第21話

下男の報告を受けたジーニアスは、小さく頷き、薄く開いた扉を閉めた。




 振り返ると、暖色の灯りの中、椅子に深々と座り寛ぐ主の姿が見える。卓上の酒杯をちびちびと舐めながら、灰青の視線を執事へと投げた。






「行ったか」




「そのようです」






 したり顔で口端を持ち上げたランは、手にした杯を置くと立ち上がった。蝋燭の火が煽られ、朱に白にくゆる。


 扉脇に置かれたハンガーラックから上着を手に取ると、それをランへ渡す。濃い灰色のそれを羽織ると、長い裾がふわりと翻った。












 




 




 




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 あまりにあっけなく抜け出せたことに、少々どころか随分拍子抜けする。






(おい、こんなに警備がゆるゆるで大丈夫かよ、この屋敷…)






 部屋の窓から木を伝って下に降り、そのまま走って門までたどり着く。流石に整備された馬車道を通るのは憚られ、木々が鬱蒼とする脇道を使った。道中、「こんなに木があっちゃ、侵入者があってもわかりゃしないだろ」と呆れてしまう。




 そもそも、部屋の窓を開けたら、どうぞ伝って降りて下さいと言わんばかりの木があること自体、どうかと思う。速攻、抜け出せると判断したルーヴァベルトは、ミモザが下がると同時に元の色あせた私服に着替え、窓から飛び出した。隣接した枝は立派な太さで、ルーヴァベルトが乗ってもびくともしない。するすると降りると、心の中でミモザに謝った。






(すぐ帰るから)






 門の脇の通用口をすり抜ける時、もう一度屋敷を振り返り、心の中でそう呟いた。




 




 














 


 娼家街の大通りは、今夜も灯りが煌々と明るい。


 赤、青、緑と華やかな色の中を足早に抜けると、目当ての店へと向かう。道中、酔っ払った男や客引きの女の中に見知った顔を見つけ、軽く会釈で挨拶をした。




 向かう先は―――「ソムニウム」という名の娼館だ。




 娼家街の中でも五指に入る古い大店で、店の主は組合の代表の一人でもある。


当たりの柔い中老の店主は、いつもにこにこと笑みを浮かべ、店の奥の自席にこじんまりと座る大人しい男だった。可愛がっている黒猫をちょこんと膝にのせ、時折、店の下働きに菓子をくれたりする。ルーヴァベルトも貰ったことがあるが、店主のくれる甘味は、いつも夢のような味がした。

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