第14話



さらりとした風が頬を撫でるのに気づいた私は、ゆっくりと目を開いた。



「……あ!起きた!」



見慣れない天井に、ここはどこだろうとぼんやり考えると、私の視界に鮮烈な金色が映った。



「顔色も良さそーだね。ここ、どこかわかる?」



私の目の前にぐいっと顔を近づけた金髪の男女はよく似た顔立ちをしていて、それぞれ片目を隠している。



彼らは私が体を起こそうとするのに気づくと、両端から体を支えてくれた。



私が体を起こすと、女の方は私が目を覚ましたのを誰かに伝えてくるのか、るんるんと部屋を出ていった。



金髪の男は、私が座っているベッドに両肘をつくとその上に顔を乗せて、その整った顔ににぱにぱと擬音がつきそうな笑みを浮かべて言った。



「僕はヘヴン。さっきの僕に似た女の子はヘル。双子なんだ。ここは冒険者ギルドの……なに?事務室?でいいのかな?まあいいや。君、さっき倒れちゃったの覚えてる?」



ああ、倒れてしまったのか。



ぼんやりと覚えているのは、体にまとわりつくような恐怖と最後に視界に映った赤髪の男。



「アルが君を運んでくれたんだよ。あ、きたきた!アル!」



ドアが開くと先程の金髪の女性、ヘルがいて、後ろに続くようにぞろぞろと人が入ってくる。その中には倒れた私を受け止めたであろう赤髪の男がいて、ヘヴンにアル、と呼ばれると片手を上げて答えた。




「……この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」



ベッドのそばを囲む彼らに立ち上がって頭を下げようとするのをヘヴンに押し止められ、私はベッドに座って言った。



「治ったならよかった。俺は何もしてないし、こいつらは俺以上に何もしてない。礼を言うなら……あれ、レディどこ行った。」



アルは赤い髪をかきあげると悪戯っぽく笑い、周りの人達を指して言った。彼らは一様に文句を言い始めるが、アルは気にした様子もなく笑った。かきあげた赤い髪からは黒いインナーカラーが覗いている。



アルが誰かがいないと気づいた時、後ろのドアが静かに開けられた。



「……あ、お水……持ってきた。」



ドアを開けた白い髪の少女は一杯の水を持ってきたようで、私に飲むよう差し出した。



私が水を受け取って飲むと、アルはその少女を私の方へ少し押し出して言った。



「こいつがお前を治療したから、礼はこいつに言うといい。な、レディ。」



レディと呼ばれた少女は、表情の乏しい顔を不思議そうにすると、首を傾げて言った。



「……治ってよかった。でも、私は分からない……どうして体に毒がたまっていたのか。……それも、植物毒だけ……無理には聞かない……でも多分再発する……」



少女がそう言うと、側にいたマリンが少女の頭を撫でながら言った。



「まあ、初対面なわけですから、まずは自己紹介をしましょうか!では私から。受付嬢のマリンと申します。ここ、キタルファ冒険者ギルドのギルド長の娘です。先程も挨拶しましたが、なんでも聞いてくださいね!」



マリンは、内巻きのセミロングにした薄青の髪をふわふわと揺らすと、薄緑の目をくるくると動かして元気に笑って言った。



「僕もさっき挨拶したけど、双子の兄の方、ヘヴンだよ!こっちは妹のヘル。イタズラが大好きなんだ!」



「よろしくね!これでも結構名の知れた冒険者なのよ!」



輝くような金髪にコバルトブルーの目をキラキラと光らせたヘヴンはにぱっと笑って言った。

輝くような金髪をヘヴンより少し長く伸ばしたヘルは、私の手を安心させるようにきゅっと握った。



「気軽にギャリーと呼びな。冒険者だが俺は料理も得意でな、後で美味いもん食わしてやるよ。そうさな、俺は皆のお目付け役ってとこだ。


ギャリーは体格のいい長髪の男性で、デルフトブルーのメッシュの入った濃い青色の髪を三つ編みにし、オールバックにしている。彼は松葉色の目を面白そうに揺らすと、キセルをふかして笑って言った。



「こら、病人の前でタバコを吸うのはやめなさい。吸うなら外で吸ってきな。…俺はジャック。冒険者もしてるが何でも屋もやってたりするな。調薬もできるから、加工してほしいものがあれば言うといいよ。こっちのレディの保護者だ。」



緑の髪に金と銀のメッシュを入れたジャックは、ピエロのようなメイクをしている。紫色の瞳は黒いアイラインに縁取られ、頬にはピンクと赤でフェイスペイントをしている。



「レディ……です。よろしく……」



ピンク色のカチューシャをつけた白い髪の少女は、名乗ると恥ずかしそうにジャックの背中に隠れてしまった。私と同じくらいの年か、少し年下にみえる。少女は薄紅色の瞳をジャックの背中から覗かせている。



「アルだ。一度にたくさんの名前を言われても混乱するだろう。ただ、俺らはお前に危害を加えるつもりはないとだけ覚えていてくれたらいい。」



アルは琥珀色の目を優しそうに細めると、私を安心させるように笑った。



その優しそうな眼差しに、私は陽だまりの中にいるような気分になって、幾分か緊張がほぐれた。胸の奥にちり、と暖炉の火に触れたような暖かさが広がる。



「あ……私は…ライラ、です。今日から、冒険者になりました。助けてくれて、あ、……ありがとうございます。」



アルはふわりと笑うと、私の頭にそっと手を置いた。



「見た感じそんなに年いってねえだろ。何か困ったことがあれば言えよ?……いや、何かなくても話に来い。」



頭をそっと撫でられるとどこか恥ずかしいような気分になって、頭のなかで血が巡るドクン、ドクンという音がやけに大きく響く。



「ああ、それで、レディは聞きたいことがあるんだったか。」



アルはそう言うと、私の頭を撫でていた手をそっと離した。



私はそれにほっとしたような、けれど少し残念な気持ちになる。



「……そう……ライラ、あなたの体に回っていた毒は、全部植物毒だった。それはなぜ?」



レディは私の目をじっと見て尋ねた。



(……心当たりがないと言えば嘘になる。植物で思いつくのは……私の祝福。でも、私は毒草の効果を強めてはいないし、毒を盛られた時は毒消しの草で解毒しているはずだ。……でも、私の祝福は珍しいものだったはずだ。無闇に口外していいものか。)



私が躊躇っているのに気づくと、レディは

ああ、と納得したように言った。



「あなたのそれに祝福が絡んでいるのはわかっている……だって…それを解毒したのは私の祝福によるものだから…それに、ここにいる人は、みんな祝福を持っている…だから口外することはしない……安心してほしい……私が聞きたいのは、なぜ植物毒なのか……原因と、解決法を探りたいの……」



私は、ここにいる人が皆祝福を持っている、ということを聞くと、驚いて周りの顔を見回した。




ここにいる人間は、みんなタイプの違う美形である。美形は祝福を持っているということなのだろうか?



いやいや、違うだろう!



ただ、彼らに祝福について話すことに抵抗はない。



この人達は信じていいって、……なんかそんな予感がする。



私は、意を決して口を開いた。



「私の祝福は、…〝緑の癒し〟…です。」



私がそう言うと、一同は驚いたように私の顔を見る。



「おいおい、伝説級の祝福じゃねぇか、おとぎ話に載ってるような。」


「工夫次第でどうにも使えるやつだったっけ?本人の力量次第ってやつ!」


「確か、珍しすぎて副作用がよくわかっていないんだったか?」


「ああ、力だけ伝わってるんだろ?強すぎる力ってな。」



男達は興奮したように話しているが、レディは一人黙ってなにか考え込んでいた。



「それで、レディちゃん、何かわかった?」



「……」



「レディ?」



ヘルが返事のないレディを揺すると、レディはハッとしたようにこちらを見た。




「……ライラ。少し聞いてもいい?」



私は少し首を傾げると、うん、と頷いた。



「ライラは……普段、植物を成長させるほかに、薬草とかを育てたり、効果を強くするために祝福を使うよね……?副作用は、なにかわかった……?」



副作用……そういえば、考えていなかったな



「そうですね、普段は薬草を育てたり効果を強くすることが多いです。副作用は……わかりません。」



レディは少し緊張したように息を吸うと、ゆっくりと問いかけた。



「ライラは……日常的に、毒が近くにある、よね……?」



一瞬息が詰まったが、レディは全てわかっているような口ぶりだ。言葉を選ぶように話しているし、治療したのも彼女だと言うから、私の体の傷でどのような扱いを受けているのかわかってしまったのだろう。



「……そうです。」



私が素直に認めたことに、レディは少し驚いたように口を開いたが、すぐに顔を引き締めると言った。



「……多分、そうなった可能性は2つある……一つ目は、毒が体の中で活性化すること……毒消しの薬草は、毒の前に飲むやつが多いでしょう……薬とか、加工した薬草は後から飲むタイプも多いけど……毒消しで一旦消された毒が植物毒だった場合、その毒が祝福の影響で体内で活性化した……かもしれない。それが積もり積もってこうなったのが、一つ目の可能性。」



「二つ目は、……あなたの祝福の可能性。どちらかと言うとこっちの方が信憑性高……いと思う…昔、〝緑の癒し〟は短命が多いって聞いたことがある……植物毒が体にたまっていって、定期的に浄化しないと行けないのかも……」



私は自分の体を見た。



なるほど、自分の体に毒がたまる副作用。


そうだな、小さい頃から乱用してきたものな。



私の体の不調の原因は祝福の副作用だった。

そうわかると、幾分かスッキリとした気持ちになる。



「……副作用、祝福が教えてくれる人もいるけど、教えてもらえない人もいる……大体の祝福の副作用は本にまとめられているから、教えてもらえなくても……ほとんどの人は平気……ただ、ライラの場合は……ちょっと特殊だったみたいだね……」



祝福が教えてくれることもあるのか、

……私の祝福も教えてくれればいいものを



「ありがとうございます、腑に落ちました。」



私がそう言うと、レディはほっとしたように、恥ずかしそうに笑う。



「私の祝福は、〝白い癒し〟……こっちも珍しいけど、副作用はわかっているの……癒しの祝福、おそろい…だね……一緒にいるだけで、大体の毒や呪いは浄化できる……だから、これから……仲良くしてくれると嬉しい……友達が、欲しかったの……」



少しはにかみながら笑うレディ達と話していると、いつのまにか、外の日が傾いてきているのに気がついた。



私ははっとしてベッドから飛び降りた。



「す、すみません!もう帰らなくちゃ……」



私がそう言うと、マリンは慌てて少し大きめの皮袋を持ってくる。



「あっ、これ、魔物の買取のお金です!熊の状態がよかったのでその分上乗せしてあります!皮や爪が欲しければ、安く加工して融通しますよ!」



マリンから受け取った皮袋は、手に持つとずしりと重く、保管に少し困る大きさだった。



「……これ、預けることってできませんか?」



私がそう尋ねると、マリンは笑って言った。



「ギルドカードに保管しておくことができるんです、ほら!」



マリンがギルドカードに皮袋を近づけると、一瞬光って皮袋は消えてしまった。



「あっ!アルさん達、まだ聞きたいことがあったんじゃないですか?」



マリンがアルにそう尋ねると、アルは笑って手を振った。



「いや、忙しそうだしな、また日を改めて聞くとするか。お前、次はいつくる。」



アルの低音は耳を柔らかにくすぐり、その目は優しく私を見つめている。何だかこそばゆい感じが全身をかけめぐると、私は明日来ます、と言った。思ったより声は出なくて、少し掠れたような声になってしまった。



「そうか、ならその時に聞くとする。じゃあ、ライラも急ぐようだし、今日はお開きにしよう。」



かいさーん!とヘヴンとヘルが真っ先に外へ飛び出していく。



ギャリーは少し残念そうで、次来た時に料理を振る舞ってもらう約束をした。



私はみんなに挨拶すると、首から下げたギルドカードを握りしめて帰路についた。




私は少しぽかぽかした気分で帰り道を歩いていた。今日はなんだか色々なことがあったなぁ。初対面なのに、何だかすごく居心地がよかった。それに、アル。なんだか、すごく……



そんなことを考えながら街を歩いていると、急にぽん!と肩を叩かれる。



「うわあっ!!!」



私がそう叫んで後ろを振り向くと、そこには今ちょうど頭に思い浮かべていたアルが、びっくりしたような顔で私の肩に手を置いていた。



「いや、すまん、驚かせたか。送っていこうと思ったんだが、一声かけた方が良かったな。」



いや、多分一声かけていてもびっくりしていた。



「……私のことなんて、気にしなくてもよかったんですよ。か弱い女の子じゃありません。」



自分で言った言葉に傷つきながらそう言うと、アルはふっと笑って言った。



「お前のためじゃねえ、俺がしたいんだよ。」



私はきっと赤くなったであろう顔をローブで隠して、アルの隣を歩いた。



そっとアルをローブから覗くと、その端正な顔が見える。



鮮烈で、どこか色気のある大人の紅い人にドキドキする胸を抑えながら、私はあるを観察し始めた。



余裕のある大人の男の色気を醸し出す、綺麗に筋肉のついた体。端正な顔には笑みをたたえていて、どこか食えない雰囲気がある。野性的な色気にクラリと目がくらむ。


琥珀色の瞳は楽しげに揺れていて、その目はじっとアルを見る私の目を捉えていた。



はっと目を逸らすと、くっくと笑う低い声がする。恥ずかしくて目をふせていると、すぐ近くに王城が見える位置まできてしまった。

ここで別れないと、怪しまれてしまう。



「……あ、ここでいいです。……今日は、本当にありがとうございました。」



アルは私の頭にぽんと手を置いてぐりぐりとすると、にやりと笑って、手を振りながら来た道をもどって言った。



私はその背中が見えなくなるまで見送ると、城壁に空いた穴を通って自室へ戻った。



今後この穴を使うことを考え、穴には人目を誤魔化す魔法をかけた。




私が誰にも見つからずに自室へ戻ると、タイミングを見計らったように夕食を知らせるメイドが来る。



私はその夕食を食べるとベッドに倒れ込み、いつもより深い眠りに落ちていった。




その日の夜は刺客もこず、優しい夜に包まれながら眠った。

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