第29話
等と悠長な事を考えていると、俺と目が合った男は、俺目掛けて飛んで来やがった。俺は避ける間も無く、そのまま椅子ごとひっくり返ったのだった。
『ニイヤマ……君……』
俺は闇の中にいた。
ここ最近――あの偽石を、再び手にするようになってから見るようになった夢だと直ぐに分かった。
『ニイヤマ君……』
何時ものように、声のする方へと歩いて行こうとする。
名を呼ぶ声と共に、イメージが浮かぶ。こんな事は、初めてだった。
保……?
最早それはイメージ等ではなく、実際に俺がそのイメージ上に存在しているみたいだった。
前を歩いている保を俺の身体は勝手に追い掛ける。保に追い付くと、俺は保の腕に手を絡め、保を見上げた。
……ちょっと待て。夢とは言え、どう考えてもこの設定は有り得ねぇだろ。
俺と保の身長差は優に二十センチ以上は有る筈だ。もっと詳しく言うならば、上が俺で下が保。なのにこの設定だと、俺は保よりも十センチ近く低い事になる。
俺はいったい、誰なんだ?
『あ、……さん!』
気が付くと、保は俺の手を振り切って、顔の見えない誰か――女子だとは思うのだが――を追い掛けて行ってしまっていた。
残された俺に、『許サナイ』という憎悪の感情と『私ヲ見テ』という必死な思いが沸き起こる。
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
『許サナイ』
『私ヲ見テ』
吐きそうな感情の波が俺を襲う。無数の毒々しい小さな光が俺の周りを取り囲む。偽石だった。それぞれの偽石に、毒々しい光を与えていた影が、不意に、俺目掛けて集まって来る。
咄嗟に避けようとしゃがみ込むと、目の前に人の気配がした。
目を開けるとそこは既に闇の世界ではなく、無機質な白い空間だった。
そして、目の前には男が一人立っていた。さっき俺にぶつかって来た男だった。
影は男の掌に吸い込まれるようにして消えて行く。男は俺に向かって手招きすると、近寄って来た俺にその掌を開いて見せた。
石、だった。あの、吉元さんが掴み取った偽石に、影のような物がとぐろを巻くように取り巻いていた。
男はそれを俺に無理矢理押し付けると、俺は再び意識を失った。
「おい、大丈夫か?」
両頬を遠慮無くバシバシと平手で叩かれ、目が覚めた。
そこには心配そうな顔をした恩田氏、柊さん、榊田さん、そして、無表情に見下ろす夢に出て来た男が立っていた。
男は、俺の右手を見詰めていたかと思うと、不意に掻き消えるかの如く、消えてしまった。
「大丈夫です」
皆は、急に椅子ごと後ろに倒れたまま気を失っていたらしい俺を心配していたようだった。
立ち上がろうとした際、俺は自分が何かをしっかりと握っている事に気が付いた。手を開くと、何故か予想した通りの物が入っていた。あの夢でも見た偽石だった。
一瞬、夢の中と同じように、影がそれを生きているかの如く取り巻いているように見えたが、瞬きをすると直ぐに消えた。
ジーンズのベルト通しに紐でくくり付けていたそれを、何故今手にしているのか。
きっと……いや、間違いなくあの男が握らせたに違いない。男は俺に何かを伝えようとしている?
「あの、ちょっといいですか?」
未だ叩かれジンジンしている頬と擦り、一様に心配そうな面持ちの三人に向かって俺は言った。
「呪詛を行っている犯人は、一人じゃないかもしれません」
三人は俺が頭でも打ったのではないかと言わんばかりに、ポカンとした顔になった。
「犯人の狙いは、恐らく自分達が好きな相手。前に柊さん、言ってましたよね? この偽石は、念が込められ易い形状をしているって」
俺は手にした偽石を三人に見せると、柊さんは戸惑った表情で頷いた。
「しかも、これは、他の偽石に無い程、念、力……いえ、この場合、想いと言った方がいいかもしれませんね。そういった物が込められていた、と仰っていた」
再び頷く彼女を確認すると、夢で見た話を話し始めた。
「俺は最近、よく同じ夢を見るようになりました。この偽石を再び持つようになってからです」
「夢? いったい何の話だ? おいおい、頭は大丈夫か?」
恩田氏は、乾いた笑い声を態とらしくたてながら、俺が頭を打っていないか調べるべく手を伸ばしてきた。
「ちょっと待って。少年、その石をまた持ち始めてからって言ったわよね」
恩田氏の伸ばした腕を自分の腕でブロックしながら、柊さんは一歩前に出た。
「はい。言いました。以前、拾って持ち歩いていた時は、特に何も変わった夢は見ていなかったのに、戻って来てからは眠ると必ず同じ夢を見るんです。何時も夢の中で、彼女達は一人の人間を呼んでいるんです」
「彼女達? 顔は見たのか?」
恩田氏は、腕を組み考え込む。
「いえ。残念ながら、それは一度も無いです。でも、名前を呼んでいる相手を切望しているのは確かです。好き……なんだと思います」
「で、好きな相手を呪うのか? 普通、好きな相手じゃなくて、邪魔な人間を呪うもんだろうが」
呆れたと言わんばかりの恩田氏に頷いて見せると続けた。
「確かに、そうでしょうね。実際、彼女達も嫉妬からなのか、好きな相手に何等かの接触を果たした人間に対して、報復をしています」
報復?、と聞き返そうとした彼に、柊さんが答える形で言った。
「ああ、あの噂の事故ね」
「ええ、それです。その結果、好きな相手が孤立し、彼女等の手にも届き易くなったとも言えます。何せ、元が人気者ですからね。地味な彼女達には、その存在すらアピールし辛かったのかもしれません。近寄り難かった、と言うのが正解かもしれませんが」
俺の言葉に反応したのか、恩田氏が軽く手を挙げた。
「ちょっと待て。その地味な彼女達って、ひょっとして……」
「ええ。彼女達ですよ」
そう言ってホワイトボードを指差した。
「けど、彼女等は誰一人として、呪詛を行っていない筈だろう? 俺達が全員監視していたんだ。まさか、その間、一度も呪詛が行われなかった、ってんじゃ!?」
しまった、とばかりに頭をガシガシと掻く恩田氏に、ああ、そういう考え方も出来るのか、と、妙な感心をしてしまった。
「いえ、呪詛は確実に行われていました。実際、俺も目にしていますし」
柊さんには報告をしたのだが、何人かの女子を守護石を使って、何度か危うい所で助けてもいた。勿論、助けた本人には気付かれないようにではあるが。
その為、石がかなりくたびれてもいるので、密かに今日、新しい石と交換して貰えないかと、相談するつもりでいた。
「じゃあ、いったいどうやって彼女達は呪詛を行ったって言うんだ?」
苛々したように言うと、彼は禁煙室であるにもかかわらず胸ポケットから煙草を取り出し口に銜えると火を点けた。
「ヒントは多分、夢にあると思う」
先程から考え込むように一人黙り込んでいた榊田さんが口を開いた。
「きっと、樹が夢の中で片瀬さんに何かを伝えようとしているんだと思います」
「樹? 何でここで瑠璃ちゃんの風の名前が出て来るんだ?」
どうやら、恩田氏は、樹が俺にこの偽石を押し付けた事を知らされていなかったらしい。
「樹君が、彼にこの石を持たせるように仕向けたのよ」
かわって柊さんが事の経緯を恩田氏に話した。
すると彼は憮然とした表情で、銜えていた煙草を携帯灰皿で消した。
「……じゃあ、坊主は皆で呪詛を行ったと思うんだな?」
「いえ。必ずしもそうだとは思いません」
俺の言葉に、恩田氏はどっちなんだ、と詰め寄った。案外短気な人らしい。
「キヨさん、落ち着きなさいよ」
短気な彼を見慣れているのか、柊さんは落ち着いた口調で言った。
「でも、君は、さっき複数の人間が呪詛を行ったと言ったわ。しかもこのメンバーがね」
と、ホワイトボードを顎で示した。
「ええ。それは間違い無いと思います。ですが、厳密に言えば、呪詛と言う物とも違うと思います。呪詛というのは、意思をもって行う物、ですよね?」
確認するように柊さんの顔を見ると、彼女は神妙な面持ちで頷いた。
「彼女達の場合、呪詛ではなく、“想い”なんだと思うんです」
「想い?」
「ええ。ある人間を欲するという気持ちです。それぞれの想いは、小さな物かもしれませんが、一つに集まった想いが、大きな呪詛になったのではないかと思うんです」
話し終え暫く沈黙が続いた。
「じゃあ、彼女達の呪詛は無意識な物だと?」
柊さんは恐る恐るといった体で尋ねる。
俺は深く頷いた。
「何て事!」
それを聞いた柊さんは、怒ったようにテーブルを握り拳で叩き付けた。
「それじゃあ、本人達を何とか説得して石を手放すように仕向けなくちゃならないって事じゃない!」
「参ったな」
椅子に座り、恩田氏は頭を抱え込んだ。
「待って下さい。その必要は無い筈です。確かに皆が想いを無意識に発してはいますが、彼女達とは別に、悪意を持ってその想いを集めている人間がいる筈なんです。意識してなのか無意識なのかは分かりませんが」
俺の言葉に二人は振り向くと、二人揃って詰め寄った。今度は榊田さんが二人をおさえる番だった。
「二人共、落ち着いて」
「ああ、すまん」
「ごめんなさい」
二人は我に返ると、一歩退いた。
「あの、分かるように話してくれないかしら」
柊さんの言葉に頷くと、俺は自分の仮説を話し始めた。
「あくまでこれは俺の推測なんですが、恐らく一連の事故は、一番最初に偶然か必然かこの偽石を手に入れた人物が起こしているのだと思います」
彼女――かどうかは、今の段階では分からないのだが、恐らくそうだろう――のある人物への想いが、この石に込められる事により、事件が始まったのだ。
彼女がこの偽石を手にした後、同じような想いを抱いていた人物が次々と石を手に入れた。それは仕組まれた物だったのか、それとも想いが石に呼応したせいなのかは分からない。
ただ、分かっている事は、皆、同じ人物に対して、強い憧れと執着を持っていた。『私を見て』、『誰にも渡さない』、と。
それぞれが抱いていた想いがこの石に集まる事により、事故を起こしているのではないのか。しかも、複数の人間が関わる事により、彼女等の思い人を無意識に監視する事も可能になる。それぞれが抱いている嫉妬心からも事故が行われているとしたら、やたらと広範囲で事故が起こっていた事の説明もつかないだろうか。
「夢の中でも、それぞれの偽石から、影がこの石に集まって来るのが見えました。実際、最初の頃、事故に遭った人間は、一人くらいの声しか聞いていません。けど、ここ最近は事故に遭った人間も、彼女等の好きな相手である人物が体調不良を起こした際も、複数の声を聞くようになりました」
事故自体が大掛かりになり、体調不良もかなり酷い物になってきているのは、想いを込めている人間が増えているせいなのではないのか。
「君は、私達が見付けた人物の他に、まだ偽石の持ち主がいると考えているのね」
俺の推測を聞き終わると、柊さんはホワイトボードの写真を睨み考え込んだ。
「偽石の処理は置いておくとして、先ずはその人物を見付けるのが先か……」
再び煙草を口に銜え、恩田氏が言った。
「ところで、君の言う彼女等の好きな相手って……」
「保です。新山保です」
*
「何やカタやん、寝不足か?」
大口を開けて欠伸をしつつ講義室に入った俺に、同じ講義を受講している保が声を掛けて来た。
「あ?」
漫画で言う所の、怒りマークを額に浮かべながら振り向く。
誰のせいで寝不足になっていると思ってるんだ!
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