キャンバス
自由落下していく。
体が縦回転している。
僕はまた暗がりを選んでしまったのか。
地面が近づいてくる。
そんな予感がした。
衝撃が僕の体をバラバラにしてしまう。
「それは、フィッシュ・アンド・チップスですね」
冷静にローザが答えている。
「えっ、何」
「昨日あなたが食べたものですよ」
「焦げ茶色のビールと一緒に」
「それはハーフ&ハーフですね」
「スタウトとレッドエールを混ぜたものです」
「ローザは物知りだね」
僕は潰れてしまった黄身をパンですくって口に入れる。
暗がりから生還すると、
僕はベッドの端に腰を掛け、
光の漏れるカーテンを眺めていた。
「銀塩カメラの人は何ていう名前だっけ」
「それは私にはわかりません」
「昨夜、お会いになったんでしょう」
「そうなんだよ、ローザ」
ローザは微笑みながら僕を見ている。
「ジョイスだったかな、ユリシーズだったかな」
「それは、からかわれているんですよ」
「そうか、それは行った店の名前で」
「違いますよ」
ローザはシミのついたコースターを僕に見せた。
「ベルファストです」
「上着のポケットに入っていました」
「国境は越えなかったんだ」
「そうですね」
僕はコーヒーを飲み干して立ちあがる。
「ところで、家に銀塩カメラはあったかな」
「そう言えば、お父様がお持ちでしたね」
「親父か」
「探してみます。でも、フィルムがあるかどうか」
「フィルム」
「フィルムがないと、撮れませんよ」
僕は昨日ジェームスが持っていた銀塩カメラを思い出していた。
「そうなんだ」
「それに、現像してくれる人がいるかどうか」
「現像」
「撮ったものを紙に焼き付けるんです」
「なんかめんどくさいね」
「そろそろですね」
ローザはキャンバス地の鞄を肩にかけてくれる。
「ところで、ここに若い女性はいるのかい」
「スウェットを着た」
「お会いになったんですね」
「あの方、何か言いましたか」
「いやいいんだ」
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