閑話 その3 とある一室での話し合い。

 謁見の間での食事会が終わり、一人の冒険者が退出する。王都ではたまに功績の大きい冒険者を呼んでこうして昼食なり夕食なりを一緒にすることがある。優れた冒険者を国で囲い込む目的が主である。その時に会食してその人となりを把握しておいて、できるだけ便宜なり望みなりを叶えてやれば、それだけこの国に居てくれる。兵士達では対応できないようなクラスの魔物が出てきても対応できるし、何よりそういったクラスの魔物から得られる素材はかなり貴重だ。性能はもちろんのこと、レア性も含めて諸外国への見栄にもつながる。



 今までの冒険者には野望や夢を少なからず持っており、目には欲というものが出ており、この国の王はそういったものを見通す能力に長けていた。王都にいるSクラス冒険者のトーマスに対しては、いろいろ便宜を図ったり、良い狩り場を提供してやったりして王都専属として囲い込むことに成功していた。もちろんトーマスだけではなく、高ランクの冒険者に対しても同様の対応で囲い込んでいた。



 しかし、彼だけは違っていた。目に欲というものがほとんど出ていなかった。今まで囲い込んできた高ランクの冒険者は少なからず自分の強さが周囲に伝わるような振る舞いを見せていたが、彼は違っていた。従魔を3体引き連れていたが、その従魔は普通に見たら可愛い小動物でしかなく、それを引き連れている彼はただの小動物に好かれた中年男性にしか見えなかった。口調に関しても冒険者特有の基本的には下には付かない、みたいなものが言葉の節々から出たりしていたが、彼に関してはそれが全く出ていなかった。アンジェリーナに聞くと、誰に対してもそういった口調で接しているらしい。とにかく全てが違っていた。



 自分の目だけでなく信頼できる家臣達の目にはどう映っていたのか気になっていた。



「宰相よ、アイスという冒険者だが、そなたにはどう見えた?」



「はい、彼は我々王族や貴族に対しての嫌悪感が少なからずあるように推察します。謁見の儀についてもそうでしたが、昼食会でも我々に対して全く興味を示していないように感じました。」



「そうか、宰相の目にもそう映ったか。では、ランバラルよ。そなたはどう思った。」



「はっ、それがしから見ると、かの者については何が起きても問題なく対応できる、といった自信が窺えました。」



「ほう、そなたら武芸に長けた者達がおっても問題ないといった感じだったか。では、聞くが、お主がかの者と戦ったらどうなる?」



「お恥ずかしい話でありますが、正直勝てる気がしません。いえ、戦いにもならないくらいかの者とそれがしとでは差があるように感じました。」



「ほう、そなたほどの者の口からそこまで言わせるのか。では、オルステッドよ、そなたはどうだ?」



「恐れながら、私はもちろんのこと、国軍で相手をしても恐らく一方的に虐殺される位の差があるように感じました。」



「なんと、そこまでの強さを持っておるのか? 彼は。」



「彼ばかりではありません。彼と一緒に居た従魔ですが、あの従魔達にすら我々は歯が立たないでしょう。」



「何だと? ふむう、あの従魔達も災厄レベルとは話に聞いておったが、実際にはそのようには見えなかったのだが。」



「はい、どう見ても可愛らしいペットにしか見えません。しかし、鑑定結果から予想以上のことが判明しました。」



「そうか、ではその鑑定結果を報告して欲しい。」



 一人の魔術師らしき人物が呼び出されて入室してきた。彼の表情はやつれており、かなり苦しそうな様子であった。



「おお、魔術師長のローレルか。鑑定した結果はどうであった?」



「で、では鑑定結果をご報告いたします。ただ、この鑑定結果は完全ではありません。」



「何だと? お主ほどの技量をもってしても完全ではないのか?」



「はい、途中までは問題なく鑑定できましたが、それ以降は警告を受けました。その警告を無視しようとしましたら、全身から血が噴き出すような感覚になってしまい鑑定どころではなくなってしまいました。鑑定結果は警告を受ける手前の状態である、ということをご理解くださいませ。」



「うむ、わかった。それでもかなり有益な情報が得られたのだろう?」



「はい、途中までの状態ですら、かの者がとんでもない存在であることがわかります。彼の従魔についても同様でした。」



「うむ、では早速報告を頼む。」



「では、彼のステータスは普通でした、いや普通以下かもしれません。特に驚いたのが知力と器用さと魔力についてです。」



「ほう、知力と器用さと魔力か。ん? 普通以下といったな? 実際どうだったのだ?」



「はい、まず知力ですが、彼は25ありました。伝説の大賢者ですら24止まりだったと聞いております。しかし、驚くのはそちらではないのです。器用さについては5しかなく、魔力はなんと0なのです。」



「な、何っ? 馬鹿な、魔力0なんて聞いたことがないぞ!! 魔力だけじゃない。器用さ5なんて存在するのか?」



「しかし、結果ではそう出ておりました。次に所持スキルについてですが、格闘術が10の水術が10、解体が3で調理が5と出ておりました。」



「待て。水術だと? 水魔術ではないのか?」



「はい、間違いなく水術と出ておりました。私も初めて聞くスキルですので詳しいことはわかりかねます。」



「ふむ。アンジェリカよ。そなたはアイスと幾度となく行動を共にしておるが、水術について何か聞いたことはあるか?」



「もちろんありますわ。アイスさんが言うには、水術とは身の回りにある水といいますか水分を操る技能だと聞いたことがありますわ。」



「ほう、それで具体的には水術でどんなことをしておったのだ?」



「具体的にですか? そうですわね、水を温めたり凍らせたりされておりましたわ。ワイルドボアのときですが、仕留めたワイルドボアをジェミニちゃんが解体して、その水術で血を抜いておりましたわ。そして肉と内臓をその場で凍らせておりましたの。そのため、肉がいつも新鮮な状態でいただくことができましたわ。お父様ご存じでしたか? 新鮮な内臓はかなりの美味ですわよ。」



「ほう、それは良いことを聞いたな。ローレルよ、そなたは新鮮な状態で内臓を凍らせることができるか?」



「出来ないことはないですが、生憎私は水魔術は得意ではありませんので、そういったことは水魔術の得意な者に頼めばよろしいかと、それよりも今はそういった話をする場ではないかと。」



「おっと、そうだったな。申し訳ない。話を戻すか、アンジェリカよ。他にはないのか?」



「申し訳ありません、お父様。アイスさんはいろいろなことに水術を使っておりましたが、慣れてしまうと当たり前すぎてどれに使ったかなんて覚えておりませんの。」



「そうか。スライムをかの者からもらうときに、ついでに聞くとするか。では、ローレルよ、スキルはわかったが、他に何かあるか? 申し訳ないが続きを頼む。」



「かしこまりました。次は称号についてですが、これが一番の問題となります。」



「何だと? どんな称号なのだ?」



「かの者の称号ですが、『オークの天敵』と『ドラゴンキラー』が付いておりました。」



「オークの天敵だと!?」



 オルステッドがいきなり大声をあげた。



「オルステッドよ、お主がいきなり大声をあげた『オークの天敵』とは何か?」



「はっ、お見苦しいところをお見せしました。『オークの天敵』とは、オークによるスタンピードが起こったときに、そのボスを1人で倒すことが条件だったはずです。しかもそのボスはオークエンペラーかそれ以上の特殊個体でないと手に入らないはずです。」



「何だと? オークエンペラーを単体で倒せる者すら滅多にいないぞ? それを1人で倒すとは。しかし、逆に考えると、アイスのおかげでオークのスタンピードの被害がこちらに及ばなかったと言うことだな。」



 ランバラルが驚きを隠さずに言った。



「うーむ、我々が気付かないところでスタンピードを防いでくれていたのか。これは何か褒賞しないとならないだろうな。」



 国王のつぶやきに対してアンジェリーナはすかさず意見を言った。



「それは絶対におやめ下さい! そんな理由でまた王宮にアイスさんを呼び出してしまったら、今度こそこの国を離れてしまいますわ!! 恐らくアイスさんにとってオークは肉という認識でしかないと思いますので、このまま知らない振りをするのが最善だと思いますわ。あと、お父様に申し上げておきますが、もしアイスさんがこの国を離れるのであれば、わたくし達はアイスさんと一緒にこの国を出ます。」



「な、何だと? それはいかん!! ・・・わかった。その件に関してはここに居る者達だけにとどめておこう。おっと、もう1つ称号があったが、それについては?」



「ドラゴンキラーですな。この称号はオークの天敵よりも条件が厳しいのです。通常ですと、ドラゴンを倒したパーティには『ドラゴンスレイヤー』の称号となりますが、1人でドラゴンを倒すと『Sドラゴンスレイヤー』の称号になります。ドラゴンの上位種であるホワイトドラゴン、レッドドラゴン、ブルードラゴン、グリーンドラゴン、ブラックドラゴンを倒しますと『ドラゴンバスター』の称号となります。」



「そ、それで『ドラゴンキラー』については?」



「ドラゴンキラーですと、さらに上位種のマスタードラゴンを倒さないと手に入らないのです。ここまで来ると驚くのも馬鹿馬鹿しいですな。」



「マ、マスタードラゴンだと? あやつはどれだけもの凄い存在なんだ?」



「ちなみに、マーブルという猫にも『ドラゴンキラー』の称号があります。そして、そのマーブルはさらに『Sドラゴンバスター』の称号があり、その称号はジェミニというウサギにもありました。」



「は?」



「ついでに申し上げておきますと、ジェミニというウサギはヴォーパルバニーです。マーブルという猫につきましては『マンチカン』という謎の種類でしたが、恐らくこれは偽装で本当はデモニックヘルキャットであると推察されます。」



「ヴォーパルバニーにデモニックヘルキャットだと? それぞれが1体でも災厄クラスの魔物じゃないか。それを両方とも従魔にしているだと?」



 オルステッドが驚きのあまり思わず口に出していた。



「オルステッドよ、ちなみにこれらを討伐する場合、どれだけ必要か?」



「陛下に申し上げますと、Sクラスの冒険者が50名必要です。ドラゴンは体が大きいのでこちらの攻撃は当たります故、数でどうにかできますが、ヴォーパルバニーとなりますと、こちらの攻撃は当てられませんので肉壁によって相手を疲弊させてからでないと倒せないと思います。デモニックヘルキャットについても同様かと。」



「あら、マーブルちゃんとジェミニちゃんってそこまでの強さなのね。」



「ア、アンジェリカよ、何を暢気にそんなことを言っておるのだ。」



「お父様、マーブルちゃんもジェミニちゃんも戦いとなれば強いですが、普段は本当に可愛い猫とウサギでしかありませんよ。今回アイスさん達と一緒に王都に戻りましたが、長い道中でもあの子達がいてくれたおかげで、とても癒やされましたの。」



「そ、そうか、危ない目には遭っていないのだな?」



「ええ、むしろここに居た方が危ないくらいですわ。」



 アンジェリーナは言外に王都を出たいことを含めて話したが、国王はそれに気付いてはいたが、敢えて気付かないようにしていた。



「念を押しておきますが、これでも全て鑑定出来たわけではありません。」



「そ、そういえばそうだったな。ローレルよ報告ご苦労だった。下がって休むがよいぞ。体調が戻るまで休暇をとってもかまわん。」



「お気遣いありがとうございます。では陛下、私はこれにて失礼させていただきます。」



 ローレル魔術長が部屋を出た後、国王は宰相に問いかけた。



「宰相よ、アイスに対してどう対応すればいいと思う?」



「彼の希望通りになさっては?」



「かの者の希望は貴族達からの召喚を断っても問題ないようにすることだったな。」



「はい、恐らくそれは本心からでた言葉だと思いますので、その通りになさるとよろしいと思います。」



「ふむ、しかし貴族達には権力を笠に着て迫ってくる愚か者もいるだろう、逆に我らが与えた書状を無視する輩も出てくるのではないか?」



「ですから、我らのお墨付きを無視したということはある種の反逆行為になります。恐らくアイス殿は権威を笠に着て仕掛けてくる貴族や取り巻き達を返り討ちにするのではないかと思われます。その時に我々はそれに対して問題ないことを保証してやればいいのです。我が国の問題点は貴族の多さにあります。隣国と比べて国力は半分以下でしかない小国ですが、貴族の数はそれに迫ります。我が国の財政が厳しい原因は彼らにありますので、還って愚かな貴族達が調子にのってアイス殿に対してやらかしたときは、これ幸いに処分してしまえば一石二鳥ではないかと。」



「うむ、それがよさそうだな。幸いにも彼はこの国をどうこうしようなどとは考えておらぬだろうし。」



 会議は終了した。

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