第52話 ほう、これで約束が果たせそうですな。

 テシテシ、テシテシ、いつもの朝起こしではあるが、やはりライムが参加していない。ライムが心配なのもありいつもよりは気分良く起きることが出来なかった。とはいえ、マーブルとジェミニは平常運転だ。



 いつもの挨拶をすると、ライムはいつも通りの挨拶を返してくる。その後、ライムが話してきた。



「あるじー。今日はあるじに見てもらいたいものがあるのー。」



「見てもらいたいもの? ライムがそういうなら是非見てみたいけど、どうしたの?」



「昨日、いつもと違っていたのはたぶんこれのことー。今日見てもらいたかったから-。」



「そうなんだ、じゃあ、見せてくれるかな。」



 変なことじゃなきゃいいけど。マーブル達は何が起こるのか知っているような感じだ。しかも、何か2人とも嬉しそうにライムの周りを動き回っている。マーブル達が嬉しそうなら大丈夫か。安心して気持ちが切り替わる。私も楽しみに待っているのを知ると、ライムもそれに気付いたのか話してくる。



「じゃあ、やるねー。」



 ライムの体が何かウニョウニョし始めた。上に伸びたり縮んだり、下に伸びたり縮んだり、あちこちの方向に伸びたり縮んだりするのを見ていると、いきなりそれらが止まる。すると、ライムから何かが飛び出てきた。何とライムが2体に増えたのだ。おお、分裂したのか。凄いなこれは。でも、分裂した1体はライムとは違って透けてはいるが、黒い。これはこれで可愛いが。



「あるじー。ボクもう1体ふえたよー。」



「ライムが見せたかったのってこれ?」



「うん、そうだよー。昨日の夜、こうなることがわかったから、今日あるじに見せようと思ったの-。」



「そうなんだ。こんなに素晴らしいことを見せてくれてありがとうね。」



「あるじに喜んでもらえて良かった-!!」



「ぴー!!」



 私が嬉しいのがわかると、ライムともう1体は嬉しそうにピョンピョン跳ねている。これはいいものだ。


こうして見ると、この世界のスライムは分裂して個体が増えても必ずしも同じ能力になるとは限らないようだ。現に分裂したスライムはライムとは違って言葉が話せないようだ。まあ、ライムが特別なのだろう。



 また、1体増えたら戦姫の3人に譲る話をしていたのを思い出し、ライムもそれを覚えていたので、少し寂しいけど約束通り譲るとしますか。彼女達なら可愛がってくれるだろう。



 さて、いいものを見ることができたので、張り切って朝食の準備をしますか。朝食は昨日から煮込んでいる牛すじ煮込みがメインだ。朝から牛すじ煮込みなんて、何という贅沢か。しかし、材料はまだたっぷりあるので、機会があったら積極的に作っていきますか。



 牛すじ煮込みは大好評だった。マーブル達はもちろんだが、生まれたばかりにもかかわらず、新しいスライムも嬉しそうに食べるたびにその場でピョンピョン跳びはねていた。最初は1欠片ずつ食べていたのが、だんだんと1回に消化する量が増え、最後にはライムほどではないにしても1回でかなりの量を消化していた。成長が早いな。



 朝食が終わって、王都に戻る準備をする。準備が完了して昨日の転送ポイントに移動してからしばらく進むと、マーブルが「シャーッ!」と威嚇の声を出したので気配探知をかけると反応がなかった。声もいつもの威嚇の声とは異なるので、ひょっとしたら王都で何かあるのかもしれないと思い、周りに気配探知をかけながら加速をかけて移動速度を速める。一応念のためマーブルに聞いてみる。



「マーブル、周りに敵の反応を感じないけど、ひょっとして王都で何かありそう?」



「ミャッ!」



 マーブルがそうだよ、という感じで頷いたので、できるだけ道中を急いだ。急いだ甲斐もあって、昼頃には王都に着くことが出来た。それにしても、ライム達スライムは革袋の中にいたからともかく、マーブルとジェミニは肩に乗りっぱなしで移動していたにも関わらず当然のように話などをしていた。凄えな、この猫達。そんなこんなで城門に到着すると、辺りは緊張感に包まれていた。恐らくミノタウロスがここを襲撃するという報告を受けたのだろう。あ、向こうの罠解除したかな? 多分大丈夫だ、解除は完了してある、はず。



 城門では昨日以上に人でごった返していた。チェックも昨日より厳重にしているみたいで、3人ではなく5人体制でチェックを行っていた。ちなみにジュセイさんはいなかった。私達の番になり身分証としてギルドカードを衛兵に渡すと、衛兵は慌てて隊長とおぼしき人の所へ行き、2人でこちらに戻ってくると、



「お前はCランクの冒険者か。良いところに来てくれた。冒険者ギルトへ行って欲しい。詳しいことは冒険者ギルドで聞いてくれ。」



 と隊長っぽい人が言って、ギルドカードを返してくれるとすんなり通してくれた。ミノタウロス襲撃でほぼ間違いないだろう。アマデウス教会へ肉を進呈するにしてもここで1体は倒しておかないと何かと足が付きそうだな、別に悪いことをして手に入れているわけでは無いが。とりあえず冒険者ギルドへ向かうとしますか。ごめんね、ライム達、もう少し袋の中にいてね。



 冒険者ギルドに到着して中に入ると、人の多さも凄かったが、それ以上にみんなバタバタしていた。入り口付近に「Dランク以下の冒険者はこちらに、Cランク以上の冒険者はこちらに」という案内があったので、それに従って移動する。Dランク以下の方面は受注窓口でCランク以上の方面は手続き窓口だった。流石に王都の冒険者ギルドでもCランク以上は比較的少なくそれほど待つことなく私達の番になった。



「お疲れ様です。ギルドガードを出して下さい。・・・確認しました。Cランクのアイスさんですね? 緊急のクエストが発生しておりまして、その件でギルド長から話があるそうです。お手数ですが、ギルド長室に行ってください。2階に案内のものがおります。」



 おいおい、いきなりだな。まあ、冒険者ギルドってそんな感じなのかな。



 構造はタンバラの冒険者ギルドと変わらなかったので階段に向かい2階に上ると、ギルド員がいたので、案内に従って奥へと進む。流石に本部だけあって遠い。水術で横着しようと思ったが思いとどまった。ギルド長室へと到着すると早速案内された。ギルド長室の広さ自体はタンバラの街のギルド長室が2周りほど広くなった感じだが、書籍の数がハンパない。ぶっちゃけ向こうより狭い感じだ。席に案内されるとギルド長はすぐに対応してくれた。って、まんまアイシャさんじゃねーか。違いといったら向こうは女性でこっちは男性といったものでしかない。つまりエルフということだ。でも、これどうみても色違いの別キャラでしかないよな。これってゲームの世界? と勘違いしてしまいそうだ。そんな考えを察したのか、ギルド長は笑いながら話してきた。



「呼び出して済まなかったね。初めまして、私は冒険者ギルドの本部長をしているアルベルトという。アイシャは私の妹だよ。アイシャからは君のことは聞いているよ。ギルド登録して短期間でCランクに昇格した凄腕の冒険者だとね。」



「初めまして、アイスと申します。凄腕かどうかはわかりません。お供のこの子達が優れているだけかもしれませんよ。」



「ははっ、そう謙遜しなくてもいいよ。」



「ところで、私に話とは?」



「ああ、そうだったね。話というのは他でもない。近々ミノタウロスが王都に攻め入ってくると報告を受けた。そこで、ミノタウロスの討伐隊を結成したいのだがそれに君たちも参加して欲しい。」



「近々というと具体的にはどのくらいで攻め寄せてくるのですか?」



「報告だと、あと4日もしたら王都に到着するだろうとのことだ。」



「なるほど、ところで、討伐隊というからには籠城はしないので?」



「本来なら籠城するべきなのだろうが、相手はミノタウロスだ。城壁を破壊されてしまう恐れもある。そうなると王都が大混乱する上に防衛上かなりまずいことになるから、迎え撃って蹴散らせとのお達しだ。」



「あれま。王都なら騎士や兵士が対応すればいいのに、なぜこちらに丸投げするんですかね?」



「あまり大きな声では言えないのだが、この国には正直ミノタウロスに対応できる騎士はおろか兵士すらいない。いたとしてもごく少数で、彼らは防衛上王都を離れるわけにはいかない。貴族達も口だけは勇ましいが実力が伴っていないのが現状だ。」



「ありゃ、そうですか。まあ、依頼されたからにはお受けいたしますが、私は冒険者です。報酬は大丈夫でしょうか?」



「ああ、それに関しては心配しなくてもいい。参加者には基本報酬で金貨100枚と追加報酬で倒したミノタウロスの素材を相場の3倍で買い取る約束をとりつけた。それでいいかな?」



「わかりました。王族や貴族たちを相手取って買い取り額の3倍を払わせるとはお見事な手腕。張り切って討伐しますよ。」



「そう言ってくれるとありがたい。ところで、ミノタウロスどもを迎撃するのに、君たちには別働隊として動いてもらいたいのだが。」



「正直それは助かりますが、それはどうして? あと、君たち、というのが気になりますが。」



「うん、それなんだけど、君達というのは、戦姫の3人と組んで行動してもらいたいということだ。」



「なるほど、ということは、私達4人で別働隊ということですか? それはなぜ?」



「君達も知っての通り、戦姫のアンジェリカ様は第3王女だ。彼女を狙っている貴族は多い。貴族の中には冒険者に彼女の拉致を依頼しているものもいると聞く。ましてあの見た目だ。いざとなると彼女の身に何が起こるかわからない。幸い君達は彼女たちの護衛としてこの王都に来ているね。今まで他の冒険者と組んだことの無い彼女達が護衛として一緒に行動していることからも君達への信頼が窺える。また、君達はどうも集団で行動するのは好きではなさそうだし、アイシャの話通りだと君達だけでもミノタウロスどもを殲滅できそうだ。というのが理由だが不足かな?」



「なるほど、戦姫の3人と別働隊で動くことは承知しました。別働隊ということはある程度好きに行動してかまわないということでよろしいですか?」



「今現在、大急ぎで防衛施設を建築中だ。広い平原とはいえ、狭い部分もあり、そこを塞ぐようにしているのでそこを突破しないと王都には行けないようにしてある。その防衛施設で本体は迎撃する予定だ。とはいえ、向こうも別働隊で防衛施設を通らずに直接王都を目指すものもいるだろう。君たちは索敵範囲がもの凄いとアンジェリカ様はおっしゃっていた。それを期待する意味も込めての別働隊だ。」



「それで、倒した分の素材は倒した者が好きにしてよいと?」



「そういうことだね、パーティを組んでいるならそのパーティと話し合ってだけど、基本的にはそういう考えで構わない。」



「わかりました。別働隊の任お受けします。」



「助かるよ。戦姫を護りつつミノタウロスを蹴散らさないとならないところ、君たちがいてくれるおかげで何とかなりそうだよ。」



「それで、出立はいつになります?」



「急で悪いんだけど、明後日の2の鐘にここを出発予定だ。防衛施設で野営をしながら準備を整えるつもりだ。」



「承知しました。別働隊ということなら、防衛施設出ない場所で野営は可能ですか?」



「うん、かまわないよ。野営場所などは事後報告でかまわない。というより連絡は不要だよ。」



「そう言ってくれるとこちらも助かります。」



「それでは、戦姫達の護衛とミノタウロスの討伐、よろしく頼むよ。」



「微力を尽くします。」



 そんな話をしてギルド長室を後にする。1階に降りると戦姫の3人がおり、声をかけてきた。合流すると殺気のこもった視線がこちらの集中する。だから、これ私悪くないでしょうに。そんな殺意の籠もった視線は無視して挨拶を交わして一緒に冒険者ギルドを出る。昼食がまだだったので、個室のある食堂を紹介してもらい、そこに向かう、ってホーク亭じゃん。メラちゃんが出迎えてくれる。



「おかえりなさい、アイスさんとマーブルちゃん達。あ、うちの宿は連れ込み禁止ですよー。」



「いやいや、そっちじゃなくてね、個室で食事をしたいんだけど大丈夫?」



「なんだー、そっちか。つまんないなー。」



 いや、それでいいのか? 相手は姫様だぞ?



「その呟きは置いといて、個室空いてます?」



「空いてますよ。ただ、個室使用料を別途頂きますがよろしいですか?」



「構いませんよ、案内してください。」



「はーい、わかりました。こちらへどうぞ。」



 メラちゃんに案内されて個室へ向かう。個室は厚い壁に囲まれており防音もしっかりしていそうだ。席に着いた我々は最初にギルドの依頼の件について話し合う。戦姫の3人は基本的には私の指示に従うとのことで、指令を出すときには例のノリでと頼まれた。あれ、気に入ったんだな。本音を言うと、依頼の件はどうでもよかった。戦姫に用があるのはむしろこっちだからだ。



「さて、アンジェリカさん。個室を希望した本当の理由はこちらです。ごめんね、ライム達、出てきていいよ。」



「え? ライム達? アイスさん、それってどういう?」



 キョトンとしながら尋ねてくる。私はそれを笑いながら聞き流していると、革袋から可愛い物体が2つ飛び出してきた。もちろん、ライムとライムから分裂して生まれたスライムだ。



「ぷはー、やっと出てこれた-。」「ぴー!」



「ごめんごめん。出てくると何かと問題が起こるから出せなかったんだよ。」



「うん、わかってるー。でも退屈だった-。」「ぴー!」



「ア、アイスさん、これって、まさか、、、。」



「はい、そのまさかです。ライムが分裂して新たにスライムが生まれてくれたので、約束通りアンジェリカさんにお譲りするために来てもらいました。正直依頼の話はついでです。ライムみたいに言葉は話せませんが可愛がってあげてください。」



「アイスさん、本当によろしいのですか?」



「はい、ライムもこの子も承知しておりますので、大丈夫ですよ。」



「嬉しさで頭がついてこないのですが、食事などはどうすればよろしいのですか? スライムは何でも食べられると聞いておりますが。」



 私が答えようとしたら、ライムが答えた。まあ、本人みたいなものだから、その方がいいか。



「ボクたちは何でも食べられるからだいじょうぶ。部屋の汚れとかでも食べられるよー。でも、みんなと一緒にごはんが食べられるとうれしいなー。」



「そうなんですの? もちろん一緒にご飯は食べますわよ。」



 アンジェリカさんは嬉しそうにそう答えた。彼女たちなら間違いなく可愛がってくれるだろう。



 彼女たちに新たに生まれたスライムを手渡すと、待ち遠しかったのか戦姫の3人で代わる代わる抱きしめて感触を味わっていた。うんうん、いいことだ。



 食事も終わり、彼女たちと別れる。さて、時間は少しあるから、討伐の準備をしますかね。流石に向こうではねぐらに戻るわけにもいかないし、いろいろと準備をしなければね。

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