第8話


マリアは本当に真実だけを話しているようだった。



2人の話は荒唐無稽だったが、理路整然としてとても分かりやすかった。



要するに、仕事のできない王の代わりに毎日必死で働いていて、私の様子がおかしいことに気づかず、私の報告はどこかで握りつぶされていた可能性があると……、



「……仕方ないことです。私はあなたがたを恨んでなんかいません。謝ることはなにひとつありません。」



マリアの薄紅色の目をしっかりと見つめながらそう言うと、マリアとソレイユは感極まったように目を潤ませた。



「ッ……ごめんなさい、まだ小さいあなたに気を使わせてしまって……これからは王宮に移って私達と共に暮らすことになります。」



ソレイユは私の手をぎゅっと握りしめて言った。



「王宮も絶対に安全とは言えない。心無いことを言ってくる輩も、……体を傷つけようとしてくる輩もたくさんいるだろう。絶対とは約束できない。ただ、私達は全力で君を守ります。それだけは約束します。」




絶対に守る と言わず、全力で守る と言うソレイユは、とても誠実で優しい人だと感じた。




この人達なら、信じてもいいのかもしれない。




私は、ふと疑問に思ったことをマリアに尋ねた。



「…一つ、聞きたいのですが…現王はそんなに仕事が出来ないのですか?」



恐らく目の前に座るソレイユは12歳ごろだろう。5年前は7歳ということになる。



そんな年頃の子をいくら天才といえど、フル稼働させて働かせないといけない程に現場は混乱していたのだろうか。



マリアはため息をつくと、額に手を当て苦々しい顔でいった。



「…歴史に残るほどの愚図です。やる気は人一倍無い怠け者のくせに、人を貶めたり甚振ることには全力を尽くす。自分の欲望のまま動くような奴です、あれは。」



ひくひくと口の端を引き攣らせながらマリアは怒りを抑えきれないようで言葉を続ける。



「あれは学生時代、幼い頃からの婚約者がいたにも関わらず、当時伯爵令嬢だった私を正妃にしようとしてきた程の外道です。力の弱い伯爵家が王家に逆らえるはずもありませんでした、ええ。ソフィア様には随分と可愛がっていただいたのに、恩を仇で返す様なことをしてしまって……」



「当時は大混乱でした。許可されるはずがな いと思っていましたが、……先王陛下は現王ナルシサスに大変甘く…そんな荒唐無稽な話が通ってしまったのです。しかし、ソフィア様はすでに王家が無視できないほどの才覚をお持ちでした。ですから、ソフィア様とも継続して婚約を続けておられ……。本当に阿呆かと…」




あれから休む暇なんてありませんでした、特にソフィア様がお亡くなりになられてからは、と遠い目をして言ったマリアからは、ひどく哀愁が漂っていた。



「……さて、他になにか聞きたいことはありますか?ないのなら私からも質問があります。」



ない、と首を振るとマリアは私の目をじっと見て言った。



「……あなたは、祝福のことについてどのくらい知っていますか」



「…あまり、よく知りません。人から聞いた話では、たまに持って産まれる人がいて、呪文によって発動するとか。あと、使うと副作用があらわれるとか。」



私が知っている数少ない祝福についての情報を答えると、マリアとソレイユは出来の悪い子を見つけたように顔を見合わせた。



ソレイユは私の前に手を差し出すと、無言で手のひらを上に向けて集中し始めた。



何だか周りが少し冷たくなった気がして辺りを見回すと、ソレイユが「こっち」とうっすら笑って言った。



ソレイユの手のひらをよく見ると、その数センチほど上に水の渦が出来ている。

驚いて顔を上げると、いたずらっぽく笑うソレイユと目が合った。



ソレイユがパッと手を振ると、そこにあったはずの水は跡形もなく消え去った。



「祝福が呪文で発動するのは知ってるかな。ただね、本当は呪文がなくても発動はできる。こんなふうに少しだけならね。だから祝福に慣れていない子供は無詠唱で発動することがあるんだ。ただ、呪文があって初めて祝福は本来の力を発揮する。私の〝水簾〟だと、洪水のような水を起こしたりできる。君の〝緑の癒し〟なら、植物を急激に成長させるだけでなく、枯れさせたり力を強めたりもできる。」



あれ、今なんて。




「……どうして私の祝福を……」




つぶやくようにそう言うと、ソレイユはきまり悪そうに頭をかいた。



「君が寝てる間、無意識なのか知らないけど、力を使ったところを見てしまったんだ。ほら、そこに。」



ソレイユが指をさす方には、立派に花を咲かせる木の枝があった。



「そう、だから力の使い方を誤らないように教えておこうと思って。」



そう言うと、ソレイユは優しく微笑んで自分の胸に手を当てた。



「〈声〉を聞くんだ。耳を澄ませると、それは祝福を教えてくれる。」



私は目を瞑って、静かに心を落ち着かせた。




静かに……耳を澄ませて……




そうすると、どこからか何かの〈声〉が聞こえてくる。それは音の洪水のような、唄のような不思議なもので、たくさんの音が混じりあっているような気もしたが、それがとても心地よかった。




《 大地は唄い 空は叫び 風は奏で 海は嘆く その光は血潮なり 生命は共鳴せり 我と共にあり 》




ぼんやりした音の波がだんだんと輪郭を作っていくがわかる。不思議と私の口は勝手に開いていて、その唇は呪文を紡いでいる。




『大地は唄い 空は叫び 風は奏で 海は嘆く その光は血潮なり 生命は共鳴せり 我と共にあり』




呪文を声に乗せると、窓の外の木々はざわざわと揺らめき、そばにあった木の枝はぱあっと光り輝いた。



木の枝は成長しなかったが、その枝についた実や花、葉はみずみずしく色づいていた。



不思議と酩酊しているようになり、心地よい倦怠感に包まれた私は、光る木の枝をぼんやりと眺めた。




「祝福は魂に刻まれている。自分がわからなくなったら、祝福に尋ねるといい。……今日はもう疲れたろう、ゆっくりおやすみ。」



そう言うと、ソレイユとマリアは立ち上がり、部屋から出て行こうと足を踏み出した。



私は咄嗟にソレイユの服の裾を掴んでしまった。



何をしているんだ……これではまるで引き止めているみたいではないか……!!



恥ずかしくなって俯いてしまった私に苦笑すると、ソレイユとマリアは私の頭をゆっくりと撫でた。



「……できれば僕のことは、兄上と呼んで欲しいが、いかがかな」



「あら、ずるいわ。なら、私のこともお母様と呼んで欲しいわ。ソフィア様の代わりにはならないけれど、私だってあなたと仲良くなりたいのよ。」



砕けた口調で私に笑いかける2人はとても優しい声をしていて、とてもこそばゆかった。



2人はそのまま仕事へ行ってしまったが、私は幸せな気持ちのまま眠りについた。



夢も見ないほどぐっすりと眠る私のそばには、未だキラキラと光る木の枝が飾られていた。



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