31 決断

 「魂を食う」と言われ、まず思ったのは「なんだそれ」だった。

 凱たちと顔を見合わせる。憲がおずおずと手を上げた。


「お話の途中、おそれながら……。僕も、鬼ってばりばり食べるんだと思っていました。確かに、どうして生きたまま連れ帰るんだろう、とか、「食われた」状態を見たことがないのはなんでかな、とは思っていましたけど。にしても、鬼って生き物なわけじゃないですか。幽霊とかじゃなくって。なのに女神とか魂とか言われても」


 全くもって憲の言うとおりだ。鬼はものを食べるし、斬られれば死ぬ。つまりヒトや動物と同じ生き物だ。何も特別なもんじゃない。

 それに「女神」というからには、神様なのだろう。神様って、生き物を守ってくださる、ありがたい存在なのじゃないか。それなのに魂が供物って、なんなんだ。


 自警団の人たちが、わからない言葉で何かを言っている。凱が何かを発言しようと手を上げかけた時、ロンが町長を指さして声を張り上げた。


「町長。私は前から言っていましたよ。もっとほかの村の人たちと交流をしなければなりません」


 立ち上がり、他の人たちを見回して拳を握る。


「鬼がばりばり食べますと思っている人は、たくさんいるんだろうと思います。情報を共有し、知恵を出し合い、助け合わなければなりません。そうすれば、鬼を退治しやすくなりますよ。効率化の追求は、鉄砲の生産以外でも、必要だろうと思います」

「まあそうなのだがねえ。なにしろ向こうが私らを怖がるから」


 この町の人たちは、捕らえた鬼から得た話を、自分たちだけで抱えていた、ということか。

 そのことに関しては思うところがあるが、今、ここで話してもしょうがない。凱が前のめりになって声を上げる。


「おそれいります。よろしいでしょうか」


 険悪な雰囲気になりかかっていた町長とロンが、我に返ったような表情をして凱を見る。


「皆様の町のありようにつきましては、口を挟みません。ですが私は、皆様を鬼退治という目的を共にする仲間であると思っております。どうか、鬼に関することを何も知らない私どものために、ご存じのことをお教えいただけませんか」


 町長とロンに向かって、穏やかな笑みを見せる。町長は髭をもしゃもしゃと撫でまわし、曖昧に頭を下げた。


「すみません出水さん。……そうですな。私たちは鬼退治仲間、といったところですからな」


 自警団の人たちが、口々に「鬼退治仲間」と言っている。口調からして、その言葉を好意的に捉えているように思える。


 あたしはなんだかこの言葉に嬉しくなってしまった。

 あたしたちに「仲間」が増えた。今、あたしたち四人は、目的地すらわからない戦いをするために、さまよっているんじゃない。


「では、さっそく。まずは出水さんたちが今、ご存じのことを教えていただきましょうか」


 凱は鬼についていろいろ話した。その後、あたしが坊ちゃんに聞いたことをつけ足したり、自分が鬼に攫われかけた時のことを話したりしてみる。

 

「――で、『メガミ』という言葉は、その時初めて聞きました。えっと『いのち』というのは、その後も聞いたことがあります。あれですかね、良い『いのち』はメガミにあげて、だめな『いのち』は自分ら用、って感じなんですかね」

「だめ、といいますか……。まあね、私どもも吊るしあげた鬼から断片的に聞いた話を繋ぎ合わせているだけなので、どこまで本当かはわかりませんが」


 吊るしあげって、どういうふうにですか、という質問が口から出かかったが、飲み込んだ。訊かなきゃよかったっていう答えが返ってくる気しかしない。


「奴らは自分らのことを神の一種だと思っておるようです。どうして神が鬼になったのかについては、鬼によって言うことが違いますが。ただ、だから『いのち』を取り出せるのだとか、神のいない土地は入りやすいのだとか言っておりますな。で、ここは鬼ヶ島から近いうえに土地を守る神がいないから、中継地点として降り立つのにちょうどいいのだと。全く、迷惑な話です」


 町長が言葉を切り、ため息をついて腕を組む。


 凱は顎に指を添えて何かを考えている。焔と憲はなんともいえない表情で町長を見ていた。あたしもどういう顔をしたらいいのかわからない。


 あたしが見た鬼の「凄いところ」といえば、他の鬼を抱えて空を飛べることと、翼を出し入れできること、そして長い距離を走れることくらいだ。その程度のことで神様でございと言われても、何を言うか、だ。


「もし、鬼の言うことを信じるとすれば、村には神様がおわすということか……。いや、でも昔はもっと鬼が出たと……」


 凱の独り言のような呟きに、ロンが答えた。


「今は『神産み』の時期と言いました。鬼が言いました。神がみんな歳をとってしまったそうです。だから一時的に神が少ないそうです。神が歳を取って亡くなると、女神が神を産んで、あたらに……あらたに土地を守らせるそうです。神が守っている土地は、鬼が入りにくいそうです」

「ロンさん、失礼しますよ。じゃああれですか、俺らの村は、神様がいなかった時は鬼がよく出たけど、今は新しい神様のおかげで鬼があんまり出ない、ということなんですかね」

「たぶん、そういうことなのだろうと思います」

「神様を産んで土地を守らせるのに魂を食うって、なんなんだ女神って」


 焔が問いを向けたが、この町の人たちも、これ以上のことはよくわからないようだった。




 縁台の上に用意してもらった食事は、すっかり冷めていた。

 申し訳ないので押し込むように全部食べたが、今の話のことで頭がいっぱいで、味がよくわからなかった。


 あたしは神様がいるかどうかわからないと思っているし、そもそも神様について真剣に考えたことなんてなかった。手入れをされていない祠を見て、可哀想と思ったりはするが、その程度だ。


 だから女神とか神産みとかは、正直言って信じられない。だがこの話が本当なら、ひとつ、新しい希望が見えた。

 鬼は攫った人をすぐに食うわけではないらしい。それならば、もし鬼ヶ島へたどり着ければ、囚われた人たちを助けられるかもしれない。


「ねえ凱。あたし、やっぱり早く鬼ヶ島へ行った方がいいと思う。この町で何日も『早く晴れないかなあ』ってのんびりしていたり、飛ぶ練習をしている間も、囚われている人たちは怖い思いをしているんだしさ。こうして一緒に戦ってくださる方もたくさんいるんだし、みんな」


 考え込む姿勢を崩さない凱の肩を掴み、話しかける。すると凱の反対側から、とんとんと肩を叩かれた。

 焔が、あたしを見ている。その目の意味を汲み、口をつぐむ。


 つい、勢いでものを言ってしまった。こんなこと、凱だって百も承知だ。それでも簡単には動けないのだ。

 あたしは、彼の返事の持つ意味、その重さまで、考えていなかった。


 自警団の人たちの声が大きくなる。その中で、凱と町長、ロンの三人が座っているところだけが、ぽっかりと沈黙に切り取られている。

 

 切り取られた沈黙の中から、凱があたしたち三人に目を向けた。あたしたちは顔を見合わせて頷き、凱に向かって微笑んだ。

 微笑みで彼の背中を押す。


 いいんだよ、凱。


「色々お教えいただき、ありがとうございます。……ところで、鬼退治の出発日のことなのですが」


 町長とロンを交互に見たのち、あたしたちに目を向ける。

 泣き出しそうなほど揺れている蜂蜜色の瞳に、笑顔で渇を入れる。

 彼は再び町長とロンの方に向き、口を開いた。


「私といたしましては、明朝に」

「私は明日の朝が」

「私は明日がいいと思います」


 凱の言葉に被せるように、町長とロンが同時に声を上げた。

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