第15話
私は夜明け前に目を覚ました。
昨日は夕食を食べてすぐに寝てしまったので、服はクチャクチャにしわが寄っている。
私は部屋のシャワーを浴びると、動きやすい服に着替えて庭に降りた。
庭の植物には朝露が光っていて、だんだんと登る陽に照らされている。
私は育てている薬草をつむと部屋に持って帰り、乾かしたり、すり潰したりと作業を始めた。
ふと、水差しの中に入っているはずの水がなくなっているのに気づいた私は、水差しを持ってそっと廊下へ出た。
廊下をゆっくりと歩いて厨房へ向かうと、そこには何人かのメイドがいて、私は彼女達に頼んで水を入れてもらった。
「ずいぶんとスッキリした顔をされていますね、殿下。」
私は笑って言った。
「そう見えますか?」
私は部屋に戻って朝食を食べると、冒険者ギルドに行く準備を始めた。
紺色のローブとギルドカード、腕にはバングルをしっかりはめて、私はそっと庭の小さな穴へと向かった。
王城の中からは、ざわざわと仕事が始まった声がする。私はその音に少し息苦しさを感じたが、見ないふりをして穴を抜けた。
穴をぬけて少し進むと、やがて街が見えてくる。冒険者ギルドの近くには鍛冶屋や服屋があり、冒険者は装備をここで揃えるらしい。
私はそれらをぼんやり眺めていたが、ふと私は一軒の服屋にふらふらと歩み寄った。
私の目に止まったのは、ひとつのブーツだった。赤茶色のロングブーツは、森の中や街を歩くのにも便利そうで、値段もお手ごろである。なにより、……かわいい。男が履くには少し装飾が可愛らしすぎる気もするが、私は女の子のように可愛いし、何より女だ。可愛いものが目に映るのは当然である。
ただ、やはり少し可愛すぎるかもしれない。
私は赤茶色のロングブーツの隣に展示されている、黒のミドルブーツを見た。こちらは先程の赤茶色のロングブーツよりシンプルで、少し無骨な男らしさがある。
……やはりこっちの方がいいのだろうか。
私は少し迷ったものの、黒いミドルブーツの方へ手を伸ばした。
「あ、ライラ?早いな。」
横をむくと、隣の食堂から出てきたギャリーが看板を持って立っている。外に看板を出しに来たようだ。たらした長髪を気だるそうにかきあげたギャリーは、看板をその店に立てかけると、私の方へ近づいてきた。
「……ブーツか?ああ、お前の服装買い換えないといけないもんな。」
私は頷くと、視線をブーツの方へ戻した。
やはり、黒いほうにしよう。赤茶色のブーツは可愛いけれど、…今の私は、それを選んではいけない。
私はそう思うと、黒い方へ手を伸ばした。
しかし、私の手が黒い方へ届くよりも先に、ギャリーの長い手が赤茶色のロングブーツへと伸びる。
「こっちの方がいいんじゃねえのか?」
ギャリーはそう言うと、ひょいとつかんだ赤茶色のロングブーツをぶらぶらとさせる。
彼は私の気持ちに気づいているのか気づいていないのか、あっけらかんと言った。
「だって、お前こっちの方が欲しそうな顔してる。まあ、俺はどっちも似合うと思うけどな。」
彼はそう言うと、私の方を見てニヤリと笑った。
私は少し黙って考えると、ギャリーの手から赤茶色のロングブーツを受け取った。
「…なら、こっちにします。」
ギャリーはおお、そうしろと言うと会計の仕方を教えてくれた。
無事に買い終わり店から出ると、私は少し疑問に思っていたことをギャリーに尋ねた。
「ブーツ、ありがとうございました。でも、なんで隣のお店から出てきたんですか?」
ギャリーはキセルの煙をふう、と吐き出すと言った。
「姉夫婦が食堂をやっててな。たまに手伝ってるんだよ。迷々亭って言うんだが、アイツらもよく来て飯を食ってる。……少し寄ってくか?」
そう言いながら隣のお店のドアをすでに開いているギャリーは、私を手招きしてみせのなかへ招き入れた。
カウンターの中では濃い青の髪をひとつに結んだ優しそうな女性と、薄い青の髪の男性が食器を拭いていた。
「……あら、可愛らしいお客様。貴方がライラかしら?あの子達が昨日話していたのよ。私はリーナ。こっちは旦那のレイン。よろしくね、小さな冒険者さん。」
彼らに挨拶をして席に座ると、ギャリーが1杯の飲み物を差し出してくる。
「朝ごはんは食べたろ?今から依頼を受けに行くわけだし、糖分を摂れ。というわけで、クリームソーダだ。」
実は私、そんなに炭酸が得意ではない。
小さい頃あまり飲まなかったので、成長してからも自ら飲む機会が少なかったのだ。
私はギャリーの好意を無下にすることもできず、おそるおそるストローの先に口をつける。
「……おいしい……」
ぱちっと舌で弾けるソーダは覚悟していた舌を焼くような炭酸ではなく、星が舌の上でダンスをするような軽やかなものだった。
「炭酸が苦手なやつでもウチのは飲めるって評判なんだ、どうだ美味いだろ?」
ギャリーはカウンターに頬杖をつくと、悪戯っぽく笑った。
「……ここだけの話だがヘヴンも炭酸が苦手だったんだ。まあ、うちのを飲んでから炭酸大好き人間になっちまったけどな。今では炭酸ジャンキーみたいになってる。」
確かにこのクリームソーダはとても美味しい。
柔らかな甘みが脳を潤していくのを感じて、私はふと顔が緩むのを感じた。
ギャリーはその様子を面白そうに眺めると、私が飲み終わった頃を見計らい、そろそろ行くか、とカウンターから出てきた。
また来てね、と見送るリーナ達に手を振り返して、私達はギルドへ向かった。
迷々亭で履き替えた赤茶のブーツも一緒である。
私とギャリーがギルドに到着すると、すでに中はガヤガヤと冒険者達で賑わっており、奥のテーブルにはアルを始めとする昨日のメンバーが揃っていた。
「あ!可愛いブーツ履いてる!!買ったの?あ、もしかして迷々亭の隣?あそこ可愛いよねー!!今度一緒に服も見にいこーよ!」
私の新しいブーツを目ざとく見つけたヘルは、私の手を握るとブンブンと振った。
少し面食らったが、悪い気はしなかったので今度一緒に服を見る約束をした。
アルはテーブルで剣を磨いている。
黒い軍服のような鎧を纏い、戦闘が待ちきれないようだ。
アルは私が来たのに気づくと、剣を置いて立ち上がり、依頼書を1枚壁からはぎ取ってきてテーブルに置いた。私はそれを手に取って読む。
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依頼 :鬼退治
難易度S~
近頃森の奥で大量の鬼形の魔物がでているようです。森の中腹にも目撃情報があるので、できるだけ多くの数の討伐をお願いします。
一体一体が強くまた群れなどを作り集団で行動するので、大変危険な依頼です
冒険者ギルド
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「昨日聞きたいことがあるって言ったろ?」
アルは私の首からギルドカードをひょいと外すと、依頼書と一緒にマリンへ渡した。
あ、と声を出す間もなくそれは受理されてしまい、アルはマリンからギルドカードを受け取るとまた私の首へかけ直した。
「実はお前の受けた昨日の依頼、難易度Cと書かれていたはずだが間違っていたことがわかってな。本来はAらしい。それを短時間で大量に狩っただろ。おまけに近隣を騒がせていた大熊も1人で倒しちまった。」
いつのまにか、ギルドの中で騒いでいたはずの冒険者達は、静かに私達の方に注目している。
「お前の実力、見せてみろ。結果によってはギルド内のランクも更新だ。なに、危ないことにはならねえよ。俺達もついて行くからな。」
ちょっと強引だったのは謝るが、と頭をかいて苦笑するアルに、私は薄く笑って言った。
「いいえ、とても楽しみです。」
私のその言葉にアルは少し驚いたような顔をしたが、ニヤッと私の後ろにいるギャリー達とアイコンタクトをした。
さあ、行こう!と元気よく外に飛び出すヘヴンとヘル、双子に連れられたレディは、森へ向かう道を走っていった。
それを微笑ましそうに見ていたギャリー達は、ふとなにかに気づくとそばで花に水やりをしているマリンへ尋ねた。
「……そういや、ヴェレナとカッツェ、どこ行った?」
マリンは首を傾げるとまだ来てないです、と答える。
「まあ、ギャリーさん達が帰って来た時にはいるんじゃないですか?」
それを聞くとギャリーは呆れたように笑った。
私は誰だろう、と思ったがそれを聞く前に、戻ってきたヘヴンに腕を絡め取られ、森の方へ引っ張られてしまった。笑いながら走っているうちに、いつのまにかその事は忘れてしまっていた。
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