つつじ小僧

 春になり、校舎の周りの花壇には、色々な花が咲きました。


 校長室の前の花壇に咲いているのはつつじです。


 この小学校に勤めて五年になる校長先生は、この時期、何をしていても窓の外が気になって落ち着きません。


 色々な書類に目を通しながら、ちらちらと窓の外に目をやります。


 校舎の見回りをしながらも、早く校長室に帰りたくて仕方ありません。


 なぜなら、つつじ小僧が現れるのを見逃してしまうかもしれないからです。


 つつじ小僧は、つつじの花が咲き、花の根元に甘い蜜が溜まるころ現れます。


 そして、花を摘み取ってはその蜜をちゅうちゅうと吸うのです。


 校長先生はその姿を見ると、自分が小さかった頃を思い出します。


 校長先生が小学生だった頃、やはり同じように花の蜜を吸ったものでした。


 家で食べるお菓子とは違う、かすかな甘さ。


 そして、胸いっぱいに広がるつつじの香り。


 大人になった今では、花壇の前にしゃがみこんで花の蜜を吸うことなんて、恥ずかしくってできません。


 ですが、つつじ小僧が花の蜜を吸っているのを見ると、不思議とつつじの蜜の味や香りが、鮮明によみがえってくるのです。


 今日も校長先生は、校長室で仕事をしながらつつじ小僧を待ちました。


 書類に判子を押して、サインをして、ふと視線を窓の外に向けると……いました、つつじ小僧です。


 花壇の横にしゃがみこんで、どのつつじが美味しいか、慎重に選んでいるようです。


 小さな手がつつじの花をつまみ、そっと引き抜きました。


 そして花を裏っ返すと、茎についていた部分をちゅうちゅうと吸いはじめました。


 ────あの子は、去年と同じ子だな。


 今年もつつじ小僧を見られた校長先生は、やっと安心して仕事に集中できるようになりました。

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