第一章 雪春と美空と彩花兄妹

第1話 父親失踪

 その日の三時頃はみるみる青空に真っ黒な雲が立ち込め春の嵐を予感させる空模様になった。


「早く帰ろうよ、お兄ちゃん」

「コホッコホッ。にいにぃ、お空にカミナリがやって来るよぉ」

 

 春休みに入り文化部の僕は部活も無くて一個下の妹の美空みそらともうすぐ小学二年生になる彩花あやかと商店街に買い物に来ていた。

 下の妹の彩花あやかは軽めの喘息持ちで天気の急激な変化に弱い。体が気圧に反応して咳が出ることがあった。


「大丈夫か? 彩花あやか

「うん……」

「お兄ちゃん、急ごう」

「そうだな、急ごう。美空みそら彩花あやかをおぶるから荷物頼むよ」

「分かった」


 僕はお肉屋さんで買ったコロッケの入った紙袋と八百屋さんで買ったキャベツや人参の入ったビニール袋を美空に渡して、彩花あやかを背中におぶる。


にいにぃ、猫さんがいる」

「猫?」


 彩花あやかに言われて周りを見渡したが猫の姿は無い。路地裏にでも隠れたのかとこの時の僕はあまり気にはしていなかった。

 だって雨が降ってきたら彩花と美空が濡れてしまう。

 僕の妹達に風邪などひかせたくない。


 彩花をおんぶした僕と美空は小走りに家路に急いだ。



    ◇◆◇



 築年数50年のアパートの僕等の家に辿り着いた数秒後に雷が轟き、滝の様な土砂降りの雨が降ってきた。

 地面に叩きつける雨は瞬く間に道の色を変え、ザァーザァーと音を立てている。

 僕たちは二階に続く階段をトントントンとリズムよく駆け上がりアパートの真ん中らへんの住居の鍵を美空が開け部屋の中に滑り込んだ。

 

「ふぅー。危なかったな」

「間一髪だったね」

「兄にぃ、姉たん、雨すごいね」

「ああ、雨すごいな」

「うん、すごいね」

 僕の背中からは少し眠そうな彩花の声がした。彩花はおんぶがまだ大好きな甘えん坊だ。きっと僕の背中で心地良くなって眠たくなったのだろう。


 彩花をソファに下ろすとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。

 美空が彩花に毛布をかけてから、買い物袋の中身を冷蔵庫や決まった場所にしまう。


 僕はお風呂掃除をして後は春休みの課題に取り組んだ。

 新学期からは美空が中学二年生になり僕は中学三年生になって受験生だ。


 

     ✻


 いつもなら夕飯刻ゆうはんどきには帰って来る父さんが帰って来ない。僕は父さんの携帯電話に何度か電話した。

 電話の無機質なコール音はするが父さんは出ない。

 あれ? おっかしいな。いつもは心配して必ず電話を掛け直してくるのに。


「お父ちゃん遅いねぇ。彩花、お腹減っちゃった」


 昼寝から目覚めた彩花はイルカと犬とウサギのぬいぐるみを並べて遊んでいる。


 父さんは家具の配送トラックの運転手なので電話に出れないこともままあることだった。

 だけど僕は胸騒ぎがしていた。

 妹たちにはざわざわと心に広がる不安がバレないようにわざと冷静に軽めのトーンで告げる。


「父さんはたぶん渋滞にはまってるんだろ。先に晩ご飯を食べちゃおうっか」

 彩花が寝ている間に僕と美空で協力して晩ご飯を作っていた。

 今晩の献立は焼きそばにキャベツとお麩の味噌汁と買って来たコーンクリームコロッケと鶏メンチコロッケだ。コロッケは一個ずつ買ったから菜箸でそれぞれ四つに割って家族の人数分にした。


「ねぇ、お兄ちゃん。父さんをもう少し待たない?」

「やだぁやだぁ。彩花もうお腹が空いたー! 食べたい食べたい!」


 ふふっ。僕は彩花の駄々をこねる姿に笑ってしまう。

 ぐずる彩花は最強だ。

 でも、可愛い。


 僕と美空は父さんの分の晩御飯を皿に取り分けてラップをし冷蔵庫に閉まった。


「さあ、食べようか」

「わーい! いっただきまぁす」

「いただきます」


 兄妹三人で仲良くご飯を食べひたすら父さんを待った。

 だが待てど暮らせど父さんは帰って来なかった。



 今もまだ。

 父さんは僕等の元には戻って来ていない――。




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