第53話 ほう、ついに出発ですか。

 戦姫にスライムを渡して2日が経った。今日はミノタウロス討伐の日だ。3日前と違って単独で好き勝手狩れるわけではないが、それでも本体と別行動をとれるというのは正直ありがたい。行軍の日程的にも西と南の2つに分けているのは間違いないだろう、そして、主力は西から来る部隊で間違いなさそうだ、といっても西側は私達がお肉にしてしまったからいないけどね。それでもそのまま進軍してくるということは、ミノタウロスの大将は南側の部隊にいるということで確定だろう。アマデウスさん曰く、西側の方が数が多いと聞いたので、大将率いる南側の部隊は数こそ少ないけれど精鋭かもしれない。となると、本体の冒険者達ではそれほど数は狩れない、ということでもあり、ここでも牛肉がたくさん手に入るということでもある。これはこれで楽しみが増えた。などと考えながら昨日はいろいろ準備した。



 準備したものは主に水分補給や鍋物用の水の入れ物だ。水自体はねぐらから美味しい水が手に入るのでそこから汲んでくればいい、ということでソリでもって瓶や水筒を多めに購入した。量的には初日の分と討伐後の打ち上げ的な分だ。恐らく長期戦にはならないと思う。急ごしらえの防御施設では長くても2日持ちこたえられれば上出来だと思う、何せミノタウロスだから。とはいえ、正直そこまで時間をかけるつもりはない。冒険者の主力部隊が強ければ問題ないが、ミノタウロスを倒せるほどの冒険者が少なければ遠慮なくこちらで倒してしまおう。戦姫の実力なら1対1でも良い勝負になると思う。今回のお肉はアマデウス神殿への寄付を考えているし、マーブル達にもその旨伝えてある。それでもマーブル達はやる気になってくれている。非常に心強い。



 いつもの肉球を堪能しながら起きて挨拶を済ませ、朝食を取りに1階へ向かい、メラちゃんに依頼関係で2日ほど戻らないことを伝える。部屋代はまだ15日分も残っているのでこれからどうなるかわからないからとりあえず追加分は払わないでおいた。確か集合は2の鐘だったな。少し時間もあるし、水はしっかりと汲んであるので問題ない。時間に遅れるよりはましだと考えて早速冒険者ギルドへと向かう。



 冒険者ギルドへ着いたので中に入ると、もうすでに待機している冒険者が結構いた。みんな早いなあ、と思っていたが、一部はどうせここ集合だからと昨日からずっと飲んでいたらしい、これはこれで凄いなと思った。暇な時間があったら、私だったらマーブル達のモフモフを堪能することを優先させるだろう。彼らはそういったことを酒を飲むということに向けていると考えると気持ちがよくわかった気がする。



 集合時間が近くなってきて討伐依頼を受けた冒険者達がぞろぞろ集まってきていた。本来ならこのくらいの時間から集まり出すのだろう。早くから来て飲んだりモフモフしたりしている私達の方が異常かもしれない。人は人、自分は自分、それでいいじゃないかと思いながらマーブル達をいじくり回していると、周りの冒険者から声がかかる。



「この猫たちはお前の従魔か? もし迷惑じゃなかったら済まんがすこし触っても良いか?」



「おい、抜け駆けするな!!」



「私だってあのウサギちゃんを抱っこしたくても我慢してたのに!!」



「あのスライム、欲しい。」



 そんな感じで寄ってきたのだ。マーブル達の反応はというと、うんざりした感じだった。つまり勘弁してくれということだ。人なつっこいライムでさえ普段はピョンピョン跳ねるのに今回はた○ぱんだのようにでろーんとしていた。



「お気持ちはわかりますが、どうもこの子達がその気ではないので、申し訳ありません。」



 そう言うと引き下がってくれた。いうまでもなく顔は不満たらたらであった。でも、これで引き下がってくれるんだから本当にモフモフが好きな人達なんだろう、こういった人達にはいいモフモフの出会いがあってほしいと心から思う。もちろんマーブル達は誰にも渡さないよ。生まれたばかりのスライムは約束もあったから例外ね。そんなやりとりがあって少ししてから、戦姫の3人がこちらに来た。



「あ、ここにいましたのね、アイスさん、マーブルちゃん達、ごきげんよう。」



「アイスさん、マーブルちゃん、ジェミニちゃん、ライムちゃんおはよう。」



「、、、ウサちゃん達、おはよう。」



「おお、戦姫の方達、おはようございます。」



 戦姫の3人と挨拶を交わして合流する。合流した途端いつものパターンになった。



「ちっ、あの野郎、モフモフばかりでなく戦姫の3人まで独占する気かよ。」



「あいつ、戦姫達と王都に来たらしいぜ、ったくうらやましいぜ。」



「本当だよな。」



 今回は視線ばかりではなく陰口のおまけつきだ。いい加減慣れた。



 そうしているうちに定刻になったらしく、ギルド長のアルベルトさんが来た。



「今日は集まってもらい感謝する。君達には依頼という形で話してあると思うが、改めて話をすると、ミノタウロスの集団が王都に迫ってきている。あと2日もあれば王都に到着してしまう。王都で籠城してしまうと国王はもちろんのこと住民達にも混乱が広がってしまう。そこで王都から少し離れた地点に防衛拠点を築いており間もなく完成する予定だ。君達にはそこでミノタウロスを待ち構えてもらい相手が疲弊したところでこちらから打って出て殲滅する。」



「ミノタウロスを殲滅するということは、包囲する必要があると思うのですが、別働隊の編成とかはされているのですか?」



 ギルド長の話に、一人の冒険者が聞いてきた。



「その通りだ。別働隊には拠点に入らずにミノタウロスの後方を脅かし攪乱してもらう。」



「ギルド長、その別働隊の任務は誰が当たるのですか?」



「うむ、今は話すことはできないが、担当してくれる冒険者には直接話はしてあるので安心して欲しい。」



「すでに決まっているのですね、わかりました。」



「よし、では討伐隊の冒険者諸君は今から出発してもらい防衛拠点に行ってもらう。奴らとの接敵は明日未明になると思うから、今日一日は気楽に過ごしてもらいたい。別働隊の冒険者諸君は本隊が出発して次の鐘が鳴ったら出発してくれ。尚、本隊はSランク冒険者のトーマスに率いてもらう。トーマス頼むぞ。」



「ギルド長から指名を受けたトーマスだ。無茶な命令は下さないつもりだが、俺の指示通りに動いて欲しい。相手はミノタウロスだ。勝手に行動すればこちらがやられる。とはいっても、ギルド長が言ったように戦闘は明日になるだろう。向こうに着いたら今日は楽に過ごしてもらいたい。では、出発だ。」



 トーマスさんの指示のもと冒険者達が次々にギルドから出て行く。ギルド内は一気に人が減ってがらーんとしていた。残っていたのは私達だけだった。アルベルトさんが話しかけてきた。



「アイス君、これからトーマスと詰めた作戦について話すから、それについて君の意見というか、どう行動するのか聞きたい。」



「それは構いませんが、今でいいのですか?」



「ああ、このことは、後で伝令でもってトーマスに伝えるから大丈夫だよ。」



 そういうと、アルベルトさんは今回の作戦を話した。というか、作戦についてはさっきみんなに伝えたのが作戦である、今の話はどこの持ち場ごとの強弱といったところか。そして構築した場所でも強弱はもちろん存在するのでそれについても話してくれた。



「なるほど、基本的には備えの厚いところでは魔法の得意なものを配置して魔法攻撃に専念させて、備えの十分でないところには近接に優れた冒険者を当てる、ということですね。でしたら、一部は未完成のままにしておいてその切れ目を補強して入りづらい環境を作ってみては? そうすれば、向こうは少数でこちらは多数という状況を作り上げることが出来ると思います。拠点も今回の防衛で使うだけでしょうし、ミノタウロスが数で攻めてきているとはいえ数はせいぜい50ちょいといったところでしょうから。」



「そうか、無理してつなげなくとも、未完成の部分をそうやって使う手もあるか、それはいい案だな。早速採用させてもらおう。しかし、こちらは相手の数を言っていないのによく数がわかったね。」



「これは、何となくだったのですが、ミノタウロスは強い分、数はそれほどいないと踏みました。」



「なるほど、言われてみるとそうか。で、君達はどうするつもりかな?」



「もちろん備えの薄い場所を援護します。いくら少数対多数に持ち込めるとはいえ、やはり入り込まれるのは気分的にも滅入りますからね。」



「そうだね、その意見を聞けて安心したよ。君達は自由に動ける分視野も広くなるはずだ。基本はそれでいいとしていい意味で臨機応変に頼むよ。」



「わかりました。できるだけ期待に添えるよう努力します。」



 ある程度意見のすりあわせができたところで、鐘が鳴ったので私達は出発した。アルベルトさんが作ってくれた地図を見て、私達は野営場所をどこにしようか確認していた。



「アイスさん、適当なところにポイントを設置してねぐらで休むことはできませんの?」



「一応、出発前にはそれも候補に入れてみたのですが、これは討伐というより合戦に近いので、いくら今日は大丈夫といってもいつ襲ってくるかわかりませんしね。」



「確かにそうですわね。では、わたくし達は遊撃隊として、守りの薄い所を攻めるミノタウロス達の攪乱をするのが主ですのよね? でしたら、その付近に野営するのがよろしいのではなくて?」



「私も、王女殿下の意見に賛成かな。」



「わたしは、オニキスと一緒ならどこでもいい。」



「オニキス? そのスライムの名前ですか?」



「ええ、透き通るような美しい黒色から本当はブラックオニキスとしたかったのですが、長すぎるので普通にオニキスにしましたの。」



「おお、オニキスですか。いい名前ですね。オニキス、たっぷり可愛がってもらってね。」



「ぴーーー!!」



 オニキスは嬉しそうにピョンピョン跳びはねていた。



「うーん、まだオニキスちゃんは、アイスさん達の方に懐いているのですね。これは負けていられませんわ。」



「これからだと思いますよ。オニキスの様子を見ると可愛がってくれているのがよくわかります。可愛いだけではなく、いろいろと役に立つでしょうから大事にしてあげてください。」



「そう、そのことですの!!」



 いきなりアンジェリカさんが興奮しだした。



「そのことって?」



「とても役に立つということです!! このオニキスちゃん、普段は周りのものを綺麗にしてくれるだけでなく、ものすごく堅くて、私達の攻撃が通用しませんの。」



「そうなんですか? こんなにプニプニして気持ちいいのに。」



「ええ、普段はこんなにプニプニしておりますの、けどいざ戦闘になるとその愛らしい姿にもかかわらずご自身で硬さを変えて守ってくれたりしてくれますの!!」



「と、いうことは、昨日一緒に討伐クエストをこなしたのですか?」



「ええ、いろいろと試したいことがあって。」



「おお、そうでしたか。それはオニキスも喜んでくれたでしょう。」



「それで、試しにオークの討伐クエストを受けましたの。そこではオニキスちゃんも大活躍でしたわ!」



「うん、何度か狙われたところを助けてもらったし。」



「、、、オニキスのおかげで魔法をジャマされずに撃てた。」



「おお、すごいね、オニキス。戦姫の3人には盾役がいませんでしたが、これで解決ですね。」



「そうなんですの、本当は戦闘に参加させたくなかったのですけど、、、。」



「いえ、オニキスも皆さんの役に立てて嬉しいはずですよ。」



「うん、ボクも本当はあるじと一緒に戦いたいし、戦える-!!」



 ライムが会話に参加してきた。



「そうなんだね。じゃあ、今回はライムにも何か作戦を与えるよ。」



「わーい、ボクがんばるよー!!」



 ライムは嬉しそうにピョンピョン跳ねていた。



 そんな感じで会話をしながら防衛拠点の近くまで来た。とはいえ私達は別働隊だ。さらに戦姫の護衛も兼ねているので、できれば姿を見られたくはないので、もちろん拠点には入らずに拠点の近辺を周りながらどこか良い場所はないかと探し回った。



「よし、ここら辺がいいでしょうかね。」



 ここなら拠点側からもミノタウロス達からも見つけるのは困難だろう。そう判断して野営することにした。食事は昨日のうちに用意しておいた。現地で調理してしまうと臭いでここがばれてしまう可能性があるからだ。それに何よりも市販の干し肉って塩辛いだけで美味しくないし(泣)。



 夕食も済んだところで野営には見張りが必要ということでそれについて話し合おうと思ったら、マーブル達から提案があった。といっても話すのは人語の通じるライムだったけど。ちなみ私はジェミニと会話はできるが、戦姫の3人は無理だ。



 マーブル達は一応私が寝るからそれに合わせて寝ているだけで、実際はあまり寝ていないらしい、というよりそこまで睡眠時間は必要としていないそうだ。だからそれで毎朝起こしてくれるんだな。本当に私の自慢の猫達だ。その気になれば3日程度なら全く眠らなくても問題ないらしい。というわけで、マーブル達の好意に甘えることにして見張りを任せることにした。オニキスは生まれて間もないのと、コミュニケーションを取る意味でも戦姫の3人と寝ることで決まったらしい。ライムだって生まれてそれほど経っていないよね?



 話が決まったところで私達は眠らせてもらうことにした。久しぶりに私一人だけで寝ることになるか、と思っていたら、マーブル達が交代で添い寝を担当してくれるそうだ。なんて優しい猫達だ。ありがとうね、マーブル、ジェミニ、ライム。明日はいろいろと活躍してもらうからね。ご飯も美味しいもの頑張って作るよ。そんなことを考えながらマーブル達と戦姫のみんなにおやすみの挨拶をして床に就いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る