捨てられ少女の冒険譚
坂きゅうり
プロローグ
1話 捨てられました
私はキャルロット・ラインドール。
ラインドール公爵の第1令嬢として、この世界に生まれてきた。
ラインドール公爵の正妻との子·····ではなく、公爵に仕えるのメイドとの子として。
私の存在は公爵家にとって都合の悪い存在だったらしく、ラインドール公爵はお母さんが私を身ごもった時、このメイドが金と地位欲しさに無理やり襲ってきたからだと喚き散らし、お腹の中の私を殺そうとしたらしい。
しかし、生まれてくる子に罪は無いだろうと、お母さんは全ての責任を被って公爵家を出ていき、子供を公爵の子と公言しない代わりに私を産んでくれた。
産まれてから私は、公爵に指定された山奥に潜み、お母さんと自給自足の生活を送った。
基本的に畑の世話をしたり、動物を狩ったり、たまに山の麓に降りて調味料等を買う、というのが日課だった。
私が物心着いた時には家の近くに広い畑があったんだけど、ここに来た当時はそんなものは無い荒れた山で、お母さんが女手1つで耕したらしい。
本当にお母さんには頭が上がらない。
そして、お母さんは毎日、私にこの世界で生きるのに必要な知識や、上流階級と接する時に必要になる礼儀やマナー、基礎的な魔法の使い方、剣の振り方等、様々な事を教えくれた。
魔法や武術は教えられてもてんで駄目だったけど、
私は知的好奇心が高かったらしく、知識関係はスポンジの様に吸収できた。
決して裕福では無かったけど、普通に幸せな日々だった。
それは·····私が4歳の時だった。
畑仕事をしている最中、なんの音沙汰も無かったラインドール公爵が騎士達を引き連れて、私とお母さんの前に現れた。
最初、父親の存在を教えられなかった私は、誰が来たのが分からなかった。
ただ、なんか偉そうな人が来たなぁ、と、ぼーっと公爵達を眺めていた。
しかし、お母さんの私の前に立って庇うような姿勢と、今まで見た事がないくらい険しい顔つきを見て、只事ではないことを判断した。
お母さんが警戒しながら要件を聞くと、公爵はおぞましい笑みを浮かべてこう言った。
私の娘を引き取りに来た、抵抗したら殺す、と。
あの人が私の·····父親?
私を引き取りに来たって·····?
公爵の言葉を皮切りに、騎士たちがこちらに向かってくる。
お母さんは私に、足止めするから逃げなさい、と言って騎士達に魔法を放った。
私は怖いのと訳が分からないのとで、嫌だ嫌だと、ひたすらお母さんにしがみついていた。
しかし、そんな甘い子に育てた覚えはないわよと、お母さんは私を引き剥がした。
いや·····引き剥がそうとした、の方が正しい。
そうやって騎士たちから目を離した隙にお母さんは·····1人の騎士に首を深く切りつけられた。
血飛沫が私の顔にかかる。
お母さんは首から血を吹き出しながら私に向かって何か言うと、私にもたれ掛かるようにゆっくりと倒れた。
私は唖然としたのと、お母さんの重さでその場に座り込んだ。
何が起こっているのか分からない。
どうしたら良いのも分からない。
ただ、お母様、と声をかけても、お母さんの返事は帰ってこなかった。
再び声をかけようとした時には、騎士に小さな体を脇で抱えられていた。
私は抵抗せず、ただただお母さんを見ていた。
手足を縛られ、騎馬に乗せられる。
騎士の合図で彼らは一斉に山を下りだした。
倒れたお母さんがどんどん遠ざかっていく·····
大量の血と冷たい体·····固く閉じられた瞳。
私はようやくお母さんは死んでしまったのだと理解し、叫び声を上げて泣き出した。
丸1日経過しただろうか。
私を乗せた馬は残念ながら、無事ラインドール公爵家に到着した。
公爵家に着くと、私は公爵から私の出自について説明された。
私のお父さんがラインドール公爵であり、私は公爵令嬢なのだと知ったのはこの時が初めてだ。
私を連れ去ったのは娘が恋しくなったから、ではなく、あくまで、実子に万が一があった時の為の予備だ、と公爵は主張していた。
·····その為だけにお母さんが殺されたとなると、なんだかやるせない気分になって、また悲しくなった。
まぁ、前者だったとしても、お母さんを殺しておいてどの口が言うのかと怒りに震えただろうけど。
因みに、公爵の喋っている内容は、殆どがお母さんへの罵詈雑言だった。
だから、公爵の話は殆ど耳に入ってこなかったけど、公爵はお母さんも私も愛していない、と言う事だけは分かった。
貼り付けた様な笑みを浮かべる従者たちに身なりを綺麗にされ、豪華なドレスを着せられ、4歳が生活するには広すぎる部屋に案内される。
お母さんの死を嘆く暇もなく、次の日から公爵令嬢としての日々が始まった。
と、言っても、まだ幼いので、貴族の社交辞令や基礎知識等を学ぶ事が務めだったんだけど。
最初は、学ぶ事の殆どがお母さんの教えてくれた事だった。
むしろ、教え方からすれば公爵邸の講師達より、お母さんの方がとっても分かりやすかった。
各授業の講師達は、私がスラスラと教えた事をこなすのを見て、素晴らしいだの天才だのと褒めてくれた。
しかし、暫くすると、訳の分からない指導をされ始めた。
間違った事を延々と教えられ、少しでも気に食わない部分があると、頬を張られたり、鞭で叩かれたり、罵詈雑言を浴びせられた。
これはおかしいと思い、ことある事に私は従者達や講師達の話に耳を傾けていた。
すると、私を義理の妹と弟、つまり、公爵夫人の子供のレッスンのストレス発散に使っても良い、と、公爵夫人から指示が出ていた事が分かった。
ついでに、間違った事を教え、公爵に私が出来損ないだと伝えるように、とも指示されたそうだ。
公爵夫人は元々、私が戻ってくるのに猛反対していた。
自分の子供の地位が危うくなるからだ。
しかも、その平民の子がめちゃくちゃ出来る、と言う噂なら尚更だろう。
自分の子を甘やかしすぎたせいで、充分な教育が出来ていないのも分かっているようだ。
その結果があの指示である。
従者たちの間でも、平民の子がどうして公爵令嬢として舞い戻ってきたのか、と不満を募らせている者もいるそうで、ウケは良かったらしい。
私の悪い噂が公爵に伝わると、食事の時間に、折角良い生活をさせてやっているのに何をやっているんだと怒鳴られ、平民の子なんて拾ってくるんじゃなかったとネチネチと文句を言われた。
ついには公爵夫人から、お前は出来損ないだからと、一緒に食事を取らなくなり、私は自室を物置の様な部屋に移動させられた。
服装も貴族の物にしては安いものに変えられた。
そんな私が唯一心を休められるのは、いつもの日課が終わった夜である。
毎日身体的にも精神的にも傷だらけで、お母さんの死も割り切れなくて、夜はずっと泣いている。
でも、そんな私に友達ができた。
それはここに来てから2年程経った頃だった。
いつもの様に部屋で泣いていると、
不意に、とんとん、と肩を叩かれた。
びっくりして振り向くと、半透明で、赤くて、小さな人達が、私の肩の近くで浮いていた。
誰·····?と聞いたが返答は返ってこない。
ただ、不安そうな顔で私を見ていた。
小人達は、私がまた泣き出しそうになると、慌てて私の目の前に来て、彼らの手のひらに小さな小さな炎を出現させた。
私はきょとんとしてそれを見る。
ぽぽぽぽと色んな色の小さな炎が点っては消える。
私はあまりの綺麗さに目を輝かせた。
私が泣き止むと、小人達は満足そうな顔をしてどこかに消えていった。
それから毎日、小人達が私の部屋に来てくれた。
初日は赤い小人たちだったけど、青、黄色、緑、白、黒の小人たちも来るようになった。
そして私が辛そうな顔をすると、小人達はいつも綺麗な魔法を見せて、私を励ましてくれた。
カラフルな火の玉を始めとして、土で出来た人形だったり、踊り出す影だったり·····
後々気づいたんだけど、彼らは正確には小人ではなく妖精の様だ。
お母さんに教えて貰ったことがある。
この世界には人間以外にも様々な生き物がいる。
妖精は人間と友好的な存在の1つで、人間の魔法は妖精の物を真似た事から始まったため、魔法の始祖と言われているらしい。
なんで急に妖精に懐かれたかは分からないけど、敵だらけのこの場所で味方でいてくれて、なんだか嬉しかった。
そして、暫くすると毎日の日課にもついてくるようになった。
これもお母さんに教えて貰ったんだけど、妖精達は普通の人には見えないらしい。
1部の魔法に精通する人だけに見えるそうだ。
じゃあ私も魔法の才能があるのかな·····?
魔法、全然使えないんだけどなぁ。
まぁ、そんな訳で、普通についてくるなら問題ないけど、彼らが見えてしまうであろう魔法の先生には、とりあえず報告しておかないと駄目だよね。
面倒事になったら困るし。
と言うことで、魔法の先生に妖精について、授業に連れてきていいかと尋ねる事にした。
「えーっと、その妖精というのは·····」
「この子達です。」
魔法の先生に聞かれて、私は肩の上に乗っている赤い妖精と黄色い妖精を撫でた。
魔法の先生はその様子を見て·····何故か強ばった顔をした。
授業後、先生と従者が会話しているのを耳にした。
「お嬢様が何もないところで会話を·····」
「ついに気が触れてしまったのかしら·····」
その話を聞いて私は硬直した。
普通なら見えなくて当たり前。
けど、魔法の先生が見えないなら·····話は別だ。
お母様の言う妖精が見えてるんだって思ってたけど·····この子達は·····私の精神が壊れて見えて·····る·····ってコト·····?
私は恐る恐る赤い何かと黄色い何かを見ると·····2人も不安そうな顔をしてこちらを見ていた。
は·····はは·····そっか·····そっかぁ·····
だから、魔法が使えなくても見えるんだぁ·····
妖精達が幻覚かもしれないという事が分かっても、
私は変わらず彼らと接し続けた。
彼らが見えている事より、彼らが見えなくなって、精神的な支えが無くなった方が、どうにかなってしまいそうな気がした。
しかし、結局それすらも奪われてしまう事になる。
私が何も無いところを見て誰かと話している、と言う噂が公爵の耳に入ったらしい。
悪魔に取り憑かれていると考えた公爵は、教会から神父様を連れてきた。
浄化の儀式を行うという名目で、私は無理矢理手足と口を拘束された。
公爵が私の噂を説明すると、神父様は私に何かしらの魔術をかけた。
私は頑張って最後まで抵抗した。
だって、例え幻覚でも、あの子達は私の支えになってくれている存在だから。
そんな子達が消えてしまったら、私は·····!
しかし、抵抗虚しく·····あの子達は見えなくなった。
あの子達が使ってくれた魔法も見えないし、気配すらも感じない。
あぁ、やっぱり幻覚·····だったんだ。
そう理解すると、私の精神状態は著しく悪くなっていった。
そして8歳になった日·····
「貴様のような薄汚い下賎な娘を拾ってくるんじゃなかった。」
突然公爵にそう言い渡されて、身ぐるみを剥がされ、私は公爵邸の外に本当にゴミのようにポイっと外に捨てられた。
はぁ·····もう、貴族なんて大嫌い。
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