7 話し合いの結果
仕事に集中できない。お子様に声をかけられても、まともに返事もできない。こんな状態のあたしに面倒を見られているお子様たちが可哀想だ。そうわかっているのに、同じことばかり考えてしまう。
あの話し合い、その後、どうなったのだろう。
凱は優しく、人当たりが柔らかだ。女子供にも丁寧に接し、書を好み、争いを避ける。つまりこの村で信じられている「男はかくあるべし」という理想とは正反対なのだ。
だから長様に良く思われていない。なにかにつけて「これだから『ソトの者は』」と言われてしまう。
「鬼退治はできません」なんて言った日には、「腑抜け」「役立たず」扱い確定だ。自分だってできないくせに。
一番上の坊ちゃんがお友達の家に行くというので、門まで見送った。
「なあ、小夜」
坊ちゃんは
「お前今、見送りなんか面倒くせえなあと思ってんだろ」
「え、思っていませんよう。そんな」
「じゃあなんでさっきから
そこで坊っちゃんはふっと表情を戻した。少し首を動かす。そしてあたしの背後を見た後、にやりと笑った。
「あ、わかったぞ。どっか別の村で、鳥人の若い男を見つけたな。んで惚れて、そいつのことばっかり考えてんだろ」
にやにやとあたしの顔をうかがう。
なんのこっちゃ。まあ、坊ちゃんの年齢からして、そろそろそういう話題を口にしたいのだろう。
「若い男」という、坊ちゃんの口から聞くと少々生々しい表現に戸惑いながらも首をかしげてみる。
「別にそういうわけじゃないですよ。やだなあ。それにあたしは色恋なんか無縁ですって。わかっているでしょう。こんな口と背中だし」
「いーや、わかんねえ。蓼食う虫も好き好きだからなっ」
ひどい言いようだな。そんな思いが浮かんだが、もちろん口にはしない。
「色恋なんか無縁」という、自らの言葉が自らの心に突き刺さる。
「とにかく。態度が気に食わなかったんでしたら謝ります。申し訳ないことでございましたっ。はいおしまい。お友達、待っていますよ。ほらほら」
「いーや、俺の目はごまかせねえ。だったらこれはなんだよ」
にやにや顔のまま、坊ちゃんが手を伸ばす。
あたしの髪に触れる。
髪に挿された桃の花が揺れる。
とっさに坊ちゃんの手を振り払い、花をかばう。
花に触れられた怒りと、花に気づかれた恥ずかしさと、失礼を働いた後悔と、なぜかはわからない悲しみが、一気に頭を駆け上る。
坊ちゃんの顔を見、そして俯く。
「すみません……。あの、これは、なんでもないんです。ただ、綺麗な花が咲いていたから。あ、あたしは別に、色恋なんか、興味ないです。一生独り者として生きるつもりだし、男なんかに頼らなくても、生きていけるくらいの強さは、あるんで」
着物を強く握りしめる。あたしに寄り添ってくれている桃の花に背を向けるように声を上げる。
「小夜……」
「ね。いいんです。あたしは誰にも惚れたりしないし、あたしに惚れるようなばかはこの世のどこにもいませんって。はいはい、いってらっしゃいませえ」
自分の心をえぐるような言葉があとからあとから湧いてくる。でもこれ以上言葉を重ねると面倒くさい奴に思われてしまうかもしれない。あたしはにっこり笑って頭を下げた。
坊ちゃんは少し悲しそうな表情をした後、出かけて行った。
坊ちゃんが振り返らないのを確認した後、お屋敷の中に入ろうと後ろを向くと、いきなり視界に人の姿が広がった。
「わっ」
咄嗟のことで思わず妙に大きな声が出てしまった。
ちょうど、出水の旦那様と凱が門を出るところだった。
「あ、お、お帰り、ですか」
「ああ」
旦那様は表情のない顔でそれだけ言うと、あたしの前を通り過ぎた。すぐ後ろを歩いていた凱は、いつもの微笑を浮かべて軽く頭を下げる。
その二人の態度を見て、あたしの頭の中の何かがわめきだした。
普段いろいろ考えている頭の表面ではなく、どこか奥深いところにある何かがわめいている。
何、これ、何か、何か。
どうして。どうして。
頭の中が何を言っているのかわからない。気がついたら、凱の着物をつかんでいた。
「ちょっと待ってよっ」
頭が痛い。
そうだ。こういうの、たまにある。なぜかあたしはわかるのだ。こういう時は、
こういう時は。
「お、長様との話は、どうなったのよ」
「ああ、例の件ですね」
微笑みながら、凱は言った。
いつも通りの口調で。
「私、三日後に鬼退治へ向かうことになりました」
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