ラブライフ


「ラブが溢れてえらいこっちゃのう」

「ほんまじゃのう」

青森県在住の農夫、米田ソネスケ八十八歳と

その妻、サケ八十六歳は縁側でお茶を啜っていた

「ありゃあ………ラブじゃろうか?」

おじいさんが尋ねた

「うんにゃ、あれはラブじゃね、隣りの家の飼っている犬じゃ」

おじいさんはふむうと頷いた

「するってえと、あの犬の周りで何やらぐるぐると蠢いているあれは………」

指を差しおばあさんを見た

おばあさんは眉間に皺を寄せしげしげとそれを見つめた

「ラブじゃね」

言った

「完全にラブじゃね」

「そういったものを何と言うんだったか?」

おじいさんは首を傾げ忘却した記憶の底から言葉を引っ張り出そうとした

だが思い出せなかった

空を見上げた

干し柿が自分のすぐ近くから吊り下がっていた

隣りに座っているおばあさんにはおじいさんが何を言いたいのかすぐにわかった

以心伝心

長い間、共に過ごしてきた夫婦という絆が言葉を口にしなくとも相手の気持ちを教えてくれるのだった

「トゥルーラブじゃね」

おじいさんはそうそうと頷いた

そしてポン菓子を掴んで食った

口の中に放り込みもぐもぐしたのだ

おじいさんお得意のもぐもぐだ

先週、シルバー人材派遣センターに提出したおじいさんの履歴書には

『特技、もぐもぐ』

と拳大の文字で書き殴られていた

これでおれを採用しなければ貴様を殺す!

そのような意気込みが伝わったのか若い職員はおじいさんを採用した

「それでは、このラブホテルの清掃をお願いいたします」

職員はぺこりと現地で挨拶した

おじいさんは生まれて初めて訪れたそのピンクの館に卒倒しかけた

だがさすがは激動の昭和を裸足で駆け抜けてきただけのことはある

おじいさんはむくりと起き上がると機敏な動きでラブホテルの観察を始めた

一人でずんずんと進んだ

「なるほど………このスイッチを押すと淫靡なライトアップが始まるというわけだな」

その姿はまさに令和のトムソーヤ

好奇心旺盛に活動する目の前の死に損ないの老人に職員は目を見張った

「もう既に枯れるばかりだと思っていた老人がこうも活き活きと活動するとは………我々は老人に対するその認識を改めなくてならないのかもしれない」

目の前の老人は「ひゃっほう!」と言って円形のベッドの上で跳ね始めた

職員はそれを微笑ましく見つめた

「今度は是非、おばあさんといらしてください………我々には新しい価値観を築き上げる準備があります」

それを聞いておじいさんは飛び跳ねるのを止めベッドの上に直立した

怪訝そうに口を開いた

「おばあさんだって? ………冗談じゃあない、あんな皺々のばばあをここへ連れて来てどうする? いやお前さんの言いたいこともわかる。わしも同様、皺々だ。だが自分には無いものを相手に求める、恋愛とはそういうものだとは思わないかね?」

「それでは?」

職員は首を傾げた

おじいさんは親指と人差し指で小さな丸を作り言った

「年金に活躍してもらうチャンスだよきみい。駅前の派遣型風俗店『ママミルク三号館』『おしゃぶりハウス小悪魔の部屋』『放課後ティーンズ・パラダイス』大総員だ!」

無謀とも言えるその計画に職員は絶句した

「しかし、そのようなことをしたら………」

おじいさんの表情は断固たる決意に満ちており揺るぎなかった

小さな、でも確かに伝わる声でおじいさんは言った

「日本を元気にしたいんだ、まずはおれから」

それだけ言うと仕事初日で即、早退

全財産を通帳から引き出そうと自宅に駆け込み妻に半殺しにされた


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