自由が丘公園のボス
自由ヶ丘公園のボス
町のはずれのほうに、自由ヶ丘という丘がある。
丘と言うのは名ばかりで、少し傾斜があるだけの坂道だ。
そしてそのふもとには、自由ヶ丘公園という公園があった。真ん中に水飲み場がぽつんとあるだけの、小さな公園だ。
どの学校からも遠いし、近くには住宅街もない。なぜこんなところに公園があるのか誰も知らないが、とにかくその公園はそこにあった。
普段から子供も寄りつかないような公園だが、実は自由ヶ丘公園にはいろいろな人が住んでいた。
社長だった益田さん。
弁護士だった植松さん。
プロレスラーだったアリさん。
他にも、元は色々な職業で働いていた人達が、この公園に住んでいる。
彼らはここに小さな小屋を建て、気ままに暮らしていた。
みんながそれぞれに住む小屋は、アリさんがどこからか木材を運んできて、大工だった坂本さんが建てた。
みんなで暮らしていくためのルールは、弁護士だった植松さんが作った。
みんなの食事は、漁師だった小松さんが近くの湖で魚を獲ってきて、シェフだったジェイムスンさんが料理した。
自由ヶ丘公園の住民は、みんながそれぞれの役割を持っていて、一つの国みたいに機能していた。
みんなのまとめ役をしているのは益田さんだが、彼が一番偉いというわけではない。
ここに住んでいる人達の中には、職場での人間関係に失敗した人が多いので、自分より偉い人がいるのを嫌がるからだ。
だから、益田さんはあくまでもまとめ役で、ボスは別にいる。
自由ヶ丘公園のボスは、タロウさんだ。
何か問題が起こると、益田さんが意見をまとめてタロウさんに報告する。
すると、タロウさんは迷うことなく、速やかに解決してくれるのだ。
なんとも頼りになるボスだが、間に益田さんが入らないと、誰もタロウさんと意思の疎通が出来ない。
なぜなら、タロウさんは人ではなく、犬だからだ。
タロウさんは毛並みのいい大柄なゴールデンレトリバーで、もともとは益田さんの飼っていた犬だった。
その頃はただタロウと呼ばれていたのだが、自由ヶ丘公園のボスに就任するにあたって、みんなが呼び方を改めたのだ。
もちろん益田さんも、「タロウさん」ときちんとさん付けで呼ぶ。
今日も、益田さんがみんなの意見をまとめて、タロウさんに相談に来た。
砂場の緑地化計画についての相談だった。
益田さんは、タロウさんに目線を合わせるように座ると、両手を地面について話し出した。
「タロウさん。公園の砂場ですが、あそこの砂を土に入れ替えて、畑にしようと思うのですがいかがでしょうか」
タロウさんは無言で尻尾を振った。OKのサインだ。
ダメなときには、鼻をふんっとならす。
益田さんの後ろで、みんなが安堵のため息をついた。お金が無いから、自給自足は死活問題なのだ。
「ありがとうございます。責任者は、農家をやっていた斉藤さんに任せようと思うのですが」
また、タロウさんが尻尾を振った。
益田さんは一礼すると、みんなに解散の号令を掛けた。これで今日の相談は終わりだ。
みんな、号令に従ってそれぞれの小屋に向かう。
隣に住んでいるもの同士が、二人、三人と固まって、会話をしながら歩いていた。
「斉藤さん、今からだと、どんな野菜が作れるの?」
「今四月だから、季節的にはたまねぎとか、大根とか、インゲンとかかな」
植松さんと斉藤さんが話しているのを聞いて、小松さんがジェイムスンさんに話しかけた。
「たまねぎだってよ。いやー、野菜とか取れるようになると、料理の幅も広まるな」
「ソデスネ」
みんなが和気あいあいと話している後ろで、アリさんはじっと益田さんを眺めていた。
アリさんは知っているのだ。
益田さんがタロウさんに相談するとき、手を握っていればタロウさんは鼻を鳴らし、開いていれば尻尾を振るのだということを。
普段ぼんやりして見えるアリさんだったが、実は鋭い観察力を持っているのだ。
だけど、アリさんはそのことを誰にも言うつもりは無かった。
タロウさんのことが好きだし、いつもみんなの事を考えて正しい決断をする益田さんを尊敬していたからだ。
「アリさん、またぼんやりして。ほら、家に帰るよ」
坂本さんが、アリさんの肩をたたいた。
「ウン」
アリさんは素直に頷くと、坂本さんの後に続いた。
しかし、少し進んだところで振り返ると、腰の辺りで両方の
タロウさんが、尻尾を振ってそれに答えた。
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