第24話

「そう。『影=霊』と考えて貰うと分かり易いかもしれないわね。で、ここで間違って貰いたくないのは、彼等はただ視るだけであって、積極的に何かをする訳じゃないって事」 

「視るだけ、ですか?」 

「そう、視るだけ。で、次に風師についても、説明するわね。私がその風師。漢字で書くと吹く『風』に『師』ね。平たく言うと、風の専門家って所かしら」 

 そう言って、チラリと横で胡座を掻いている人にあらざる男を見た。 

「正確には、召喚師って言い方の方が正しいのかもしれないわね」 

 召喚師ってえと、RPG(ロールプレイングゲーム)によくある異世界からモンスターなんかを呼び出すってあれか? 

「召喚師と言っても、召喚出来る対象が限定されるから風師と呼ばれるようになったみたいね。で、問題の召喚する対象者である風っていうのが異界から来た人間を指すんだけれど、特にある事に傑出した人間を指して私達は風と呼んでるんの。まぁ、その能力については追々話すとして、その能力者っていうのが彼――桂がその一人って訳」 

 そう言われ、改めて裸眼で桂という男を見ると、彼は大きな欠伸を一つした。 

「でも、彼、生きて……ないですよね?」 

 透けて見えるその身体を視ながら、彼女に問うた。 

 すると『生きてまんがな』というふざけた台詞が、当の男から返って来た。 

「桂の言う通り、彼等は今現在も生きているわよ」 

「え? でも、彼は……」 

「透けて見える、でしょ?」 

 はい、と頷くと、彼女も頷いた。 

「確かに、今こうして見えている彼は、肉体その物ではないわ。触れたり出来ないし、一般の人からは見えない存在だわ。でも、ある能力を持っている人間には視えている。つまり、平たく言えば、彼等は今現在、肉体から離れた魂や意識だけの状態だと考えられるわね」 

「じゃあ、所謂、幽体離脱って事ですか?」 

「まぁ、そう言っても概ね問題は無いんじゃないかしら」 

 そう言って、足をくずした。 

「でも……」 

 俺は先程見た光景に不自然さを感じていた為、更に質問するのを止められなかった。 

「でもさっき、彼を叩いていませんでしたか? 彼が今、霊のような存在なのだとしたら、それって不可能なんじゃ……」 

「それが風師なんじゃない。馬鹿ねぇ」 

 背後でそう言う内場さんの声がした。小さな流し台に寄り掛かり、腕を組み、足首を軽く交差させて立っていた。 

 あんた、何、他人(ひと)ん家(ち)に馴染んでんのよ! 

 ……じゃなくて、馬鹿って言うな、馬鹿って! 

「理子ちゃん、まだ説明の途中なんだから」 

 めっ!、と怒った顔を内場さんに向けてから話を続けた。 

「彼女の言う通り、風を召喚する者だから風師なんだけど、風師ならどんな風でも召喚出来るって訳でもないの。基本的に風師一人につき風一人、って組み合わせが定石ね。勿論、常に同じ相手しか呼び出せないし、働かせる事も出来ないわ。何故、決まった風しか呼び出せないのかっていうのは、前もって風師が風と契約を結んでいるからなの。まあ、その辺の話は端折るけど、兎に角、ある種の契約を結ぶ事により、私達風師が、彼等のような特殊な能力を持った風を召喚し、使役させる事が出来るって訳」 

 お分かり?、と、小首を傾げてみせた。 

「まぁ、そこまでは何となく」 

「良かった。で、問題の何故私が風である彼に触れられるのか。それは契約したから。その一語につきるわね」 

 契約したからって、それだけかよ。そんな説明で納得出来ないんですけど。 

「あ、納得してないわね」 

 そう言って笑うと、柊さんは座り直した。 

「その辺の仕組み、って言うのかな、そういう事は私達自身にも分からない、って言うのが正直な所なのよ。風師の多くが自分のパートナーである風に実際に存在する肉体として触れられる者が多い中、全く触れられない者も実際いるしね。そんな物か、程度に理解しておいてくれればいいわよ」 

「はあ……」 

 と、曖昧に頷いたものの、さっぱり理解出来ていない、ってのが実情だった。 

「じゃあ、最初に話を戻すけど、そろそろ、石を出して貰えるかな?」 

 そう言って、卓袱台をコツコツと指で叩いた。 

 俺はノロノロと――少しでも怒られるのを先送りにするかのように、石の入った巾着袋を台の上に置いた。 

「どれどれ」 

 柊さんが巾着袋を手に取る頃には、内場さんも先程座っていた場所に戻って来ていた。 

 中身を取り出してみた三人は、口々に言った。 

「ああ、成る程」 

 とは柊さん。 

「何、これ!」 

 と、叫んだのは内場さん。 

『こりゃまた派手にやったねぇ』 

 と、笑ったのは風である桂氏。 

 三人三様の反応であった。 

『まぁ、お役に立てたようで良かったよ』 

 と、彼は俺を安心させるように笑った。 

「すみませんでした!」 

 慌てて頭を下げた俺は、卓袱台に額を強打してしまったが、一人怒っていた内場さんの怒りが、これにより削がれたので、痛みはこの際チャラだ。俺的に。 

「実はね、彼女には言ってなかったんだけど、君が石を使ったっていうのは分かっていたのよ」 

 ねぇ、と、柊さんは横にいる桂氏に同意を求めた。 

『ああ、俺も向こう――異界――にいる時から、何となく感じていたからね。全く問題ないよ』 

 と、頷いた。 

 よ……良かったぁ! 

 彼等の言葉に、やっと胸を撫で下ろした。 

「えー!? そうなんですか? だったら先に教えてくださっても良かったのにぃ」 

 柊さんの横で、内場さんが一人拗ねていたが。 

「理子ちゃんは知らないかもしれないけどね、貴女がお客さんに渡してる石、あるでしょう? あれ、実際には結構無意識に使われては無くなっている事も多いのよ。それに一度使っちゃうと、別の気が混じっちゃうから、後は使い物にならないし」 

 と、説明した。 

「ああ、少年はこの石の事も良く知らないんだったわよね」 

 と言い、更に詳しく説明を始めた。 

「一応、これ、『守護石』って呼ばれて一部の人間が有り難がっているんだけど、原材料を知ったら笑うから。少年、悪いんだけど、何か要らない硝子ってない?」 

「硝子、ですか?」 

 言われるまま立上がり、数少ない食器が並んでいる棚を覗く。 

「こんなのでもいいですか?」 

 以前、土産に貰った瓶入りプリンの瓶を片手に振り返る。 

「上等上等。こっちに持って来てくれる?」 

 瓶を手に、元いた位置にそそくさと座ると、手にしていたそれを柊さんに差し出した。 

「ありがとう。桂、悪いんだけど、例の物、作って」 

 そう言って、桂氏の前に瓶を置いた。 

『これだと大き過ぎるな。悪いけど、ちょっと身体を貸して貰える?』 

「もー、仕方ないわねぇ」 

 そう言って立ち上がると、桂氏の背後に立った。そして手を何やら組み合わせ、スーッと口から音を立て息を吐き出し、ゆっくりと桂氏に重なるように座った。 

 するとどうだろう。重なった二人は一人になった。いや、元々風である桂氏は意識だけの存在だから、柊さんの身体を通り抜けても問題は無いだろう。しかし、重なり合った二人が、一瞬桂氏その物に見えたのだ。 

 驚いている俺を余所に、直ぐに柊さんだけの姿になると、目の前に置かれた瓶を手に取った。片手で持ち上げたそれをもう片方の掌の上に載せ、持っていた手はそのまま瓶に蓋をするように押さえる。そうしておいて、聞いた事の無い奇妙な言葉を唱えると、両手に力を込めた。 

「うわっ!?」 

 パンッ、という気持ちの良い音と共に、バラバラと五百円程の大きさの硝子の塊が卓袱台の上に落ちて来た。当の柊さんの手を見ると、そこにあった瓶は無くなり、ぴったりと手が合わさっていた。 

 手にしていた瓶が割れた、と言うのではない。割れたのであれば出来るであろう硝子の破片という物がそこに存在しなかった。卓袱台の上には形が歪な硝子の塊が幾つかあるだけだった。 

「ふんっ!」 

 柊さんの気合いの掛け声と共に、柊さんの中から桂氏が弾き出された。 

『もちっと、優しくしろよ』 

 彼は俺を通り抜け、流し台の所にまで飛ばされていた。 

「後はよろしく!」 

 そう言って、台に載っていた硝子の塊を寄せ集め、戻って来た桂氏の前に置いた。 

『ではでは、よく見てるんだよー』 

 軽いノリで、俺に向かってウインクすると、硝子の塊に片手を翳した。そして先程、瓶を硝子の塊にする時に柊さんが唱えていた言葉と同一系統の言葉を唱えながら、もう一方の手で何やら空に文字のような図形のような物を書き始めた。 

 彼が空に何かを書いた後には、驚いた事に金色の光の跡が残されて行く。謎の幾何学模様が完成すると、彼はそれを描いた方の掌に掬い取り、硝子に翳していた手を退けた。そうしておいて、掬った図柄を硝子の上にそっと載せ、今度は両手を翳した。その間も言葉は途切れる事無く唱え続けられた。 

『はい。出来たよ』 

 そう言って彼が硝子の塊から手を退けたのは、この作業を始めてから五分程経った頃だった。 

 見ると、最初透明だった五百円硬貨大の硝子の塊が、軽く濁ったラムネ瓶のようなグリーン掛かった濃い青色に変わっていた。 

「これが、風達が作る守護石とされる物の正体よ。どう、元の材料はチャチな物でしょう」 

 と言って柊さんは笑った。 

「良ければ、少年に一つあげるわよ」 

「え! いいんですか!?」 

 俺と内場さんは練習したかのようにハモった。俺が驚き喜んでいるそれに対し、彼女のは同じく驚いてはいたが、非難するそれだったが。 

「いいって、いいって。遠慮しなさんな」 

 そう俺に言いおいてから、内場さんに言った。 

「理子ちゃんも、石の作成工程を見たの、今日が初めてだったのかしら?」 

「ええ」 

「見て貰って分かって貰えたと思うけど、実際、会社が言うような高価な物じゃないのよ。まあ、他の風が作る石もそうだとは一概には言えないんだけどね。それに、これ自体に価値が無いって言ってる訳でもないのよ。桂にしても、持つ必要性の無い人間にまでフォローしたいとは思わないだろうし」 

 彼女の言葉に桂氏は軽く頷いた。 

「でも、こういうのって、良くないと思います。本当に必要な方に差し上げるのならまだしも、今の彼に必要な物だとは、思えません!」 

 そう言って、卓袱台を両手でドン、と叩いた。 

「それは違うわ。今の彼にはこれが必要よ」 

「いいえ。影見師としての意見として言わせて頂ければ、彼にはその必要性を感じません」 

『理子ちゃんって、意外に頑固だねぇ』 

 その場の緊迫した空気にそぐわない声が割って入った。桂氏だった。 

『俺個人としては頑固な娘も嫌いじゃないんだけど、今回に限って言えば、影見師である君の判断は間違っているね』 

「でも!」 

『まあ、聞いてくれ。元を正せば、君達awfの人間が偽石探しを始めたのが事の発端だったよね。で、桜子から聞いた話じゃ、君が僕の作った石を偽物を持っていた彼に渡した。で、預けた石はどうなったか?』 

 ここで答えを待つかように、一呼吸置いた。 

「彼が勝手に使って、使い物にならない代物にした」 

 と、柊さんが後を引き継いだ。 

『その通り。で、話を元に戻すけど、歴とした影見師である君から見て、彼には風達に守って貰う必要性はあるかい?』 

「いえ、ありません」 

 内場さんはきっぱりと言い切った。 

『そう。確かに普段の理屈からすればそうなるね。さてここで一つ困った事が起きた。彼に預けていた石が使われた。これってどういう事なんだろうねぇ』 

 内場さんをじっと見て言った。 

 言われた彼女の方は、困惑の表情を浮かべた。 

「彼には必要があったって事ですか?」 

『はい。よく出来ました。桜子に聞いたんだけど、awfが偽石の販売元を血眼になって探しているのには訳があるそうだね』 

「訳、ですか? それはシャドウの信用を傷付けられたから、ですよね?」 

 助けを求めるように彼女は柊さんを見た。 

 そんな彼女を見た柊さんは、優しい笑みを浮かべ彼女の肩をポンポンと、軽く叩いた。 

「確かに、それも理由の一つね。でもそれは些細な事なの。本当の目的は、石の持つ力を一部の人間が曲解している事に我々が危惧している事なの」 

 そう言って柊さんは溜め息を吐いた。 

「石を特定の客に持たせる本来の目的は、後でその石を持った人間を風に追わせる為の物よね? あ、さっき少年も尋ねていたけど、石は作った風本人にならば何処まででも追跡する事が出来るの」 

 それって、どういう? 

『さっきの作業の中で、俺が何か書いていたでしょ? あれね、企業秘密なんだけど、歴とした術の一つでね、俺の気と一緒に、俺だけに感じ取れるマークを入れているんだよ』 

 つまりはマーキングしたって事か……。 

 俺が納得し頷くと、再び柊さんは話し始めた。 

「場合によっては、今回の少年の場合みたいに、風が石に込めた力で災いを跳ね返す事も出来るしね」 

 と。 

 確かに、石のお蔭で、保に取り付いたあの謎の影すらも弾き飛ばす事が出来た。 

 内場さんが俺に渡すのをゴネるのも分からないでもない、か。 

「そしてまた、風に客を追わせる事にも理由があるの。私達風師は、この世に存在してはいけない物、自然の摂理に反する者を本来あるべき場所に帰す事を第一義にしている。本来、いるべきではない魔に屈した者達をね」 

「それって、霊って事ですか?」 

「まあ、そうだとも言えるし、そうだとも言えないわね。霊になってこの世に残ってしまった者全てが、害を成す者になる訳ではないでしょ? 人畜無害な者の方が、むしろ多いでしょうしね。問題は、この世に残った者の中で、何かしら人間に悪意を持ってしまった者――魔と化した者達よ。私達は、そんな魔に屈した者達を狩るのを生業としているの。ああ、“狩る”と言っても比喩ね。一般的な言い方をするならば、“除霊”もしくは“浄霊”って言葉に近いかしら。これは私達風師には直接出来ない事なんだけど、彼のような風がやる仕事ね。彼等は魔を自分達のエネルギーにする事により、霊達を本来あるべき姿、場所に導く事が出来るのよ」 

 柊さんの話を聞き、桂氏を見ると、どうだ、と言わんばかりにニタリと笑った。 

「と、まあ、我々はそういった仕事をしている訳。基本的に依頼されて動いているから、依頼されない限り、特に魔を狩る事も無いのだけれどね、今回だけは、そうも言っていられないらしいわ」 

 と言って、彼女は軽く頭を掻いた。 

「うちの社の取引先の何件かから、石に関して妙な噂が入って来ているのよ。偽石を使って、何件か呪詛が行われている事例があるそうよ」 

「嘘……」 

 手で口を押さえ、内場さんが言った。その目も、恐怖に見開かれている。 

「残念ながら、嘘じゃないわ。これが、単なる風評だけなら、うちも敢えて動く予定ではなかったんだけど、信頼のおける筋からの話だしね。一応うちの方で調べてみたんだけど、やっぱりそういう事例が何件かあってね。で、そのまま放っておく訳にもいかないくなっちゃったって。つまりは無給、ただ働きって訳」 

 ヤレヤレ、と首を左右に振る彼女に、風である桂氏は、気の毒にと口で言いながら、その実笑って彼女の肩を叩いたのだった。 

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