第67話-2
「…彼とは話ができたのか」
「…」
「収穫、無しか?」
「…できた」
むっつり口を開いたランティスは、腹に溜まった重いものを吐き出すように、俯きため息をつく。
執事である乳兄弟は手を休めぬまま、金の視線を彼へ向け、続きを促した。
「今夜の一件に関して、自分とこの仕業だと疑っていた」
「そうか」
「一族の誰かが仕向けたんだろう、と…。まぁ、一族郎党全員の意見が一致してんなら、親族の誕生日パーティーでゴタゴタ起こしても、もみ消すのはたやすいだろうからな」
思い出したのか、苦い顔で歯を食いしばる。腹立たしげに、近くにあった本を掴むと、遠くへ投げた。
「こないだの、兄貴が毒を盛られた事も知ってやがった」
「ガラドリアル家は、フロース五家の一つ。ご嫡男であるユリウス様が知っていてもおかしくはない、が…」
「あいつは…ユーリは、それもガラドリアルの仕業だろう…と」
その言葉に、ジーニアスが動きを止めた。柳眉を潜め、怪訝そうにランティスの背を見やる。
乱暴に頭をかきながら、赤髪の男が続けた。
「確証があるわけじゃないっぽいが…ユーリが言うには、一族の奴らが焦ってるってさ」
「焦る? 何をだ」
「俺が知るか」
ふんと鼻を鳴らしたランティスは、徐に腰を上げた。その表情は、少しばかり苦いものが混じっていたが、随分落ち着いている。緩慢な動きで椅子へ寄ると、どかりと座った。
疲れた様子でこめかみを揉んだ。
「ユーリの奴、俺にガラドリアルと手を切れと言ってきやがった」
己が一族と。
常に飄々と笑う友人の、切羽詰まった顔が瞼を閉じればそこに浮かぶ。苦痛に歪む緑がかった双眸が、本気を伺わせた。
できるか、と悪態を独りごちた。
そもそも、ランティスはガラドリアル家と手を結んでいるわけでもなんでもない。密約があるわけでもない。あくまでフロース五家の一つと王弟、という関係だ。
―――相手が、そう思っていなくとも。
ユリウスはわかっている…それが、ランティスの心を重くした。
そしてまた、ランティス自身も、彼の願いを知っているのだ。
学生時代、ランティスはユリウスを友人として傍に置いた。その関係は、今も続いている。外側からはきっと、「親友」という形で見えるはずだ。
思惑がある間柄ではない。少なくとも、ランティスには。
けれどそれが、ガラドリアルを期待させたことは事実である。自分たちはランティスに…その後ろに見る「失せし王」に選ばれたのだ、と。
「あー…めんどくせぇ」
考える程に嫌になり、つい愚痴を零した。
あらかた物を片付けたジーニアスはランティスの側に寄り、その姿を見下ろす。どろりと濃い金色は、冷めた色の中に少しばかりの同情を含んで細められた。
「ガラドリアル家を無碍にすることはできないだろ。腐ってもフロース五家。お前があいつらのお気に入りだから、政治的バランスが保たれてる」
「わかってるって。ユーリが何言ったって、どうこうする気はねぇよ…今は、な」
ふと、声を低くしたランティス。口元を歪め、嗤う。
「けど、赦しはしねぇ」くっと喉を鳴らした。
「俺の女に二度も血ぃ流させやがって…。兄貴の件も併せて、俺に喧嘩を売ったこと、後悔させてやろうじゃねぇか」
凶悪だな、とジーニアスは薄く笑んだ。
止める気などない。どうせ、止められやしない。
もう一度こめかみを揉んだランティスは、「そうだ」と呟いた。一つ眼を瞬かせ、執事を見やる。その双眸は、いつも通りの、硝子玉のような灰青。
「ルーヴァベルトへ、何か菓子を用意してやってくれ。今日の詫びだ」
すっと背筋を但し、乳兄弟から執事の顔に戻ったジーニアスが問い返した。
「菓子ですか」
「ああ、目いっぱい頼む」
「同意しかねます。婚約者殿は、渡せば渡しただけ全て食されますので。仮にも怪我人でいらっしゃるのですから、少し控えた方がよろしいかと」
「…でも、あいつが喜ぶのって、食い物くらいじゃないか?」
「数日してから差し入れられたらよろしいでしょう。とりあえずは、花を持ってお見舞いされてはどうですか? 明日の朝一に庭で摘んで…」
すると、ランティスはふて腐れた様子でぷいと横を向いた。
一気に幼い反応を見せた主に、ジーニアスは小首を傾げた。
「どうしました?」
「…花、お前が持って行ってくれ」
「はい?」
「俺は行かない」
ぼそぼそと尻すぼみな声で呟く。先程とは打って変わった様子に、更に眉を潜めた。
「突然何を言ってるんですか」
「行きたくない」
「そんな、子供みたいな…」
「だって」
深いため息交じりに、執事を見上げた灰青の瞳は、弱り切ってゆらゆらと揺れて見えた。
「今、あいつの姿見たら、また頭に血が上って、今度こそ屋敷に閉じ込めて自由を奪いたくなる」
「は?」
「平気だってルーヴァベルトは言ったが、俺が平気じゃない」
本当ならば今すぐガラドリアルの屋敷へ舞い戻り、婚約者殿に手を出した輩を見つけ出し、血祭りにあげてやりたい。怒りが身の内で燃え狂う炎のように巡る。必死に抑え込み、平気な振りをしてみても、気を抜けば目の前が真っ赤に染まりそうだ。
ルーヴァベルト―――欲しくて、欲しくて、手に入れた少女。
(俺のせいで、傷がつけられる、など)
腸が煮えくり返る。
己の不甲斐なさ、怒りが溢れる。
彼女は「平気だ」と言った。
けれど、ランティスは、平気じゃない。
―――だけど、手放せない。
(気が、狂いそうだ)
ぞくりと背筋を冷たい指がなぞる。怒りに痺れる肌を感じながら、意識なく、ランティスは薄笑った。
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