作品置き場 不明
お題「池に落ちた魔女」
たった今この場で起こった事は、紛れも無い事実である。月、美しく淡く光る日。そう満月の日の事だ。僕は隠れるように、その身を池で洗い流していた。
何故、隠れるのか。それは、僕が人狼と呼ばれる種族だからだ。一度、月を見れば、みるみるうちに身体は深い毛皮へと身を包み、青く光り散らす目で、人間を脅かす種族。
だが、僕は人を食べない。もうそれは過去の話であり、今は人間と同じような食事をとり、人間と同じような生活を望んでいる。勿論、そうとは行かないのだが。
そして、僕の前に突然ソレは落ちてきた。
「いつつ……やっぱ、マナの制御が上手く行かないや」
そう、落ちてきたのだ。目の前にばしゃーん!と、激しい水飛沫が掛けられる共に僕へと目線を向けては、ぱちぱちと何度も僕を見返す。
「え、裸?」
……この時、僕の人生も変わった。同時に、変人だというレッテルを彼女に貼るのは、すぐの事であった。
「んっ、はぁー。やっぱり、美味しいわね」
「あの、魔女様、一つ宜しいでしょうか?」
「何よ?」
「何故、僕はこんな可愛らしい服を着て、貴方様を迎えなければ成らないのでしょうか……」
今、僕の着飾っている服は所謂メイド服と呼ばれる外界の着衣である。ふりふりとした袖やスカートを僕は身に纏っては、魔女へとお仕えしている。
対して、魔女ははぁーと小首を傾げ、分かって無いなぁと言わんばかりに僕を見つめなおした。
「可愛いじゃあないですか?」
「そうですね」
「だからです」
「あの、真っ当な意見ではないと思うのですが……」
――真っ当だとか、どうでも良いのよ。と、魔女は言った。どうやら、僕はただ可愛いという理由で、この格好をさせられているらしい。正味、正気を疑う所ではあるが、僕は魔女様にお仕えする理由がある。
――ねぇ、君を人間にしてあげようか。
あの時、池に落ちた魔女は僕にこう言い寄ってきたのだ。毛深い身体を水の中へと隠しても、見られた以上どうにもならない。況してや、恐れられて殺されてしまうかもしれないと、むしろ僕が怖がっていた。なのに、魔女様は僕にそっと近づいては、人間にしてあげよう。などと甘い言葉を掛けてきたのだ。
「しっかし、君が入れるコーヒーは美味しいわね。毒でも盛った?」
「何故、そうなるのです」
「ほら、よく言うじゃないー? 美味しい物には棘がある! とかなんとか」
それを言うなら、美しいバラには棘がある。ですよ。と言って、僕は置かれたティーカップへとコーヒーを注ぐ。魔女様は、いつも二杯飲む癖があるのだ。
「えへへ、そうだっけ?」
「はぁ……あ、それと午後の学会へは既にキャンセルを入れておきました」
「お、助かるよー。君があたしの眷属になってからというものの、スケジュールを管理してくれるから凄い助かってるんだ」
「ありがとうございます」
一礼を交わして、僕は魔女様がいる部屋から出ていく。音をたてないように、そっとドアを閉めて、これからやらなくてはいけないタスクへと目を通す。
「今日もまた、忙しくなりますね」
書かれている内容は、掃除に、洗濯。錬金窯用の素材調達、お昼は魔女様は食べないという事だったので、大分楽な内容だと思いつつも、重い腰をあげる。
「今宵も又、月がきれいですね」
そう、この世界はあの時、魔女が落ちた時から、永遠の夜へと変わった。その事実は覆らない。天高く登る筈の、お日様は無くなり、あの日魔女と出会ってから、月だけが登る世界へと変わったのだ。
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