『逆転の大中国史 ユーラシアの視点から』楊 海英

『逆転の大中国史 ユーラシアの視点から』楊 海英∥著(文藝春秋)2016/08



かなり面白かったです。平易な文章で書いてくれてるので読みやすいですし、お薦めです。

モンゴルのオルドス出身の文化人類学者である著者が日本人の固定観念がこびりついた中国史をひっくり返してくれます。というか、そうだよね~というか。これで中国が理解できるというか。


本書の中ではシナって呼称が使われてるのですが。英語のチャイナの当て字が「シナ」。それに対して「中国」はあくまで1912年に成立した国家を指す。古代からシナ人が活動していた場所をシナと呼ぶってことで。そうすると、ユーラシア大陸を席捲した遊牧民文化に対して、シナってめっさローカルなのですね。


現代中国が拗らせてる原因は「中華思想」にあって、「原・中華思想」と「コンプレックスとしての中華思想」に分けられる。

「原・中華思想」では、古代中原に成立した都市国家には国境という概念が存在しないというのですね。日本なら「この川と山を境に、自分たちが住むムラと、向こう側に別のムラが存在する」って地理的環境に基づいてアイデンティティがうまれるけど、古代シナでは自然的国境がなかった。国境とは人工的なもので、国力が高まれば自由に変更可能なもの。しかも「北方民族に侵略されたという意識はもつが、自分たちがモンゴル平原や新疆(東トルキスタン)に侵入しても、「侵略した」という意識は皆無である」(p20より)

なんというジャイアニズム。恐ろしいですね。今問題になってる九段線についても「つぎは当然のように、「マラッカ海峡までが中国だ」と拡張してくるはずである」と。コワイ……。


「敗者のコンプレックスとしての中華思想」はもっとやっかいで、高い文明を自負していただけに遊牧騎馬民族に敗北したときのダメージは大きく、その結果あくまで自分たちの王朝を正統と言い通す。「定南」「定東」「鎮西」「平東」「綏遠」など支配のおよんでいない地域に勝手に名称をつけてヴァーチャルな統治を先行させる。って妄想じゃん(-_-;)

歴史との向き合い方もそうで、「異民族による征服王朝であることがわかっていながら、「偉大な漢民族にとって隋唐時代がもっとも華やかな王朝であった」とか、「元朝は、中国がもっとも強大な領土を保有した時代だ」と平気で嘘をつく」(p28より)

そして近代、日本の台頭でさらにコンプレックスを拗らせ、このコンプレックスゆえに「中国はいつまでたってもきちんと近代とむきあい、自分のものとすることができないのだ」と著者はしています。


と、シナとの関係を絡めつつ、歴史学、考古学の先達たちの研究や豊富なフィールドワークの成果を駆使して、遊牧民の文明・歴史・思想が紹介されてます。


私が反応してしまったのは、漢の皇帝劉邦が死んだあと、匈奴の冒頓単于が未亡人である呂太后に、お互い独身なんだから契らない? と手紙をだして激怒させた逸話について。

「しかし、冒頓単于の振る舞いは、遊牧民としては当然のことであり、「女性に出会えば、口説かないと失礼にあたる」との文化のあらわれである」(p139より)

ほほう! では『女神墜落』でミマスが女神さまに嫁にくるかとコナかけたのは正解なのですね!(おい) ミマスのモデルはスキタイ人なので、実は。


終盤では、現在中国が抱える宗教問題と民族問題に触れています。中国の人口は十三億人。そのなかで、キリスト教徒の数は一億三千万人。将来世界最大のキリスト教国になる見方もあるというのに、外国勢力の介入を許さない中国政府はバチカンと断絶している。すごい歪ですよね、これ。

「中国では政権が不安定になると、地下に隠れていた宗教団体が、反乱という形で姿をあらわす。(中略)中国共産党の覇権にほころびが生まれるとすれば、宗教政策の失敗からはじまる可能性が高い、と指摘しておこう」(p297より)


うーむ、どうなるんだろう。と、遊牧民の文明について勉強したくて手に取ったのに、中国の現在に思いを馳せてしまう一冊なのでした。

で、結びはこう。


〈最後に、梅貞忠夫氏はその名著『文明の生態史観』のなかで、「現代的課題」はなにかというと、生活水準の向上である、と将来に向けてユニークな発言をしていた。ソ連消滅後の「孤独な中国的特色のある専制主義」だけがのこる現在、格差解消などやはり文明論的にくらしの改善について、考えなければならないだろう〉


これって限られた分野、国の話はないですね。日本としても、世界規模でも。格差をなくす。外交問題や制度的なことは政治家に任せなければなりませんが(任せられる人を選挙で選ぶの、大事!)、私たちにもできることは何か。

大きな視野で見れば、できることはたくさんあります。食品ロスをなくすために過剰な買い物はしない、まだ食べられる食品を廃棄しない。あるいは、医療負担を軽減するために、自分自身の健康管理をしっかりする、など。

どんな小さなことでも大きなことにつながるという希望を持って、ひとりひとりが考え、行動する必要があると感じます。



初出:読書メモ⑮近況ノート2019年5月19日

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