第111話-2

 気持ちを切り替える様に、土の上で転がった二人へ眼を向ける。

 ハルがエヴァラントを気遣い、何がしか話しかけている。苦笑交じりに「後頭部が痛い」言われ、慌てて自分のベストを脱いで頭の後ろへ引いてやっていた。並んでしゃがんでいるざんばら頭の男は、黙って大人しくやりとりを見ている。



「気分は如何ですか」



 顔を覗き込み尋ねると、エヴァラントは口元を緩めた。



「身体が動かない以外は、別に痛いところもないです。気持ちが悪いとかも、全く」


「承知しました。どのような薬で動けないのかは、現段階では判断しかねます。申し訳ありませんが、もうしばらくの間、ご辛抱ください」


「お気になさらず」



 のんびりと答えた男の隣では、ストロベリーブロンドのメイドが横たわっていた。睫毛を伏せ、意識はない。その胸元は破れ肌蹴ており、下から凹凸の少ない青年の身体が覗く。

 すうと金の双眸を細め、ルーヴァベルトへ顔を向けた。



「ルーヴァベルト様」


「はい?」


「何故、マリーウェザーを連れてきたのですか?」



 問いかけに、彼女は露骨に嫌な顔をした。

 首の後ろを撫ぜ、首を傾けつつ、ため息をついた。



「裁くのは、私の仕事じゃないので」



 面倒くさそうに言い捨てると、そのまま押し黙る。

 そっぽを向いてしまった彼女を一瞥したジーニアスは、遠く近づいてくる足音に気付いた。

 木々の陰からそちらを見やる。ハルとエーサンも同じく身を屈め様子を伺っていた。

 濃紺の軍服に身を包んだ一団が、足早にやってくるのが見えた。その中に見知った顔を見つけ、王弟であるランティス直下の軍団員であるとすぐに気付く。

 自分の上着を素早く脱ぎ、ルーヴァベルトの肩にかけた。マリーウェザーのはだけた胸元を隠すと、ハルを見やる。

 少年は心得た様に頷き、身を屈め一段と逆の方向へ走り出す。その後を、足音も立てずにエーサンが続いた。

 もう一度、ルーヴァベルトを振り返った。彼女は無表情のまま、一つ、頷いた。



「テルブーケ様!」



 名前を呼び飛び出したジーニアスの声に、団員たちが身構えた。その内の一人が、険しい表情のまま前に出た。



「お前は確か…殿下の屋敷の」


「ジーニアスでございます」



 慇懃に頭を垂れた。

 テルブーケと呼ばれた男は、ちらと視線を執事の奥へ投げた。そこに座り込んでいる寝間着姿の少女を見つけ、更に顔を顰めた。



「…殿下は?」


「あちらの塔に」


「そちらにいらっしゃるのが、件の婚約者殿か」


「御意」



 頭を垂れたままの問答に、しばし考え込むようにテルブーケが顎を撫ぜる。



「詳しい話は後だ。そなたはここで待機していろ」



 そう言うと、団員を呼ぶ。小走りに近づいてきた若い二人を護衛として残し、残りは塔へ向かって歩き出した。

 俄かに騒がしくなった当たりの様子を伺いつつ、後ろを庇うようにジーニアスはたった。ルーヴァベルトは押し黙ったまま、俯いている。頭上の木々の葉擦れの音と、寝転がったエヴァラントの鼻息が、時折大きく耳に聞こえた。

 突然、わっと声が上がる。その中に「殿下!」という声を聞き、ジーニアスは金眼を細めた。

 塔の周りで屯する一団の中に、光を吸って赤く煌めく姿を見た。

 進み出たテルブーケと暫し言葉を交わした後、探すように視線を巡らせるのがわかった。

 灰青の双眸が、木々の陰に立つ乳兄弟を見つける。首を垂れる姿に頷き、話を打ち切ると歩み寄ってきた。



「ご無事で」


「ああ」



 表情のない顔で、抑揚無く返す。冷えた低い声は、僅かに疲労が滲んで聞こえた。

 ランティスが顔を傾け、灰髪越しに婚約者殿を探す。

 座り込んでいる少女を見つけると、不意に表情を和らげた。

 大股に傍に寄る。ルーヴァベルトが猫眼を真ん丸に見上げると、くしゃりと顔を歪めた。



「帰るぞ」



 手を差し出す。

 彼女は一つ眼を瞬かせた後、柔く微笑んだ。



「はい」



 そう答えると、差し出された手に触れ、指先で絡め取る様に握った。

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