第9話


「…これ…全部私が食べていいんですか?」



私の目の前のテーブルには、美味しそうな料理が所狭しと並んでいる。



大きなお肉、綺麗に盛り付けられたお魚、みずみずしい果物に、レモンの入った爽やかな水。



今までの生活からは考えられないほどのご馳走に、私はそわそわと体を動かした。



「ええ、そろそろ普通の食事に戻ってもいいかと思って。粥やスープだけでは物足りなかったでしょう。何が好きかわからなかったから色々用意したわ、一緒に食べましょうね」



マリアはそう言うとにっこり笑い、ナイフとフォークを手に取った。



ソレイユはおすすめの料理をあれこれ教えては私に食べさせようとしてくる。



私はその幸せな光景に思わず笑みがこぼれた。




王宮で怪我の手当を受けている時の私の状態は酷く悪く、怪我が治っても栄養失調でいつ死んでもおかしくないと言われてしまった。



大層青くなったマリアとソレイユは、私に栄養をたっぷりとる事を厳命し、私の栄養管理にとりくんだ。



それからは栄養たっぷりの薬膳スープやお粥でお腹を慣らしていって、何週間かたった今日、久しぶりにご飯らしいご飯を食べることになったのだ。



薬膳スープやお粥はとても美味しくて、別にずっとそれでもよかったのだが、目の前の豪華なご飯を見ているとやはり胸が高鳴る。



「…いただきます」



おそるおそる、ソレイユが進めるお肉にナイフを入れて器用に切り分けて口に運ぶ。脂がじゅわ〜と口の中に広がるけれど、くどくなく口当たりがさっぱりしている。爽やかなレモン風味のソースのおかげだろうか。



こっちのお魚は白身魚のムニエル。バターの香りがふわりと鼻をぬけ、淡白な白身魚を濃厚な味わいにしている。



前世でもお馴染みの赤い果物は酸味が強い品種のようで、甘酸っぱくさわやかだった。


この品種は本来アップルパイによく使われるようだったが、ソレイユはこの酸味が強いものを生で食べるのが好きらしい。



「今度はアップルパイを出そう。王宮の料理人達は腕がいい、いつも美味しいスイーツを出してくるんだ。」



そう言って笑うソレイユ達と和やかに談笑する昼食は、今まで食べたどのご飯より美味しかった。





しばらく談笑すると、ソレイユとマリアは仕事に戻ってしまった。仕事はやはり忙しいらしい。無理やり時間を作ってきているようで、私にそんな素振りを見せることは無いが、少し申し訳なく感じる。



傷が完全にふさがっていない私が外に出ることは許可されていない。

ずっと部屋にいる間、私は部屋にある本も隅から隅まで読み終えてしまった。最近はバングルにしまってある剣を、傷が開かない程度に鍛錬することもある。



私は1人きりになった部屋のソファに座ると、短くなった髪をくるくると手で弄んだ。



視界の隅に映る鏡に私の姿が映っている。以前に比べると栄養状態もよく、ふっくらとし始めていた。ボサボサだった髪はここに来てから綺麗にカットされた。肩で切られた髪はサラサラとしていて、王宮のシャンプーは質が良いものだ、と感心する。



ソレイユの髪はスッキリと耳あたりも刈られているが、私の髪は結べるほどに伸ばしてもらっている。いくら外見が男になったとしても、私は女だ。……私の少しの意地だ。




私は鏡から目を外すとゆっくりとソファに寝転んだ。腕を目の前にあげると、白く細い腕が目に入る。私は数週間の間、剣を振ったり筋トレしたりしていた。



女になれないならいっそ、鍛えて鍛えて筋肉をつけ、一発で男とわかる見た目になろう。そしてすっぱりと諦めて、王子様になろうと思っていた。



まあ全くつかない。



やり方が悪いのかと思ったが、引き締まった筋肉がついた感じはするので、……そういう体質なのだろう。



こんなことだから、私はお姫様になりたいという夢を捨てきれずにいる。



私は寝転んでいた体を起こして、窓辺の机に近づいた。机には、マリアの好きなクッキーが置いてある。今日、マリアが仕事に行く前に私にくれたものだ。



「ああ、優しいな」



優しい。あの人達はこんな私をとても大事にしてくれる。だからこそ、



「……いつ、でていこう」



窓を開けると美しい緑が目に入る。私は手を前に出すと、いつもの様に祝福を唱えた。



目を閉じで植物に集中すると、小さなざわめきがだんだんと大きくなり、瞼にある部屋が映し出される。



そこは人の出入りが激しく、マリアとソレイユは山のような書類を片付けながら人々に指示を出していた。やはり、忙しそうだ。昼食を一緒に取るべきではなかったのかもしれない。



私は息をつくと閉じていた目を開き、腕を下ろした。



私が襲われたという情報は既に出回っている。私が離宮でメイド達から暴行を受けていたということも。そのせいでマリア達の仕事は増え、迷惑をかけている。



ただでさえ人と違うのに、私が〝緑の癒し〟を持っているせいで後継者争いが起きるかもしれない、なんて言われているらしい。



私は祝福を使うのが上手い。すぐに使いこなせるようになった。植物に意識を合わせると、近くの場所ならその情報を伝えてくれたり、触れていない遠くに植えられた種も成長させられる、なんて芸当もできる。



そのおかげで色々なことを知った。


ソレイユの地位を脅かすから私を殺すべきだという意見が上がっていることも、マリア達がそれを断固として拒否していることも、王ナルシサスは私を殺したがっていることも。



だから私は、そうそうにここを出ることに決めた。早く王位継承権を放棄して、王族から抜けよう。ソレイユはすでに為政者としての才覚を発揮している。揺らがすことはしたくない。



王族から抜けてどうやって生活しよう、と考えいろいろと調べてみると、ひとつの職業を見つけた。



それは、冒険者。



この世界には魔物がいる。



その魔物を討伐したり、魔物の住む森を通る商会の護衛をして、民を魔物から守るのが冒険者。

他の依頼もたくさんあるらしい。



それに何より、冒険者ギルドでは身分証明書代わりのカードが発行される。それは達成した依頼や状況を確認するためのものだが、普通の身分証の役割も果たす。



そのため、ゴロツキや訳ありが身分証明目当てに冒険者になることはよくあるらしい。



身分を新しく得るためにも、冒険者が最適だろう。向いていなかったら、身分証だけ貰ってほかで働けばいい。




私は冒険者になることを決意すると、近くに束にしておいてある薬草をつかんだ。



祝福で毒消しの効果を高め、葉を噛みちぎって飲み込む。そして、机に置いてあった水差しの水をグラスに注いで飲んだ。





あ、やっぱり毒入ってた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る