第32話

 朝食後、ジュジュがやってくるまで、少しばかりの空き時間がある。

 その時間をばあやの部屋で過ごすのが、最近のルーヴァベルトの習慣になりつつあった。

 というのも、ばあや付のマリーウェザーと、非常に気が合ったためである。



「血豆できなくなってよかったですねぇ、ルー様」



 ベッドシーツを広げながら、ストロベリーブロンドのメイドが快活に笑った。「前はいつも血染めの靴だったもの」

 一緒になって枕カバーを取り換えながら、ルーヴァベルトは眉を顰めた。



「本当に。てか、こちとらヒールで歩くのも嫌だってのに、あれで踊れって拷問かって話ですよ」


「確かにそうかも!」



 あははと声を上げながらも手を休めず、ぴっちりとシーツを整えた。皺ひとつない清潔なシーツの上に、掛布団のカバーをかけ替えベットメイクする。その手際は鮮やかなもので、流石とルーヴァベルトは嘆息した。

 シーツを歪ませぬよう枕を置くと、揃って隣の部屋へ戻る。窓際では揺り椅子に座る老婆が、ちんまりと船を漕いでいた。今日の陽気は心地よい。さぞ良い夢を見ているのだろう、と少女は目元を緩ませた。

 太い三つ編みを揺らしながら一旦部屋を出て行ったマリーウェザーは、小さな籠を抱え戻ってきた。籠の中にはクッキーがこんもり入っていた。



「今日はナッツ入りココアクッキーです!」



 目を細めにっと笑うのに、「やったー!」と同じくにっと笑う。この部屋に来る目当ての一つが、このお菓子である。


 最初は暇を持て余してばあやの部屋に来ていた。自室に居てもすることもなく、傍に控えるミモザも真面目な性質のせいか無口で会話が無い。ミモザが居るから好きなこともできず、ルーヴァベルトが居るせいで彼女もメイドの仕事ができない。


 それに気づいて彷徨い出た挙句…である。


 マリーウェザーはミモザほど生真面目ではない。ルーヴァベルトが居ても居なくても自分のペースで仕事をするし、あけすけにものを言う。その辺りの気性は好感が持てた。

 特に屋敷から出ることもできず、無駄話が出来る相手もエヴァラントしかいなかったルーヴァベルトにとって、マリーウェザーはいい話し相手になった。

 ついでに、隣の厨房から貰ってくる使用人用の賄い菓子も気前よく分けてくれるのだ。これがまた美味い。手の込んだ菓子ではなく、生地をこねて焼いただけ、といったものばかりだったが、気取ってないその味はルーヴァベルトの口に合った。

 美味い美味いと大喜びで食べるルーヴァベルトの話をマリーウェザーが厨房ですると、料理長が酷く喜び、その後はマリーウェザーの分も賄い菓子を作ってくれるようになった。

 結果、この部屋に入り浸ることとなったわけである。



「朝食後だってのに、よくお菓子が入りますね」とマリーウェザーは言うが、食べられるものは食べられるのだから仕方ない。特に紅茶を飲む回数が減った今、胃痛もなく、食欲も絶好調だ。コルセットとドレスでなければもっと入る気もした。

 籠から抓み上げたクッキーを、ひょいと口へ放り込む。さくりと悲鳴を上げて崩れ、溶けた。


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