第4話

真夜中、ギラギラとした豪華な部屋で、ひとりの男が不遜な態度でソファに腰かけている。




金髪に緑目をした男は、不機嫌そうに手に持ったワインをかたむけ、ぐいと乱暴に飲み干した。



凛々しく端正な顔立ちをしているが幾分か幼い顔に、歪んだ笑みを浮かべ、金髪の男は傍にたっている侍従に声をかけた。




「忌み子の様子はどうだ」



「……もう歩けるようになっております。メイドが話す言葉も大分理解しておられるようで……」



「わかっているな。あれは忌み子だ。余計なことはするなよ。」



「承知しております……陛下」




侍従の返事に満足そうに頷くと、陛下と呼ばれた男はメイドにワインをつがせながら、機嫌よく鼻歌を歌い始めた。




侍従はそっと部屋を立ち去ると、長い廊下を重い足取りで歩き始める。



「……可哀想に」



侍従は、忌み子と呼ばれた王子、ライラの様子を見に行った時のことを思い出した。



──────────

彼の部屋は離宮の端っこに位置している。



掃除の行き届いていない埃っぽい廊下を、眉をひそめながら歩いて行くと、侍従はある違和感に気づいた。



「……人がいない」




王子が住む離宮であると言うのに、廊下を進む事に埃は積もっていき、窓は曇り、メイドの姿も見えなくなっていく。




王子の部屋に辿り着くと、中から誰かの声が聞こえ、侍従はドアの隙間からこっそりと中を覗いた。




「……きずぐすりのつくりかた。スズイソウのはをよくあらってほします。ほしたはをすりばちですって、スズイソウのはなといっしょにきずぐちにぬります。きりきずによくききます。」




部屋の中では、1人の男の子が床に座って本を読んでいた。舌っ足らずな声で、驚くほど流暢に喋っている。




侍従はそのお喋りに驚いたが、彼の顔を見て息を飲んだ。




「えっと……だぼくのくすりはどこかなぁ。やけどのおくすりは、……こおりがひつようなのか……だめだなあ」




彼の顔は誰かに殴られたのか赤と紫に腫れ上がり、擦り切れた服から覗く肩には痛々しい火傷が出来ている。




( 王妃様は……このことをご存知で放って置かれているのであろうか……いや、)




侍従はすぐにその考えを頭から消す。




王妃は人一倍忙しい。王子のことを気にしてはいるが、生まれてから顔を見に行く暇がないほど忙しい。第一王子も同様。こんな嫌がらせをするのは……暇な王しかいない。




かくいう侍従も、王のわがままに振り回され、毎日が忙しく王子の様子を見るのは初めてだった。




侍従は彼の痛々しい様子を黙って見ていることが出来ず、思わずドアを開けて中へ入っていった。




驚いたように顔を上げた王子は、近くで見るいっそうひどい様子をしていた。



幼児らしいふっくらとした頬は赤黒く腫れており、腕や足は皮と骨でガリガリである。


そして、彼の金色の瞳は、1歳にして全てを諦めたような凪いだ目をしていた。



侍従は、黙って王子のそばに腰をかがめると、王子の服を脱がせ始めた。



抵抗せずされるがままの王子の体は、怪我をしていない箇所がないほど傷で埋め尽くされていた。侍従は目を覆いたくなるほどの傷を、ひとつひとつ手当していった。



「……どうせ、またけがをするので、いみがありません。」



王子は侍従に向かって言ったが、侍従は手を止めることは無かった。



傷の手当がひと通り終わると、侍従は彼の目を見つめた。キラキラと光る金色の目は、相変わらず諦めたような目をしていた。



「でも、うれしかった。……ありがとう、ございます」



侍従はポケットを探り、ひとつのチョコレートを取りだした。そのチョコレートを王子の口にむぎゅと放り込むと、侍従は言った。



「……私は、……あなたに何もしてあげられない。陛下の侍従だから。……戻ったら王妃に手紙を書きます。少しは改善するでしょう……何も無ければ。すみません……」



王子はきょとんとして口に放り込まれたチョコレートを噛んだ。



「……はじめてたべました。ひさしぶりのごはんです。」



侍従がもっと痛ましそうな顔をすると、王子は笑って言った。



「あなたがしんぱいしてくれるのが、わたしはうれしい。それに……おんなじようなことをいわれました。ずっとむかし。」



はやくもどらないと。そろそろメイドがきます。



王子はそう言うと、侍従に戻るよう促した。


王子は最後まで、弱音を口にしなかった。


──────────


王子と会ってから、1ヶ月が経つ。あれから王妃や第一王子に幾度となく手紙を送ったが、どうやらどこかで握りつぶされているようで音沙汰がない。このままでは死んでしまう。



侍従はそう考えながら自室へと向かった。



侍従の自室には湯気のたっている紅茶が置かれてあり、侍従が戻ってくるのに合わせてメイドが入れたものだとわかる。



侍従はそれを一息に飲み干した。



侍従は眠るように床に倒れ込み、二度と目覚めることは無かった。






王は愚鈍で政治に向いていなかったが、人の足を引っ張り、弱いものに嫌がらせをすることに置いては右に出る者がいなかった。




王子は次の日、洗濯婦の噂話によって侍従が死んだことを知った。



王子は、窓辺に咲いた花の中でいっとう綺麗に咲いた花に侍従を思い浮かべ、祈りを捧げた。



窓辺の花に小さな雫がぽたぽたと落ちていたのは、誰も知らなかった。


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