V ~requiem~(original edit)
ひざのうらはやお/新津意次
Introitus
空虚に澄んだ蒼に罅が走ったかと思うと、辺りは急に真っ暗になった。
隣にいた君は僕の手を振り払って前に駆け出す。
なんとなく胸騒ぎがした。
頭上。
ぽっかりと空いた青空の真ん中に、巨大な光の球があった。
生身の身体で初めて浴びた、太陽の光。
全身が火で炙られたようにじくじくと痛む。声をあげそうになりながら、僕は君を追う。
「だめ」
君は。
僕の贈った紅のワンピースを脱ぎ捨て。
寂しげに笑った。
「逃げて。みんなと一緒に」
銀色に、鈍く輝く剣を掲げ。
黒い鎧を纏った君が宙に舞う。
甲高い咆哮。
分厚い鉛板とコンクリートを、たった一発の火炎弾で吹き飛ばした覇者が大地に降り立とうとしている。神々しく輝く白い鱗と、透けるほどに薄い翼は、まるで本当にこの世界を支配しているかのようだ。
黒い蝙蝠のような翼を伸ばし、君は鈍色の刃を振るう。甲高い金属音と、地面に突き刺さる剣を見て、僕はああと声を漏らした。
僕は——
左の腕と翼を抉られ、茶色の鱗に覆われた少女は墜落を始める。
駄目だ。
僕はもう——
引き抜いた剣は、僕の腕よりずっと長いはずなのに、しっかりと身体に馴染んだ。
こういうときの為に、人工筋肉は存在する。
角膜に現れる大量のアラートを突き破り、人工筋肉が腕を突き破って剣を放り投げた。
鈍い痛みが右腕を覆った。
かーん。
絶望的な金属音が、耳を貫いた。
天空の覇者は飛翔を始め、炎を吐き、爪を振り下ろして街を破壊していく。
僕らに興味はなくなったらしい。
「だめだって、逃げなきゃ」
君は儚げに笑った。
はれぼったい一重まぶたがゆっくり、力なく閉じられた。
それっきり、君は、二度と帰ってこなかった。
泣かなかった。
泣けなかった。
足下に落ちた、君の抜け殻を拾った。ただの布切れになったそれは、まだ君の温もりが残っている。とても肌触りがよくて、どこか味気なくて、そしてなぜか血の臭いがした。
動かなくなった君を抱き寄せ、僕は弔いのキスをした。柔らかい血の臭いが、口を満たした。右腕の痛みはいつの間にかなくなっている。
そうして僕は、いつの間にかこの身体になっていたのだ。
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