『いま、子どもの本が売れる理由』飯田 一史

『いま、子どもの本が売れる理由』筑摩選書0193 飯田 一史∥著(筑摩書房)2020/07



今や出版業界全体が青色吐息のなか(業界全体の売り上げピークは1996年、以降下落を続け2019年には最盛期の半分以下)、児童書市場は少子化が進行しているにもかかわらず横ばい状態である。なぜか?


『出版指標年報2018年度版』の指摘はこう。

①教育熱心な親や祖父母が積極的に児童書を購入

②大人の読者にも人気を呼ぶ児童書(特に絵本)が増加

③新進絵本作家の活躍、新規参入者の主に翻訳書によるユニークな企画が市場を活性化

④幼児期の読み聞かせや小中学校の「朝の読書」の広がりが下支え

(p10より)


この説明だけでは不十分として、膨大なデータとインタビューを駆使して考察がなされます。


まず、子どもの本市場の変遷をまとめてしまうとこう。

1940-70年代 戦後児童文学と学年誌が黄金時代を迎えるまで

1980-90年代 サブカルチャーの隆盛と児童書冬の時代

2000-2010年代 教育観の変化と国ぐるみの読書推進


結論をいうと、児童文学者出身の国会議員らによる学校図書館改革と、ブックスタート・読み聞かせボランティアなどの出版界・民間の運動と、2000年のPISAの結果を受けての政府による教育政策へのテコ入れがリンクした結果、ということです。行政が動けば大きく変わるって例ですね。良いことならどんどん変わってくれて構わないのです。


が、個々のヒット作については製作者側の努力工夫の結果なわけで。ジャンルを分け、ヒット作品の分析もなされます。


まず、本書で示されている子どもの本市場でのヒットの条件はこの4つ。

「生活サイクルに組み込まれること」

「大人目線ではなく、子どもの目線・感覚に近いこと」

「大人からの一方通行なものではなく、子どもが参加できる要素があること」

「流行・時事風俗を取り入れること、覇権メディアと連携すること」

このうち最低二つ以上満たさなければヒットや流行にはつながらない、と。

(プラス家計においては「親子で楽しめる」「大人も読める」一石二鳥な子どもの本需要が顕著になってもいる)


マンガ雑誌においてはブレずに「小学四、五年男子が面白がることだけをやる」を貫く『コロコロ』が小学生男子向けのトップ、「読むときには大人も子どももみんな頭の中は13歳になっているんだと考え」ターゲットの絞り込みを行った『ジャンプ』が中高生男女向けトップを走り続け、小学生女子向けでは『りぼん』『なかよし』に次ぐ三番手だった『ちゃお』が、情報番組を通じてデイリーで発信することを徹底したこと、意地でもTVアニメ化のサイクルを途絶えさせなかったことで圧倒的トップランナーに躍り出た。


児童書冬の時代に『かいけつゾロリ』はなぜヒットしたのか?

それは作者が「僕は本を読まない子しか対象にしていない」と、面白ければいい(面白いだけでも手に取って読んでもらえる方がずっといい)を徹底させたから。


この秋、Eテレでアニメが始まった『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』では、「ちょっと大人っぽすぎるかなと思った恋バナや、悪い主人公が容赦なく罰を受けるようなエピソードが人気」とか。

「物語は予定調和でなく、時には毒もある。それがかえって、子どもの好奇心や怖いもの見たさを刺激するのだろう。」(p237)

予定調和が好まれ低年齢化していく大人の読み物とは対照的……。


小説シリーズ『一期一会』(2007-2014)は、1990年初頭のティーンズハート衰退以降、小学生女子にとって身近な読み物がなかったことからコバルト文庫世代の編集者が企画を立ち上げヒット。シリーズ終了以降も売れ続けている。なぜか?

個人ではなくチーム製作によるミックス感。いつ見ても「少し前のもの」に感じるもの、少しだけ別世界、別時代のお話なふうにレトロでノスタルジックな印象を与えるゆえに「タイムレスな作品になりえたのかもしれない」と。


なるほどー。このタイムレスって大事だと、私は最近思うのです。


翻訳児童書『王女さまのお手紙つき』の分析では、日本の女の子の好みがいかに難しいかを感じます。

欧米圏では子どもたちは自分に近い姿の王女に憧れるけれど日本の女の子はそうじゃない。

「日本の子どもは自分に自信がないのか、自分とはちがった姿の王女さまに憧れる」「弱さや悩みを持った主人公を好むのは、自分の弱さや悩みを投影して共感したり、上の立場から応援してあげるような、心の余裕を持てるから。逆に、外見も性格も地位もパーフェクトな主人公だと、自分と比較して劣等感やあせり、嫉妬に結びつきやすいのかもしれない」(p251)

アイタタタタ。なんかわかるだけに。


女の子向けの匙加減の難しさは、2010年代JSのバイブル『12歳。』の項でも触れられていたのです。「リアルさは感じつつもイヤな部分は極力排除され、女子の理想や悩みが投影されたキャラクターたちが報われる物語」として奇跡のバランスで成立していると。

ムズカシイですよね、バランス。きっと計算ではできない。


海外とのトレンドの乖離は本の厚さにも。海外では子ども向けでも「分厚ければ分厚いほどいい」なのに日本では「薄ければ薄いほどいい」。うーむ……。

そうした欧米と日本市場とのマッチングが難しい中、成功しているのが『動物と話せる少女リリアーネ』。

唯一日本版だけが原書と異なるオリジナルイラストで刊行、他にも様々にローカライズして読者にわかりやすく読みやすく工夫を施した。


ここまで「読みやすく」読者に親切にしちゃうってどうなの?って私は最初少し思ってしまったのですけど、『リリアーネ』は意識が高く社会派な物語なのですね。「もし動物と話せたら?」というキャッチーな入り口だけど実はシリアス。

「子どもの方が地球の未来を真剣に危ぶみ、「自分たちの問題なのだ」と受けとめるものだと思う。手に取りやすく、読みやすくという工夫と、内容の現代性とがあいまって、本書に込められたメッセージは日本の子どもの心に届いている。」(p261)

なるほどです。まずは手に取ってもらうこと。でもそれだけじゃもちろん駄目なわけで。


本書では他にも図鑑戦争についてや学習マンガ市場の変化と国際化などにも言及されていますが、ここでは最後に、児童向けの中でも特に勢いのある児童文庫についてまとめます。


児童文庫といえば1950年創刊の岩波少年文庫。ですがこれは当初はハードカバーだったこともあって、各出版社から文庫が続々と創刊された70年代後半から児童文庫史が本格的に始まる。

90年代から2000年代までトップシェアを揺るぎないものにしていたのは講談社青い鳥文庫。その看板シリーズ『若おかみは小学生!』の令丈ヒロ子のエッセイによると、2000年あたりから読者が増えてきたそう。

前回の読書メモの『少女小説変遷史』でもありましたが、児童文庫でも近年は長寿シリーズが難しく、『若おかみは小学生!』も2013年に20巻で終了。「90年代に比べて、作家が読者から求められることは増えた、とも。」「従来は少年・少女マンガが多くを担ってきた部分を児童文庫に求められているのではないか、と」(p263)


2009年に角川つばさ文庫が創刊されると、その三年後に青い鳥文庫はトップの座を奪われます。

「かつて名作中心だった児童文庫は90年代に書き下ろしオリジナル作品を多数擁して大人の知らないベストセラーの宝庫と言われたが、つばさ文庫は角川グループが得意とするライトノベル的なアプローチを推し進め、読者にいちばん近い児童文庫を目指している。」出版指標年報2012年版。(p268)


つばさ文庫の強さはノベライズとオリジナルが両輪となっていること。

「読者のレーベルに対する呼び水(でありヒットによって新人・新作に投資するための原資)になるメディアミックスと、継続的な読者になってくれるためのオリジナルは、両方が大事なのだ。」(p272)


そして書店店頭で手に取ってもらうための工夫。

「大人は子どもに「良い本」を読ませたい。子どもは「良い本だから」ではなく、「面白そう」と思うから手に取る。児童書にはこうした駆け引きがあるが、つばさ文庫は、「良い本を子どもが面白いと感じられるように出す」(p273)


なかなか繊細なのだな、とまた思ったのは、朝読で、つまり学校で読むには、女の子が読んでいるのが恋愛ものだとバレると男子にからかわれるので読みにくい。その点、つばさオリジナル作品は「男女でタッグを組んで何かするうち、自然と恋が絡む」ものが多いのも選ばれる理由かも、と。


市場に勢いがあることもあって、狙い目なんて声も聞く子ども向け。ですがやはり努力と工夫、そして繊細な配慮が必要なジャンルのようです。



初出:読書メモ㉜近況ノート2020年9月23日

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