。

 土に塗れて働いていたはずの男たちは路上で酒を片手に博打を討つ。負けた奴が賽子を叩きつけて砕いた。


 大変なのは女たちも同じ。暮らしていけないからと夫を罵ってみたり泣き落してみたりするけれど、お互いに生傷が増えるだけで何の解決にもならない。

 あるいは路地に引きずり込まれて服を剥ぎ取られる。

 そういう時は見て見ぬふりをするのが、商売をするうえでの正解。だから僕はちょっとだけ魔法で悪戯をするのだ。

 僕の横で空き家がバタバタと畳まれるように崩れた。

 露になる行為の中から、服を取り返して女が走り去る。周囲の笑い声に怒りもソレも縮こまった男がさらに奥へと逃げ去った。


 宿は適当に、金に困っていなさそうな男の店を選んだ。

 鍵をもらって部屋に入るとミズハさんが窓際に寝そべって寛いでいる。

「来てくれるなら一緒に動いたら良かったじゃないですか」

「バカ言え。この町の女はねちっこくて虫唾が走るんだ。俺はすぐ帰るぞ」

 ミズハさんは体中を掻きむしって見せる。

 この人を戻す時は大変だった。

 愚痴を聞き続けて四日、ようやく人に戻ってくれたと思ったらまだ愚痴る。酒を飲みはじめたと思えば酒乱をして商品を壊され、泣き上戸にも付き合った。


「まだ女嫌いは直りませんか」

「当たり前だ。勝手に言い寄ってきやがって、そのせいで親友に殺されかけたんだぞ。あいつもあいつだ! 女なんかに骨抜きにされやがって。共に戦場を駆けた俺の言葉が信じられねぇかってんだ!」

 しまったと思った。

 僕はよく間違える。かつて間違え、虫の生を選んだ事が思い起こされる。

「そういやぁ、アメノ。お前は何の虫だったんだ?」

「蜜蜂ですよ。蜘蛛さん」

 からかうとミズハさんは話を逸らすように、地図を投げて寄越した。


「虫は鉱山のど真ん中だ。入り口は北西に大通路のがあるからそれを使え。地図に書いたが、掘り過ぎて崩れやすい場所があるからそこには行くなよ」

「助かります」

「助けてやってんだ。当然だろう。お礼は酒でいいぞ」

 ミズハさんが寝そべったままニカッと笑った。その体は既に足先から消え始めている。

「酒はもう勘弁してください。今度また酒乱したら縛り上げますからね」

 ひらひらと振る手が幾つもの水泡に包まれて消えていく。


 鉱山へ行くのは明日にしようと眠った夜、僕は夢を見た。

 一万と千年前のあの日の夢だ。

 目の前で大勢の仲間たちが食われていく。

 助けを求めて振り返ると、来ていたはずの小隊ごと丸飲みにされている。

 大蜥蜴の魔物だ。その腹が破れそうなほどに膨らみ仲間たちの存在を主張している。

 血の一滴すら残らず、拾う骨さえもない。

 僕は何も出来ずに発狂した。

 腹の底で大量の魔力が蠢き、僕を飲み込む。


 目を覚ましてからも僕は立ち上がれずにいた。喉は発狂したのがたった今であるかのようにカラカラに乾いて血の味がする。

「今度は自分で動けばいい」

 僕を人間に戻す時に、先代の灯屋はそう言った。だから僕は癒されたわけではないけれど、納得して解除魔法を受け入れたのだ。

「もう間違えない。自分で動けばいい」

 だから今日も僕は自分にそう言い聞かせて立ち上がる。


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