第3話



「金髪に緑の目しか生まれない王家。そこから生まれた黒髪に金色の目の子供。……端的に言えば、あなたは迫害される寸前です。」




王家の色は特別ですから……貴族にとってですけど、とサラは力なく呟く。



「……一貴族でしかない私は、あなたになにも、何もしてあげられない……本当に、私は無力でしかない……」



俯いてぎゅっと手をにぎりしめるサラの目から、ぱたぱたと涙がこぼれ落ちる。




「ソフィア様は、あなたを産んですぐにお隠れになられました。……あなたはソフィア様にお顔立ちがよく似ていらっしゃるけれど、きっとあの方よりもっと素敵な人になる。だから、だからっ…………負けないでください。」




目を傷つけそうな勢いでごしごしと擦り、私の目を凛とした顔で見つめるサラの手は震えていた。



「……ソフィア様は、殿下に4つ、贈り物を残されています。」



サラはゴソゴソと懐を探し、美しい金色のバングルを手に取る。



1つ目、と彼女は私の手にそれをかけた。



「バングルです。ソフィア様が1番好きだったコルチカムの花のバングル。最後の日も、これを付けていました。魔法がかけられていて、体に合わせて小さくなったりします。あなたしか取り外しできませんから、安心してください。」



2つ目、と彼女はどこからか取りだした銀と紅で装飾された短剣を私の手に握らせた。重い。赤子の私にはとても重い。



サラもそれに気づいたのか、慌てて私から取り返す。



「ソフィア様がよく使っていたもの……なんですけど……これは、どうしましょう……えっと、机の隠しだなに置いておきます。」



少し微妙な空気が流れたが、気を取り直して3つ目の贈り物を待つ。



「3つ目は、あなたのもうひとつの力について。これは、ここぞという時に使ってください。」

そう言うと、彼女は私の目の端を拭うようにをそっと撫ぜた。




「ソフィア様は祝福を持っておりました。名は 〝交換〟 強い力を相手に与えることの出来る能力です。副作用は……命を引き換えにすること。」



サラはそこで大きく息を吸った。



「ソフィア様は殿下を産んだ後、もう長くないことを悟ったそうです。殿下のこれからを憂いておられました。せめて、これからに役立つように、と交換を行い、殿下に〝魔眼〟を与えました。使い方は……殿下ならその時がくればわかる、と。非常に強い力です。〝緑の癒し〟なんて比にならないくらい強い、伝説のような力。悪用されませんように。」




サラは、私の目を真っ直ぐに見つめると言った。



「殿下に話しかけていると、あなたがまだ1歳にもなっていない生まれたての赤ちゃんであることを忘れてしまいそうになります。……きっと、私の話していること、全部理解しているんでしょうね。」




4つ目は、あなたの名前です。




「ライラ様。あなたのお名前は、ライラ。

殿下、忘れないでください。ソフィア様は、あなたを愛しておられました。もちろん、私も。」



月の光が差し込む部屋で、サラはゆっくりと言った。




「その夜のような黒髪も、月や星のきらめきのような瞳も、全て美しい。愛しております。ライラ様。」




サラはしばらく私を抱きしめると、ゆっくりと歩き始めた。




「……そろそろ行かなくては。大丈夫です、王妃様はソフィア様と仲のいい方でした。第一王子殿下も素晴らしい方です。きっと、あなたを守ってくださいます。」




キタルファの星、第2王子殿下。




「それでは、またいつか。……ありがとうございました。」




サラはゆっくりと私の額に口付け、ベッドに下ろすと、名残惜しそうに振り返りながらドアの向こうへ消えていった。



私は、呆然としながら手に嵌められたバングル

を撫ぜた。




第2王子殿下?第2、王子?



私は、お姫様じゃ……ない?



私、男になった?ちょっと待って、確かに男を倒せるくらい格闘技は強かった。ただ、私の心は、今も昔も乙女のまま!!



恋愛対象は、男でしかないが!!??



というか、私の名前、ライラって言うんだ……初めて知った……………………



…………いや、女の子じゃん…………




男だと、お姫様になれない……





私は一睡も出来ないまま、夜は更けていった。




いつの間にか、窓からは朝日が差し込んでいる。




そういえば私は、この世界でサラしか見たことがない。私のお世話は誰がしてくれるのだろうか。



ゴンゴン




乱暴にノックの音がなると、ドアががちゃりと雑にあけられる。



メイド服を着た女がずかずかと入ってくると、汚いものを触るように私の服をぬがせたり、窓を開けたりする。




「あぁ!イライラする!なんで私が第2王子の世話なんかしないといけないのよ!!王族のくせに黒髪?冗談じゃないわ!化け物みたいな金色の目!!あぁ、汚らわしい!」



なるほど、こういう扱いを受けるのか。



これは早く動けるようにならないと……キツイ。というか痛い。服が擦れる……




メイド服の女はひと通り私の世話を終えると、虫を見るような目で私のことをじろりと睨む。




「あんたは王族といえども欠陥品。第一王子のスペアよ。覚えておきなさい!!」



そう言うと、またずかずかと部屋からでて、乱暴にドアを閉めて行った。




ふーん。まあ、前世とそう変わらないか。


住む場所があるだけましかな。


扱いがどこまで酷くなるのか…不安だけど。




腕に嵌められた金色のバングルを小さな手で引っ掻き、私は少しでも早く歩けるように思考をめぐらせ始めた。

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