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加々見くんの部屋を訪れるのはずいぶんと久しぶりでした。前に言った通り、わたしは小さい頃、あまり外で遊ぶような子どもではありませんでしたから、彼らと一緒に鬼ごっこやかくれんぼに興じることもなく、そうであればほとんど必然的に、家に招かれることも多くはありませんでした。
でも加々見くんは、おそらく親から言われていたのもあるのでしょうが、家が近いということもあり、わたしのことをよく気にかけてくれていました。いや、これこそ「気にかけてくれていたようでした」と言ったニュアンスが正しいのですが、ともかく。
わたしの体調が安定していて、両親の許しが出ると、加々見くんのこの部屋で一緒にゲームをして遊んだり、そのまま疲れて眠ってしまったり、同い年ですが、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのだろうな、と思わせるくらい、彼はやさしい笑顔でわたしとのお遊びに付き合ってくれていました。
「どうしたんだよ」
予定通り、いや、計画通りと言いましょう——、妹の瑞穂ちゃんが使っていたと思われる、少し年季の入ったリカちゃん人形の服をわたしに与え、それを着たのを確認すると、ようやく正面から向かい合って、彼は言いました。
「どうしたんだろう」
不思議な薬も飲んでいないのに、ただ、加々見くんと早瀬さんの関係性に嫉妬して、うらやんで、落ち込んでいたらこうなったのだ、——などと言えるわけもなく、わたしは腕を組んで白々しく、仰々しく繰り返しました。
「俺が見つけたからよかったものの——いや、よかったのかはよくわかんないけど」
「わたしにとってはとってもよかったけれど」
——幸い、わたしの声は身体と一緒に縮みましたから、彼にはよく聞こえなかったようです。
困っていたのは事実ですが、これで、ある意味目的を達成したので、困っているように彼と話をするのはやや苦労を伴いました。これからどうするだとか、戻れるのかだとか、全く見当もつかなければ詮もない会話をしているうちに、机を伝わってくる大きな振動に、わたしはびっくりして、おっかなびっくり、そちらを見ると、震源地のスマートフォンの画面には早瀬さんの名前が表示されていました。
もちろん、「早瀬さん」などと他人行儀な感じではなく、「
わたしはまた、もやっとする——かと思っていたのですが、そんなことはありませんでした。
わたしではないわたしと同じ読み方の名前を持った早瀬さんと、加々見くんが親し気に、——実際親しいのでしょうが——、話をしているのを聞いていても、全くうんともすんともピンとも来ませんでした。
リカちゃん人形のメルヘンで心もとないマジックテープのお洋服に身を包んでいるのが実に滑稽ですが、——そうです、もう、わたしと早瀬さんは同じ土俵には立っていないのです。それが、ああだこうだと、彼と会話をしているうちにわかったのです。
この身体であるから、加々見くんはわたしを心配してくれる。
この身体であるから、加々見くんはわたしを見てくれる。
この身体であるから、加々見くんはわたしを愛してくれる——かはわかりませんが。
少女趣味はないでしょうが、こんな、お人形さんみたいな女の子をほっぽり出すほど、加々見くんは非情な人間でもありません。そうです。付け込んだのです。彼のやさしさに。そして、ずぶずぶに漬け込んでいくのです。わたしの憑け物にするのです。
早瀬さんとの会話を終えた加々見くんは、
「まあ、考えても仕方ないか——」
と、いつものように頭をぼりぼりと掻いて、わたしのためにリカちゃんハウスを押し入れから引っ張り出すと、アルコールできれいに汚れを拭きとって、招いてくれました。
「明日になったらもうちょっといろいろ調べたりしてみようか」
「うん。ありがとう」
まるで壊れ物を見るみたいにわたしを見ると、加々見くんは人差し指の先っぽでわたしの頭を撫でました。
人差し指の先っぽ分でも、わたしは加々見くんの愛情を感じられた気がして、うれしくなって、余計なことを口走ってしまったのです。
「今日は怖いから、そっちで一緒に寝たい」
ベッドを指さすと、加々見くんは一瞬だけ困った顔をしましたが、
「え? ええ——ああ。うん」
こんなミニチュア女に欲情することもなかろうと、すぐに解決したようでした。
なんでもいいのです。早瀬さんに座られてしまった椅子はもう空きそうにありませんから、こんな形でも、加々見くんと一緒に居られるのであれば。
そうです。そう思えば、神様は全然いじわるなんかじゃなかったのかもしれません。わたしのための特別な椅子を用意してくれたのです。なかなかやります。褒めて進ぜます。
——そうしてわたしは、15㎝になってしまったことを、この時には、前向きに捉えられていました。また、付き合いたての早瀬さんだって見たことがないであろう加々見くんの寝顔をたっぷりと堪能して、このままずっと彼と一緒に暮らしていけるのであろうと信じていたのです——。
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