50歳ニート親父、自転車でお遍路する!

けたじぃ

四国上陸

 21時20分、フェリーの中に下船準備を促すアナウンスが流れる。どうやら徳島港に到着したようだ。


 寝っ転がっていた体をよっこらしょと言いながら起こす。最近は体を動かす時に、ついつい一緒に言葉が出てしまう。50を過ぎて年をとったことを実感するのは、こういった所からだ。


 車利用者は車両甲板へ降りる階段方向へ、徒歩の利用客は下船口に向かっている。自転車と乗り込んだ僕も、車利用者同様、車両甲板へ降りる階段へ向かった。狭い階段を降り、ずらりと並んだ車の間を縫って、車両甲板前方に停めてある自転車の所へ。自転車はフェリー運行中は倒れないように、壁に立てかけた状態で、ロープを使って手すりにくくりつけられている。このフェリーに乗っている自転車は、僕の一台だけで、ポツンと寂しくたたずむ。


 約1ヶ月を予定する遍路旅の相棒は、90年代に作られた古いツーリング自転車。5年ほど前にリサイクルショップで手に入れ、自身で旅用に色々とカスタムした。3年前には200日ほどかけて、日本を一緒に廻った相棒だ。その時と少しパーツは変わってはいるが、今回もテントや自炊用具、着替えにパソコンなど荷物満載である。ハンドルの前、前輪の左右、後輪の左右、リアキャリア、それぞれに防水バックを取り付けている。荷物の重量は合計で30kgほど。生活用品が全部積んであるので、動く家と考えれば軽いものだろう。


 自転車のところで待っていると、係員がやってきてロープを外してくれる。その様子をぼんやりと見ていると、フェリー前面の扉が開き始めた。外の光が少しずつ差し込んでくるこの瞬間が好きだ。新しい世界への扉が開く、そんな気がするのである。


 車両甲板からの下船はまず車から始まり、オートバイ、自転車と続く。自転車は一番最後なので、ゆっくりと準備をしながら待つことにする。まずはヘルメットをかぶり、グローブをはめ、ダイナモライトをセット。自転車のフレームにまたがる。ママチャリと違い、スポーツ自転車は基本的にサドルの位置を高くしている。これは足が長いと見栄を張っている訳では無く、効率よくペダルを回すための設定。サドルに座った状態だと足がつかないので、サドルの前でフレームをまたぐ状態で立つのである。


 前後に自転車を揺らすように動かしながら、ブレーキの効きをチェックする。フェリーに乗るまでに、すでに100kmほど走っているので、自転車に問題が無いのはわかっているのだが、儀式みたいなものだ。

 

 係員の指示に従い順番に車が下船していく。車がいなくなれば、次はオートバイだ。今か今かと待ちわびていたオートバイ乗りたちは、少しサービス過剰気味にアクセルをふかした後、走り始める。出口に近いオートバイから順番に降りていき、最後の一台も降りていった。


 車両甲板には、数人の係員と僕のみになる。ガランとした空間。さぁ、いよいよ出発だ、ペダルを踏みこみ、その反動でお尻をサドルに乗せる。ふらつきながらも進み始める自転車。荷物満載の自転車は、走り始めのバランスをとるのがやっかいだ。しっかりとペダルを踏み、ハンドルを押さえつけるように前に重心をかけふらつかないようにする。スピードに乗るとやっと自転車は安定する。ポコポコと飛び出た滑り止めに注意しつつ、スロープを降っていく。ついに自転車お遍路始まりの地、徳島に降り立った。


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 朝7時、自宅のある奈良県大和郡山市を出発した。サイクリングロードを利用して南下。御所市からはちょっとした峠を越えて五条市を通り、紀ノ川沿いのサイクリングロードへ。サイクリングロードの始まる橋本市から和歌山港フェリー乗り場までは、基本的に下りとなる。厳しい上り坂がないというのは、自転車乗りにとっては幸せなことである。しかも車のこないサイクリングロードなので、非常に快適。


 途中、道の駅で休憩。この道の駅は高野山への入り口に立地する。お遍路としては、四国に渡る前に高野山にお参りして向かうのが正式という話もある。四国に渡る前に、弘法大師に挨拶していけということだろう。しかし、弘法大師の眠る高野山奥之院の地は、標高800mほどの場所にある。3年前には日本一周したとはいえ、その後だらだらと3年過ごし、ブクブク太った50歳のニート親父には厳しい坂道である。そんな所にいきなり行ったとしたら膝を痛めて、四国に渡る前に旅の終了となるかもしれない。実際に四国へ渡る前に、高野山を訪れる人は少ないようだし、僕もパスすることにした。


 高野山へは四国を回り終えた後に寄ることにしよう。その頃には脚力も心肺機能も、鍛えられていることだろう。旅のクライマックスに、標高800mの高野山にチャレンジ。物語としてはこれのほうが良い、なんて考えながら。


 自宅から和歌山港までの距離は、100kmほど。自転車で100kmを走るというと、一般の人は驚くのだが、自転車乗りとしてはそれほどの距離ではない。しかもこの道は何度も走っている道なので、ペース配分もわかっている。スピードをそれほど出す訳でも無く、昼食や休憩を取りつつ、約10時間ほどかけて和歌山港のフェリー乗り場に到着。フェリーが港に来るまでは、フェリーターミナルでガイドブックなどを読み、これからの旅へ思いをはせながら時間を潰した。


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 本日の宿泊予定場所は、徳島港フェリーターミナルからは10kmほど先にあるので、もう少し走らなければならない。フェリーで畳に寝っ転がってゆっくりしていたので、体は休まっているはずなのだが、脚は少し重い。


 走り出すと思っていたよりも寒く感じる。夜の9時も過ぎればそれなりに寒くて当然か。9月までは残暑残暑であれだけ暑かったのに、10月に入ると一気に空気が変わったように感じる。日中の気温は走るのにもちょうど良いのだが、夜になると寒い。自転車を一度停めて、日中は着る必要が無かったウインドブレーカーをフロントバッグから取り出し、着ることにした。


 川沿いの道から徳島の中心地であろう、飲み屋がたくさんある場所に来た。一次会を終えたばかりの、酔っ払った大学生たちが道路脇にたむろしている。この後もう一軒と盛り上がっているようだ。道をふさぐ形になっているので、邪魔だなと思いながら避けて走る。荷物満載の自転車が、自分たちのギリギリ横を通り過ぎるのを見て、大学生が何か言っている。向こうからしても邪魔なのかもしれない。異邦人はこちらなのだ。


 わざわざ酔っ払いの多い場所に来たのは、目的があったからだ。地元では中華そばと呼ばれる、徳島ラーメンを食べたかった。旅の楽しみの一つはご当地グルメ。目星をつけていた徳島ラーメンの有名店に近づくと行列が見える。飲んだ後の〆にラーメンという人も多いのか。行列を見ただけで、その店に行くことは諦めた。食事をするのに並ぶというのは、選択肢にはない。


 少し離れたもう一軒の有名店は、営業時間を過ぎていた。徳島に来たのに、徳島ラーメンが食べられないなんて。宿泊場所まで徳島ラーメンが食べられる店を探しながら走る。辺りをキョロキョロとうかがいながら、ゆっくりと夜の道を走る。我ながら不審者かもしれない。そんなことを思っているうちに、宿泊場所に到着してしまった。


 本日の宿泊はネットカフェ。自転車日本一周する人たちからは、"実家"と呼ばれ愛されている大手チェーン店である。この旅は基本テント泊なのだが、さすがに都市部の公園などで、テントを張る勇気はない。そこでネットカフェである。ネットカフェというと、ネカフェ難民といった言葉が流行したことから、マイナスイメージをいだく方も多いかもしれない。しかし、貧乏旅をするものにとっては、最高の宿である。


 最低限ではあるがプライバシーの確保されたスペース、手足を伸ばせるフラットシート、ドリンク飲み放題、ソフトクリーム食べ放題、朝6時を過ぎると無料の朝食が提供される。もちろんパソコンもあるし、漫画・雑誌も読み放題。夜8時間の利用なら2,000円かからずに利用できる。ゲストハウスのような他人との交流もないので、一人でいることが好きな人間にとってはパラダイスだ。


 ネットカフェ利用で唯一不安なのが、駐輪しておく自転車。意外とネットカフェは夜間出入りする人が多いので、荷物満載の自転車は人目につきやすい。盗難やいたずらの可能性があるわけだ。ネットカフェに持ち込んでいる荷物は、フロントバッグとパソコンを入れているサイドバッグ一つで、残りの荷物は自転車につけたまま。もちろん鍵をかけ、自転車を覆うようにカバーをしているが、いたずらされるかもしれない。朝、自転車と再会するまでは、安心は出来ない。ただ、大都市部に比べて四国はどの県も治安は悪くないので、少しは安心しているのだが。


 ネットカフェでは、食事をしてブログを書いた。徳島ラーメンはメニューに無かったので、食べたのはカツ丼。ブログは日本一周時にも書いており、今回も毎日ブログを書いてアップしていく。毎日毎日ブログを書くのは大変だが、その日を振り返ることが出来るので、この時間は重要だ。


 この日の走行距離は120kmほど。荷物満載の自転車で走る距離としては、頑張ったほうだ。観光要素なしでただ走るだけだったから、これだけ走れたのだろう。過去の経験から、色々な場所に立ち寄るなら、1日の走行距離は80kmほどまでが良いと考えている。これ以上になると、走っているばかりの印象になるのである。明日からはお寺に立ち寄りながらだから、もう少しゆったりとした旅になるだろう。


 寝転んでウォークマンを聴いていると、すぐに眠ってしまった。

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