第27話

 玄関まで兄を見送りに出ると、そこでジーニアスに捕まった。

 今日も黒いお仕着せをきっちり着込んだ執事殿は、既に乱れているルーヴァベルトの髪に眉根を寄せる。苦笑いを向けると、無言で歩み寄り、手際よく髪を整えてくれた。



「お客様がお待ちです」



 応接間へと促されたルーヴァベルトは、驚いた顔で首を傾げる。



「私に?」


「ええ」



 端的な返答は、有無を許さぬ響きを含む。仕方なしに、背髙の執事について歩き出した。



(愛想のない奴)



 自分の事を棚に上げ、内心舌打ちをする。昨日、こってり絞られた時から薄々感づいていたが、どうにも気が合わない。どうせなら上手くやりたいとは思うものの、この手合いの人間と関わることが少なかったため、どう切り込めばいいのかわからなかった。



 どうかかわればいいかわからないという点で、あの赤髪の男…ランも同様である。



 昨晩の一件を思いだし、少しだけ怒りがぶり返す。む、と顔を顰めたルーヴァベルトだったが、すぐに頭を軽く振って、感情を振り払った。



(あれは…駄目だ。完全に関わっちゃいけない人種だ)



 ヨハネダルクの面々が朝食の席につくと、計ったようにランも姿を現した。相変わらず機嫌もよさそうな笑顔で席に座り、何を気にする様子もなく、食事をとっていた。

 それに、ルーヴァベルトも平静を装う。腹の中は様々な感情が入り混じっていたけれど、おくびにも出さずにいられたことを誉めて欲しい。


 食事が終わると、又も颯爽と食堂を出て行った男は、きっと忙しいのだろう。興味もないけれど、顔を合わせずにすんで、少しだけほっとした。



 目前に迫る灰青の双眸を思い出す。硝子玉のように、つるりとした瞳。印象的な色は、美しくもあったが、同時に冷え冷えと恐ろしくもあった。

 隙あらば食らおうと、そういう意志が伺える。囚われれば最後、その手を振りほどくことはできないのではないか。


 そんなことを思わせる空気を纏う男は、笑みだけ、蕩ける様に柔く、綺麗なもので。



 冗談じゃない、とルーヴァベルトは一人唇を尖らせた。



(とんだ二重人格野郎じゃないか)



 当初、女好きする自信家な男だと思っていた。店でもよく見かける性質の男。何か思惑があり自分を利用しようとしているだけならば、されてやろうと乗る程に。

 けれど、一皮剥ければ、そんな可愛いものではないと知る。そんな単純な人間ではないと、あの目を見ればわかった。



(本当に、とんでもないのに引っかかりやがって…)



 否、とんでもないのだから、あんなやり方で引っかけてきたのだろう。

 考える程に頭が痛くなってきた。



 未だ、ランの事は好きになれない。昨晩のソムニウムでの一件が尾を引いていた。



 金で買われる、ということが、こんなに腹正しいとは知らなかった。店の妓たちを思い、瞑目した。彼女らを同じに考えるべきではないと思う。ルーヴァベルトがそんな感情を彼女らに向けることすら、失礼だろう。

 少しだけ鬱屈した気分になり、それを晴らすように、一つ、息を吐いた。

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