15cmの女の子
枕木きのこ
1
神様はなんていじわるなのでしょう。
昨晩、重い身体を引き摺るようにしてお風呂に入ったあと、お休み前に牛乳で一服、ゆっくりと歯を磨いてお布団にくるまってから、わたしは、——自分はなんと矮小な存在なのでしょう、と途方もない考えを巡らせておりました。
そうです。
女子高校生ならではと言いますか、あてのない、そして果てのない嫉妬の渦に巻き込まれながら、あるいはにんまりとほほえみを向ける蟻地獄に一歩踏み込んでしまったがごとく、ずるずると深みにはまり込んでいる自覚はあったのです。
だからわたしも早瀬さんのことを純粋に好意的に見ていましたし、お友達になってくれたことを心の底から感謝していましたし、——
いいのです。わかっていたことなのです。
女子高校生であれば、同じ学校、同じ教室で毎日顔を合わせるお相手しか、恋愛対象として見れないことは、百も承知でありました。ですから、わたしも加々見くんのことを同じように好きでしたが、一方で、天使のような早瀬さんと同じ相手を好きになれるという自分のセンスについても、とても満足していたところがあったのです。
ですけれど、実際に早瀬さんが頬を赤らめ、足早にやってきて、「加々見くんと付き合うことになった!」と爛々と報告をしてくださったときに、——ああ、この、もやっとする感覚が、ずきっとする感覚が、嫉妬というものなのでしょう——と気付いてしまったのです。
そして、気付いてしまったうえで、——どうしてわたしではなかったのか? ——どうして素直に喜べないのか? と自問自答を繰り返し始めてしまったのです。それに答えがないことは、十分知っているはずでした。恋愛小説のように、この過程を経て成長したり、結局加々見くんと付き合えたりするなんて未来がないことも、ミステリ小説のように厳然と「ホワイダニット」を解決してくれる探偵が現れないことも、——重々理解していたのです。
だからこそ、わたしはずっとずっと、ずるずるずるずる、ラーメンをすするよりもうまい具合に、泥沼の中へ落ちていったのです。
——わたしは何と小さき人間でしょう、と。
するとどうでしょう。
圧死してしまうと恐れをなすほどの、自分に不釣り合いなサイズのお布団の中で、目が覚めたのです。飼い猫のマタタビがいつものようにわたしを起こしにやってきたときには、まさか食べられてしまうのではないかと本気で怯えてしまいました。
なんとかかんとか、お布団を抜け出して、あくせくと姿見に近づいてみたら、——いや、もうこの時には大体のことを理解していたのですが——そこには、わずか15㎝ほどに思える、真っ裸のわたしの姿が写されたのです。
この時わたしは、——不思議の国のアリス? ——南くんの恋人? ——それとも逆に、ガリバー旅行記? ガリバートンネル? といろいろな物語を想起しました。ただひとつはっきり言えることは、「不思議の国のアリス症候群」ではない、という事実でした。わたしは脳の錯覚などではなくて、純粋に、単純に、とても圧倒的に、事実として、小さくなっていたのです。
わたしはもちろん困り果てました。困り果て尽くして、思考を放棄し、——神様はなんていじわるなのだろう、と考えたのです。
矮小って、そうだけど、この場合はそうじゃないですよ、と教え諭したくなる気分でした。
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