心を知らぬ君へ
筑前煮
第1話 始まり
昔で言うと、近未来と言われていた時代の話。人類が22世紀の始まりを迎えてもなお、技術の発展は続いていた。具体的に言えば、ロボットは人工知能を搭載した「ロイド」として進化を遂げ、メイドや教師などの役割を持つロイドが各地で人間のサポート役として用いられるようになっていった。そして、彼らの一部は感情を持たない代わりに「人格」と呼ばれる行動パターンが入れられており、まるで一人の人間かのように振る舞えるようになっていた。
これは、そんな昔よりかは少し便利になった世界に住む人々とロイド達の物語である。
ある少年にとって契機となったのは、ある少年が7歳の誕生日を迎えてからのことだった。
「飛び級、ですか」
「ああ。先生も、君はもっと上のレベルに行けると思うんだ」
少年の名前はローガン・サリバンといい、元々彼は穏やかな両親と一人の親友を持った、ごく普通の環境で育っていた。そして時がたち、彼が学校に入学できる年になったため、ローガンは一年生というピカピカの称号を得ることとなった。自宅での学習を進めるという方法も彼にはあったが、彼は友人と学び合う環境をあえて選んだのだ。
しかし、一日、一週間と過ごしていく中で、彼は自分が「普通」であることに疑問を持ち始めていた。習うまでもない計算の仕方に一時間を費やすことや、一度教えたはずのことをもう一度リマインドする教え方に彼は退屈を覚えていたのだった。
つまりローガンは「天才」といわれる非凡な人間だったのだ。
やがて、彼の才能は周囲とのひずみを広げていき、ローガンは周囲から孤立していった。その結果、元々少なかった友人はたった一人の親友を残し、フェードアウトするかのように去った。
その状況を見兼ねた担任教師が、前述したような提案を彼に伝えたのである。
「この前受けたテストのことを覚えているかな。あれは君のIQを測るためのテストだったんだが、かなり高いスコアが出ていてね。後の数学のテストでも、大学の講義を受けられるほどの能力があるという判定が出たんだ」
担任教師は目の前にいる少年の年齢をあえて無視し、淡々とした口調で話す。
「もっと早くに提案できていればよかったんだが、気づくのが遅くなってしまって申し訳ない」
この時代において、アンドロイドが大半の授業を教えているとはいえ、生徒の様子を見るのは依然として教師の役割である。生徒の感情や機敏を読み取る者として、担任は申し訳なさそうな表情をした。
そして、すぐに表情を切り替え、表情を曇らせるローガンに優しく話し始めた。
「君には二つの選択肢がある。自宅で君のペースに合わせて学習する方法か、どこかの大学に飛び級をして学習する方法のいずれかだ」
ローガンはその時、何も言わずに担任の目を見た。その時、彼のダークグリーンの瞳には、年相応の迷いが映っていた。
「...先生が僕だったら、どうすると思いますか?」
「それは、私の口からは言うことができない」
担任はきっぱりとその問いをはね返し、ローガンの瞳を見つめ返す。それは君が決めるべきことだからね、と少し厳しい口調で彼へ告げた。ローガンは驚き目を伏せたが、それで現実から逃げられるわけではなかった。
自分は人生の帰路に早くも立っているのだ、という自覚を、ローガンは確かに持っていた。しかし、ローガンが臆病な行動をとるのには理由があった。
この時より数ヶ月前に、ローガンは地域の賞を獲った。その内容はというと、ティーンエイジャーまでの若い世代が「社会に役立ちそうなロボット」を作るというものだった。ローガンはそこに「ロイド」の雛形にあたるような作品を送ったのだった。エンジニアである父からのアドバイスを自分から求めにいったり、金曜日の全てをこの作品に注ぎ込んだりと、彼なりに努力した末に生まれたものだった。それは今日の食事の内容を提案してくれるだけのロイドであったが、結果としては弱冠7歳にして特別賞を獲った。
だが、その賞の受賞式にて、彼は居心地の悪さを感じていた。受賞者に話しかけても、一部の人たちは微妙な顔をしたり、天才なんだね、という一言で会話を終わらせてきたりと、ローガンの作り上げた作品について触れることはなかった。天才という一言で、これまでの努力が片づけられてしまうことにローガンはどこか悲しさを覚えていたのだ。しかし、自分よりもはるかに大きい背丈の中にローガンの心情は沈んでいくばかりであった。
ローガンはワンサイズ大きいシャツの裾を握りしめ、もう一度担任の方を見た。
「僕は...まだわからないんです。どう振る舞っていいのかとか、自分のこれからとか」
「...なら、私に一つ提案がある。私のお世話になった先生、いわば恩師がある大学の教授をやっていてね。ちょうど、君が興味を持っているロイドについて研究している先生なんだ。その先生には君のことを話しているから、今度連絡してみるといい」
「本当ですか!」
「ああ、親御さんには連絡先を教えてある。将来、好きなことを突き詰めて行くなら、知っておくべきことを教えてくれるはずだよ」
ローガンは先程とは打って変わって、瞳を輝かせていた。これは、担任がローガンをあくまでも一生徒として扱っていたからだと言えるだろう。
「ありがとうございます、マクリーン先生」
そう言って、最後、ローガンはこの二者面談を笑顔で終えた。
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